俺の弟が本当に可愛すぎて困ります

 俺が、五歳になり、学校に通うようになった年の暮れ、弟のアルエルトが産まれた。

アルは、一年の最後の日に産まれた、珍しいホワイトタイガーの獣人だ。


 アルの頬には、本当にうっすらと1本だけ虎柄がある。

おしろいでも塗れば、簡単に隠せるだろう。


 ちょっと小柄で、澄んだ青い瞳が印象的な大きい目。

白い毛並みの耳としっぽが、とてもふわふわしている。


 人間の髪の毛の部分は、銀髪で、これまたふわふわ。

肌も透き通るような白さだ。


 もう、たまらなくかわいい。

家族みんなが、夢中になった。


 ティアは、小さいながらに母性が刺激されるのか、お姉ちゃんというよりお母さんのように振舞った。

まだ二歳だというのに、すっかりお姉さんだ。


 おままごとのような感覚なのかもしれないが、母性本能ってやつは一種の才能と考えても良いように思う。


 四六時中、誰かがアルを呼んでいて、話すことと言えばアルのことだった。


 「今日、アルがね、俺の指を握って笑ったんだ。」

俺が言うと。

「アルったら、今日は少し元気がないかと思っていたら、ティグの顔を見た途端に元気になったのよ。」

母さんが嬉しそうに反応した。

「アルは本当にティグのことが大好きだな。」

父さんも嬉しそう。

「僕もアルが大好きだよ!」

両親の笑顔が嬉しい。


 「おにぃちゃん、ティアは?」

ティアが、疎外感を感じてしまったらしい。

「もちろんティアのこと大好きだよ! ティアも、アルのことが好きだろう?」

「うん!」


 一度は満足した様子だったティアが、思い出したように。

「おにぃちゃんもすき!」

と、言った。

「ありがとう。」

「えへへ。」

とても平和で、幸せな時間だ。

 

