◆エピローグ◆ 末永く共に生きていきます
俺は、ふと気が付いてしまった。
魔王からアルを救い出そうとしたあの時、俺は何と言った?
「俺の大好きなアル」ではなく「大好きな俺のアル」と、言わなかったか?
自分の顔から血の気が引くのを感じながら、あのタイミングで考えなしに出てきた言葉は、本音に違いない。
「俺のアル、ねぇ。」
それに応えたアル含め、俺たち二人は。
「ヤバいのかもしれない…」
誰にも聞こえないつぶやきは、人混みの喧騒にかき消された。
俺は、城から帰宅して、アルと向き合った。
まだ、アルは自分の身に何が起こったかを知らないから、俺から伝えるよう、マリスから頼まれている。
「アル。今日、城に呼ばれた用件の半分は、君のことだったんだ。」
自覚しているよりも、緊迫の面持ちになっていたかもしれない。
アルがひどく驚き、身を強張らせたのがわかった。
「え?」
アルは、まさか自分の話がされているなどと、露ほども想像していなかっただろう。
けれど、王城で身体検査して以来、その結果について何も聞かされていないのだから、心当たりはあったはずだ。
「異変は感じてるだろう?」
「…うん。」
もしかしたら、俺が目を覚まさなかったことで、検査をしたことすら、すっかり忘れていたのかもしれない。
「魔王に憑依されたことで、君の身体に変化が起きている。」
「うん。」
「それで…ピンとこないかもしれないけれど。君は大魔法使いと同じような体質になってしまったらしいんだ。」
「え…」
「魔法使いが長生きするのは、知っている?」
「なんとなく。」
「平均寿命は、五〇〇年だそうだ。」
「ごひゃく…ねん…」
アルの表情がみるみる曇り、不安が露わになった。
「その話と同時に、俺は、一つの提案を受けた。」
「提案?」
「俺が、とある力を継承することで、君と同じ時を生きていけるようにするという、提案だ。」
「え?」
アルの表情がわかりやすく明るくなった。
「俺たち二人だけが長生きするってことは、二人で、父さんや母さんはもちろん、ティアや、キース、ウラ、その子孫まで、見送ることになるだろう。」
「…うん、そうだね。一人ならとても耐えられないと思う。けど、兄さんが一緒なら…」
と、アルの顔が再び曇った。
「俺がアルが長生きするから、無理に付き合うわけじゃないさ。現実、俺が継承するしかないんだし、アルとこれから長い時間を一緒に生きていけるなら、望むところだ。」
アルは、まだ気にしている様子だ。
「俺の方が、アルに付き合ってもらう、と、言う方が正しいのかもしれないね。」
やっと、アルの顔が緩んだ。
「これから、本当に長い付き合いになるな。」
「う、うん。」
アルは、嬉しさを隠し切れないという様子だ。
「アルは、俺と五〇〇年以上の時を一緒に生きるのが、そんなに嬉しいのか?」
「うん。嬉しい。」
なんて、素直な子。
かわいすぎる!
そして、俺とアルは、揃って家族へ報告した。
この先、長い年月を、共に生きていく、と。
家族の反応は。
「二人にとっては辛いことかもしれないけれど、長生きしてくれるなら、嬉しいわ。」
と、母さん。
「そうだな、私たちよりも先に死んでしまうという話ではないのだから、悲しむことはない。」
と、父さん。
「お兄ちゃんとアルが、私やキース、ウラの子孫までずっと見守ってくれるってことでしょ。心強いわ。」
と、ティアが、双子の気持ちまで代弁するように言った。
正直なところ、予測できた反応ではあった。
けれど、実際話すと、なんだかとても複雑な気持ちになる。
案の定、アルが泣き出した。
いま、二歳のキースとウラが、自分より先に生を終える。
確約された未来を想像するだけでも辛い。
その気持ちは、痛いほどわかるから、アルの肩を抱き寄せた。
「どちらか一人じゃなく、二人一緒で、本当によかったわ。」
母さんが、涙目になりながら言う。
と、父さんが母さんの肩を抱き寄せた。
俺が生きている限りは、転生召喚、転移召喚、共に不要。
だから、俺はなるべく長く生き続けるつもりだ。
もう二度と、転生も、転移も不要な世界にしたい。
いまは魔物だけの魔族だけど、人間や獣人と平和に暮らしていくためには、魔人が必要なのかな。
「俺らのこと、もっと頼れよな。」
思案していると、ニコライがこめかみのあたりを拳で軽く小突いて、言った。
「事情を知っているのは、私たちと家族だけなのでしょう?それならば私たちだけに出来ることがあるはずだわ~。」
サーシャが続いた。
俺は、無事を伝えるためみんなと食事をしている最中に、うっかり考え込んでいた。
目覚めてから四日が過ぎて、ようやくみんな揃って会えたというのに、気が緩むと、すぐにこれからのことを思案してしまう。
