異世界の妹が可愛すぎます
「すごい!なるべく早く来るね!」
ティアは、愛嬌があって、社交性が高い。
店のおばさんは、魔物の肉が入ったという情報を内緒で教えた甲斐がある、と、感じていることだろう。
そういう意味でも、店の人とやり取りするのは、ティアが適任だ。
特に、こういう時のティアは、アイドルを髣髴とさせる。
ハンサムな父によく似ているティアは、美人さんだと思う。
モデルやアイドルの職業がこの世界に存在していたら、俺は全力で推薦する。
荷物をティアから受け取って、俺は串焼きの袋を掲げ、おばさんにお礼を言った。
「ありがとうございます。」
「あ、あ、ありがとうございます。」
弟のアルは人見知りだから、少し遅れて恥ずかしそうにお礼をした。
俺は、アルと行動を共にする時は、必ず手を繋いでいて、片手がふさがっている。
三人一緒の時に、買い物を先導するのは、いつも、両手が空いているティアだ。
俺とアルは、殆ど荷物持ちに徹している。
「帰ってから食べようね。」
ティアから荷物を受け取りながら二人に告げ、ミンチ串の入った袋の方をアルに預けた。
俺が、ここ、リアティネス・アベリム王国に転生して、あっという間に一四年が経った。
一四歳になったいま、俺の身長は一九八センチメートル。
一一歳のティアは、一七九センチメートル。
九歳のアルは、一六八センチメートルだ。
人間からするとかなり大きい方だけど、トラの獣人としては、俺ですらまだ小さい。
頬や首のあたり、それに足首や手首の付近なんかに、多少の虎柄が入っているけど、その部分に毛はない。
刺青のように見えるから、かっこよくて気に入っている。
俺は頬に二本、首に一本、両手の甲から手首にかけて三本、足の甲から足首にかけて三本の虎柄が入っている。
しっぽの根本の周辺と、背中にもちょっとあるみたいだけど、自分ではよく見えない。
父さん、母さん、ティアにアル、全員しっぽの根本から背中にかけて柄があるから、きっと俺もあるんじゃないかと思っている。
俺は、家族の中で唯一、左目がゴールドに近いオレンジ色。
右の瞳の色が水色に近い青の、いわゆるオッドアイなんだ。
虎のオッドアイなんて、前世では聞いたことがないし、この世界でも珍しいようだ。
もしかしたら、超がつく突然変異なのかもしれない。
俺が異世界から転生したことと、何か関係があるのかな。
この国では、獣人と人間が、共に平和に暮らしている。
子育て支援が充実していて、一一歳から一四歳の食べ盛りの子供がいる世帯には、食料の引換券が支給される。
「明日は、ビッグディアが食べられるかなぁ…」
ビッグディアは、母さんとティアの好物だ。
次の目的へと向かいながら、想いを馳せているが、そもそも明日は買い物に来るのだろうか?
「…」
俺は、言いかけてやめた。
少なくとも、今じゃあない気がした。
この国の成人年齢は、全種族一五歳。
特に獣人は一七歳までに結婚する者が多いようだ。
人間はもう少し遅くて、一七歳以降に結婚することが多いようだ。
時々、人間は結婚するのが遅い、と、獣人にからかわれている。
俺、ニコラティグがこの世界に産まれたのは、一五歳の母・ダナと、二〇歳の父・ブライエンが結婚した翌年のこと。
通称ティグだ。
トラの獣人同士で結婚するべき!