 特に俺が、他の誰よりも夢中になり、ティアの時よりもずっと頻繁に「アル」を連呼していた。


 一年が過ぎた頃には、みんなの熱は落ち着いていたが、もうすぐ七歳の俺はますますヒートアップ。

アルの虎部分を毛繕いしまくり、ついには一部が禿げてしまった。


 「おかーさん! アルのおみみが、ハげてるー!」

この時、もうすぐ四歳になるティアは、女の子だからなのか、俺が四歳の時よりもずっとはっきり喋っていた。


 まあ、俺があまりにも喋らな過ぎたんだけど、元々、女の子の方がよくしゃべるっていうよね。


 「え!? 禿げてる!?」

ティアに呼ばれた母さんだけでなく、父さんも駆け付けた。


 「あらまぁ…」

母さんは禿げた部分を確認して、明らかに笑いをこらえている。


 「ティグ、これ以上は皮膚が破けるからね。気を付けるんだよ。」

父さんは、優しく諭してくれた。

「あなた、もっとちゃんと叱ってください。」

母さんは、そう言いながらも笑いをこらえていて、言ってることと、態度が明らかに矛盾していた。


 「悪気があったわけじゃないし。愛情表現が過ぎるからって、叱ることでもないだろう。」

父さんは、何か思うところがあるようだった。

「違うわ! あなた! そんなことを言ったら、愛情表現なら何でも許されてしまうじゃない。叱るのは、加減が出来ないことよ。」


 まあ、加減を知らないのは父さんと母さんも同じだと思うけど、さすがに禿げたことはないもんな。

「そうか。うーん…やりすぎが、必ずしも良くないとは限らないんだよなぁ。」

父さんは、どう伝えるべきか思考を巡らせているように見えた。


 「ティグ。あなたがアルのことをとても大好きなことはわかっているわ。」

母さんが痺れを切らし、俺に語りかける。

と、すかさず、父さんが後に続いた。


 「うん。そうだね。情熱があるのは良い事だと、私は思う。ダナ、ティグ、ティア、アルみんな大切だ。」

父さんは目の前に膝をつき、両手を俺の肩へ乗せた。

「大好きだという思いをそのままぶつけたら、私も同じことをしてしまうかもしれない。同時に、みんなに元気で健康でいてほしい。わかるかな。」

「はい。」


 俺は、この家の子でよかったよ。

父さんは本当にすごい人だと思う。

母さんが感情論で「ダメ」と、言おうとしたのを察知して、巧みに防ぎつつ、俺のことを一切否定せずに自分の考えを伝えた。


 「アルにごめんなさいしようね。」

父さんが俺を抱き上げ。

「アル、ハげるまでペロペロして、ごめんね。」

「ん…?」

アルは目を見開き、俺の顔を見て嬉しそうに笑う。


 アルは何もわかっていなかったと思う。

ベビーベッドの端に置いた俺の手を、立ち上がって掴むから、差し出すと、おしゃぶり替わりにして満足げにしていた。

「ふふ。」


 「おにぃちゃん、こわい…」

ふと、ティアが漏らした言葉が、胸に突き刺さった。


 両親に叱られたことは、当然のことを言われているし、大したダメージではなかった。

しかし、ティアがドン引きしたことは、結構ショックだった。

確かに、アルばかりをかわいがっていたけれど、ティアだって大切な妹だ。


 この事件以来、ティアは、俺の愛情表現に恐れをなしたようだ。

自分も禿げることを警戒したのだろうか。

俺と距離を取るようになった。


 きっと両親は、俺に対して、もっとずっと心痛を極めていただろうと想うと、ますます泣きたい気持ちになった。


 俺はより一層アルのそばに居続けた。

アルの方も、特に俺のことが大好きだったようで、四六時中俺にくっつきたがった。


 その姿が可愛すぎて、俺は叫びだしそうなくらい身もだえた。

一旦冷静になるべく、アルと距離を取ろうとした時。


 「にいにっ!」

アキレス腱を掴まれ、逃れられない。

何故、ピンポイントでアキレス腱を…


 っていうか、今、「にいに」って言ったよね!?

初めてじゃない?

ああ、もう!記録できないのがもどかしい!!

前世のように、ビデオや写真があれば良いものを!


 しかし、このもどかしい思いをぶつけると、またアルが…

ぐぬぬ…

と、己のしっぽを噛みしめ、必死に堪えた。


 その時、俺は痛みにも耐えていた。

アルが掴んだアキレス腱が、痛かったのだ。


 結果、七歳になった俺のしっぽは、それはそれは見事なまでに曲がっていた。

アルへの猫かわいがりを必死に耐える間、自分のしっぽを嚙んでいたからだ。


 このかぎしっぽは、アルへの愛の証なんだよ。

「ね~、アル~。」

俺たちは、身体をぴったりとくっつけて、うつぶせの姿勢でゴロゴロしている。


 「おにーたん」

小首を傾げるアルは、最高にかわいい。

「ふふふ。」

俺は、たまらず笑み崩れる。

「えへへ。」

アルが、このとろけそうな笑顔を見せてくれるのは、多分俺だけだ。


 「おにいちゃん!きもちわるい!」

ティア四歳。

まだ、かろうじて自分が構ってもらえないヤキモチが残っていた。

と、思いたい。


 自分のしっぽを噛むことを禁じられた後の俺は、アルを愛でたい欲求を何とか抑える方法を発見したが。

「ティグ…あなたって子は。」

母さんは、やはり笑っていた。


 どうやら、基本的に、俺のことが面白くてたまらないらしい。

一方で。

『親として言うべきことを言わなくては!』

と、言う思いがあったのだろう。


 「良いじゃないか。二人とも幸せそうなんだから。」

父さん、俺もさすがに行き過ぎていた自覚はあるよ。


 おしゃぶり替わりに、アルが望むまま指をしゃぶらせ続けて、俺の指は一本残らずボロボロになっていた。

指がだめなら、今度は手の横かな。

とか考えているあたり、自分でもさすがにどうかと思った。


 それでも、アルが望むことは全部叶えてやりたくて。

「アル、俺はできる限りのことをするからな。」

「えへへ~、おにーたん!」

もはや、ティアの視線が突き刺さることなど、どうでもよくなっていた。


 だけどな、ティア。

俺は、ティアが困ったり悩んだりした時は相談に乗るからな。

ずっと味方でいるからね。


 一人一つベッドが用意されているけれど、アルのベッドはほとんど使われていない。

別々に眠るように言われたところで、アルが夜中に俺のベッドへもぐりこみ、毎朝同じ状態になる。


 アル曰く。

「お兄ちゃんに抱っこしてもらわないと眠れない!」

のだそうだ。


 暑いだろう、と、言われるが、三歳の時には無自覚に風魔法を使っていたアル。

暑い時には風魔法で涼んでいたし、俺と寝る時にも無意識にやっていた。


 俺も、気付いた時には風魔法が使えるようになっていたから、こっそり風魔法を使っている。

俺が氷属性も使えるようになって以降は、実質冷房だ。


 愛の月産まれとしては出現しないはずの属性が、続々と出現していることが気になっていた。

けれど、いずれ嫌でも判明する真鑑定まで、黙っている決意をしたのは俺が九歳の頃だった。


 間もなく行われる一〇歳時の鑑定の際、力をなるべく隠そう、と、決めたのだ。

転生の謎について、一日も早く知りたい気持ちはあるけれど、家族との平和な時間を少しでも長く維持したい気持ちが、勝っていた。


 今日は寝苦しいくらいに暑い。

せめて送風機をティアに向けておこう。

ティアとは距離が出来てしまったけれど、大切な家族だ。


 魔法具である送風機に、更に氷魔法を付与すれば涼しいだろうか。

今この場で、簡単にできそうなんだけど、寒くなってしまうかな。


 家族を守るためにも、いざと言う時、俺の力が必要になるのならば、出来る限りのことをすると決めている。

けれど、それはもう少し先であってほしい。

そう思っていた。

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