「ギデオンとベンはともかく、サーシャはパン屋、ニコライは商売があるだろう?」
「商売なんて、他の
「私はぁ~、家庭に入るけどぉ~、出来る範囲で、手伝うわよぉ~。」
「あたしも、出来ることはやるわよ。まあ、正直、だいぶ限られるけどね。」
ルヴィはお腹をさすった。
「パルヴィナ、お腹の中に赤ちゃんがいる状態で、戦闘に参加してたんでしょ? その後、順調なの?」
ギデオンが心配そうに訊ねる。
「平気よ。赤ん坊を背負ってだって、やってやるわ。」
「頼むからそれはやめてくれ!」
ベンが全力で制止する。
ルヴィは、自分の妊娠に気づかないまま、有志団に参加していたらしい。
「冗談よ。」
「結婚式は?」
俺が訊ねると。
「あたしはどっちでもよかったんだけど、産まれる前にちゃちゃっとやっちゃいましょう! って、お義母さんが言うから、来月早々にやると思うわ。」
「みんなに招待状を送るから、是非参加して欲しい。」
ベンが、かしこまってお辞儀をした。
こんな時間を、俺は守りたい。
この世界に暮らす全部の種族が、同じように笑っていて欲しい。
俺が、王室とどう関わっていくのか。
この先、どういう立場になるのか。
それによって、やること、出来ることが変わる。
マリスは、やりたいことをやれば良い、と言ってくれた。
この先、俺がやりたいことは、人間と獣人、魔族…そして、魔法使いと魔女が平和に暮らしていける世界。
実現させるために、王国と無関係ではいられない。
ほかにも、やりたいことがたくさんある。
もしかしたら三五〇〇年を短く感じるかもしれないほどに。
未来に向けて、何をしようかを考えて、初めて気が付いた。
いま、この世界には娯楽が殆どない。
生きること、学ぶことに必死で、余裕がないのかもしれない。
実際、俺は少しも疑問に感じてこなかった。
俺は、前世で、特にスポーツをしていなかったから、この世界に広められるほど知識がない。
まあ、正確にコピーしなくても良いし、新しく作り出すのも良いよね。
ダンスや歌についても、それほど詳しくないが、そういうエンターテイメントを広めるのもいいだろう。
俺は、前世で、草食系男子、と、呼ばれていたと思う。
実際に、いわゆる草食なんだと思う。
俺が思う、草食系は、前世で言われていたイメージとは、違う。
草食動物って、弱々しいとか、消極的なイメージがあるのだろうけれど、割と危険視されている象だって草食動物だからね!
俺が言いたいのは、草食動物だって、仲間や家族を必死で守るってこと。
決して、積極性がないわけでもない。
何かが起きた時に、初めて対応すれば良い、という考え方は、肉食動物的で、常に警戒を怠らずに安全を確保しようとするのが草食動物的だと思うんだ。
集団で行動して、団結力を育てようとするのも、そのため。
そういう風に考えると、前世の社会構造は草食的だったと思う。
国防に携わる者は、草食的であるのが良いんじゃないかと思うんだよね。
そうすれば、少なくとも、危険に自ら進んで行こうとはしないじゃないか。
安全が確保出来れば、それでいい。
草食動物は、警戒を怠らなくても。
「あそこに危ない肉食動物がいるから、いまから行って、根こそぎ殺してしまおう!」
とは、ならない。
追い払うくらいで、決して深追いはしない。
人間はそういうことを平気でするんだよね。
「何か起こる前に、危険な思想を持つ人物は殺してしまった方が安全だ!」
と、言う暴論を、正義にしてしまう事すらある。
この世界でも、同じことが起きている。
魔族に対して、危険だから、と、討伐してきた。
俺は、この世界をより良くしたい。
そのために何ができるのか。
俺に出来ることは、全て…
いや。
協力して挑戦すれば、俺だけでは出来ないことが、出来るはずだ。
俺一人で、俺の出来ることを!
って言うのは、違うな。
「めちゃくちゃこき使っても、文句言わない?」
「いや、文句は言う。」
と、みんなが同時に応え、ひとしきり笑った。
これから魔族と仲良く暮らしていく、と、なると、魔王の話をする必要があるだろう。
家族や友人には、正直に伝えよう。
みんなと一緒だから出来ることをするために、ぜひとも手伝ってもらいたい。
「みんな、これからも、よろしくね。」
■■■ 完 ■■■
ご一読に感謝いたします。
一先ず、これにて完結です。
最後までお付き合い、ありがとうございます。
本作は、スピンオフ、続編を既に計画しております。
いつ頃制作に取り掛かるかは未定ですが、公開の暁には、また読んで頂けると嬉しいです。
転生したら肉食獣人でした しろがね みゆ @shiroganemiyu
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