と、言う風潮があるわけではないが、自然と、惹かれあうのは同族らしい。
街で見かけるカップルらしき二人組は、大抵同族だ。
親戚も、ほとんど全員トラの獣人。
ふかふか柔らかくてどっしり頼れる母さんは、朗らかで快活。
まだ三〇歳だけれど、肝っ玉母さんと言う感じ。
寡黙でまじめな、高身長インテリ細マッチョの父は、眼鏡をかけたイケメンだ。
父さんが、もし動物そのものの姿ならば、さぞかしキリっとしてかっこいい虎だと思う。
産まれた時に、母さんが言っていた、父さんがハンサムだというのは、間違いなかった。
俺は、両親がトラの獣人であることにビクビクしながらも、なんとかすくすくと育った。
そして、三歳の年に、妹のレイティア、愛称ティアが産まれた。
この世界では、産まれた月に関わらず、次の年の初日から一歳と数えるんだ。
このシステム、実にわかりやすくて助かっている。
俺が、まだ両親のことを怖がっていた、三歳の年、太陽の月。
「ほら、ティグ、妹のレイティアだよ。ティアって呼ぼうね。」
父が抱っこした状態で、ティアを初めて見せてくれた時、本当に天使なんじゃないかと思った。
「うわぁああああ!! かぁいぃねぇ。」
湧き上がってくる感情で、全身の毛と言う毛が逆立っていたのではないだろうか。
きっと、目はキラッキラに輝いていたと思う。
「ティア~、おにーたんだぉ。」
この頃、俺はあまりうまく喋れなかった。
言葉を積極的に発しなかったから、喋るための筋肉の発達が遅れたんだと思う。
「ぁ…っあぅ…」
きっとティアの方が早くたくさん喋るようになるのだろう、と、この時すでに感じていた。
ティアが俺の指を握るとうれしくて、一日中ずっとティアティアティアティア言う日が続いた。
連日構いすぎて、本気で噛まれた時でさえ、笑み崩れた。
自分よりも弱く、小さい存在だからといって、トラの獣人であることには変わりない。
けれども、ティアは、それまで出会ったトラの獣人とは違った。
たぶん、妹だから、なのだろう。
トラの獣人は、人間と比べて、ちょっとばかり犬歯が鋭い。
ティアに噛まれ、血を流しても笑っていた俺。
目に入れても痛くないというのはこういうことを言うのだろう。
両親は、青ざめて慌てふためいていたけれどね。
ある日、ティアがバタバタさせた手や足が顔にクリーンヒットして、鼻血が出た。
痛いはずなのに、痛みを全く感じなくて、父さんの気持ちがわかったものだから。
(俺が父さんの顔を蹴り飛ばした時、きっとこんな気持ちだったんだね!)
と、言う気持ちを込め、慌てて駆けつけてきた父さんに向かって親指を立てたら、首を傾げられた。
「えへへ。」
「ふふ。」
父さんは、不思議そうに首を傾げながらも、嬉しそうな俺を見て、喜びが勝ったようだ。
ティアが産まれてしばらくした頃、俺はしみじみ感じた。
可愛くて、大切で、愛しくて。
守りたい小さな命から、全力で怖がられて拒否されたら、どれだけ寂しくて、つらくて、悲しくて…
「…っ…ぅうわぁぁぁぁぁああああん」
突然大声で泣きだした俺に、ティアまでつられて泣き出した。
「ふぇっ…ぇえ~ん」
両親は大慌て。
俺の鼻血には動じず洗濯物を畳んでいた母さんまで駆け付けた。
俺は、ずっと両親から距離をとっていて、やむを得ず抱っこされる時には、顔を逸らしてもらうか、背後からになるよう抵抗し続けていた。
腕の中に収まり、耳やしっぽの存在を感じなければ、人間に抱っこされているのと変わらない。
だから、そうすれば良いんだ、と、両親が気が付くまで、泣いてわめいて暴れ続けた。
人間の顔でも、トラの耳があることで、虎の顔が重なって見えたんだ。
正面からまっすぐに来られるのが、一番怖くて、パニックになった。
「ぅわぁぁぁああああん」
思い出すとますます泣けてくる。
自分の姿を見ることも嫌だったし、後ろから俺を抱きしめている両親の姿が鏡に映るのを避けてほしかった。
そのことも理解してもらえて、我が家の鏡や、鏡に相当するものは、一時、出来る限り撤去されていた。
父さんは、よく膝の上に俺を乗せて、腕の中にすっぽり包んでくれた。
ティアを妊娠中の母さんのことを、特に怖がっていたから、俺がぐずった時に対応するのは、もっぱら父さんだった。
お腹が大きいと、俺の背中側から抱きかかえるのは無理、と、言う、物理的な理由もあった。
「どうした? ティグ。」
いつものように、俺を背後から抱っこしようと背後に回り込む父さんの方へ向き直り、俺は初めてしっかりと目を合わせた。
「え?」
父さんは、驚きすぎて完全に固まってしまったが、俺は構わず。
「とーしゃん」
うまくろれつの回らない3歳の舌をもどかしく感じて、すぐにもう一度挑戦した。
「とーしゃん」
やっぱだめだ。
これから、まともに喋れるようになるまでは無駄に喋るようにしよう…
父さんは、どうしていいのかわからないようだ。
言葉がだめなら、行動あるのみ。
中腰で固まっていた父さんを見上げて、必死に両腕を上へと伸ばすと、少し戸惑った様子で、目線が同じ高さになるよう、床に膝をつき前かがみになってくれた。
父さんは三歳の俺から見てとても背が高かったから、ここまでしてくれてやっと手が届いた。
俺は、父さんの首に手をまわして抱き着き、虎の耳を毛繕いした。
次に、その様子をずっと固まったまま見守っていた母さんの方を向き、目を合わせた。
母さんは驚きに目を見開き、なおも硬直している。
ティアはいつの間にか泣き止み、俺を目で追っていた。
「かーしゃん」
俺の喋りスキルは、一歳半くらいだろうか。
母さんの足元まで移動した俺は、エプロンの裾を引っ張った。
さっき見てただろう?
次は母さんの番だよ。
「かーしゃん!」
戸惑うばかりの母さんへ、父さんにしたのと同じことをした途端、母さんは大泣きしてしまった。
俺がこの先もずっと両親のことを怖がったままなのか、心配で、すごく張りつめていたのだろう。
自分の意志では、どうにもならなかったとは言え、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
結局、俺は、前世の悪いところを、引きずったままだったんだ。
与えられたチャンスを活かしたい。
今度こそ、家族と向き合って、一緒に生きていきたい。
ティアの誕生によって、心底そう思えた。
もっとも、突然に症状が治まるわけではない。
過呼吸を起こしたり、震えや発汗はしばらく続いた。
それでも、家族と一緒に乗り越える。
信頼するんだ。
きっともう、大丈夫だ、と、思えた。
両親は、俺の思いに応えるように、怖がった時には、胸元に頭を抱え込むようにして視界を遮ってくれるようになった。
過呼吸の時には、少し息苦しくなるが、軽く胸元に押し付けるようにしてもらうと、すぐに治まった。
父さん、母さん共に。
「大丈夫、大丈夫。」
と、頭や背中を撫でてくれた。
とても、心強かった。
やがて、すっかり怖くなくなった両親のことを、観察するようになり、かわいいところを発見するようになった。
例えば、父さんが、朝キッチンに立つ母さんの耳を、挨拶と共に毛繕いする様は、見ていて少しくすぐったいけれど、思わずニコニコしてしまう。
「おはよう、ダナ。」
「おはよ…ちょっと、あなた…今ごはんを作っているから。」
「うん。いつもありがとう。」
去り際、頬に軽くキスをして、俺と目が合うとウインクをして見せる。
あまりにも自然な動作に、惚れ惚れするんだ。
ちょっと寝ぼけ眼で、寝ぐせまでついているのに、なんであんなにかっこいいんだろう。
そのまま、こちらに向かってくる父さんにちょっとドキドキした。
「おはよう、とーさん。」
四歳になった時には、年相応にしゃべれるようになっていた。
「ティグ、おはよう。」
俺のことを背後から抱きしめて、虎の耳をひと舐め。
そうして、母さんにしたのと同じように頬に軽くキスをすると、
いつもと同じようにテーブルに着き、新聞を開いた。
とてもくすぐったくて頬が緩んだ。
ほとんどスキンシップが取れなかった反動からか、完治以来、父さんと母さんは俺に過剰なくらいべったりになった。
特に正面から向き合えるようになったことで、俺も両親の笑顔をたくさん見るようになり、たくさん笑いあった。
しばらくしたら落ち着くのだろうな。
と、巡らせた想像を、少し寂しく感じたりしたものだが、一年経った頃にも、あまり変わらなかった気がする。
俺は両親の愛情を受けながら、耳やしっぽすべてが愛おしくてく感じるティアを、それはそれはびちょびちょになるくらいに毛繕いしまくった。
誤解のないように言っておくが、毛繕いは、あくまで虎の部分だけにしている。
本来ならティアに集中する時期に、俺が両親を取り上げてしまったような気がしていたから、その分も上乗せされていたと思う。
変な感情は一切ない。
人間だって、小さい頃に、お兄ちゃんが妹をなでなでしたり、チューしたり、抱き寄せて頬ずりすることがあるだろう。
それと同じ感覚だ。
虎の獣人ゆえ、執拗にベロンベロン舐めまわしてしまう
「ティア、かわいいねぇ。」
「きゃっきゃ!」
おお、喜んでいるのか?
本当にかわいいやつだ。
中身は二九歳の男性だが、小さな妹に対する愛情に、邪な感情が入る余地など、少しもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます