◆第二章◆ 新しい世界ではこんな生活をしています

 「お兄ちゃん、これはどう?」

妹のティアが、よさそうな肉を選んで指さす。

脂が少ない、赤身の美味しそうな肉だ。

「ああ、すごくおいしそうだね。」


 ここは、いわゆる商店街で、いろんな店が立ち並び、賑わっている。

店舗の軒先テントの他に、民家の入り口を避けて屋台が所せましと出店しているから、朝市や、青空市場のような雰囲気だ。


 うろ覚えの前世の知識から、一八から一九世紀ごろのヨーロッパの街並みに似ていると思う。

道幅は、馬車がすれ違えるほどの広さだけど、道の両脇に店が立ち並んでいる。

店を見て回る人を避けようとしたら、馬車一台がやっと通れるくらいだろう。


 この世界での主な移動手段は徒歩か馬か馬車だ。

馬は大切にされているが、食用にもなる。

そのあたりの意識は、前世と似たような感覚かもしれない。


 いま、俺たちがいるのは、主に食料品のお店が集まっているエリア。

どの店も軒先に商品を並べて行きかうお客さんに声をかけていて、とても活気がある。


 「おばさん、この牛肉を一〇キログラムください。」

店の軒先で肉を売っているのは、クマの獣人だ。


 生肉は管理の問題があるから、独立した屋台で売られることは滅多にない。

そのため、家から徒歩一〇分弱のこの場所に来ている。


 精肉店で扱う肉は、ギルドから仕入れた魔物の肉や、牛、豚、など前世でも一般的だった動物の肉まで、多岐にわたる。


 鶏はこの世にいなくて、鶏を巨大化させたようなマッシブチキンと言う魔物がいたり、鹿はいないけれど、動物の牛ほどの大きさの、鹿によく似たビッグディアと言う魔物がいる。


 と、言った具合に、前世の記憶がある俺にとって、動物の肉と魔物の肉の差を感じて戸惑っても不思議ではないところ、どうにも戸惑いきれない不可思議な状況だ。


 マッシブチキンの肉は食べると鶏そのものだし、ビッグディアは鹿肉そのもの。

内心、複雑な思いを抱えながらも、この世界の者が食べる肉は食べられるものだ!

と、割り切っている。


 この世界の人は、物心ついた時から当たり前に動物や魔物の肉を食べるから、あくまでも肉は肉!

と、考えている。

美味しく食べられれば動物だろうが魔物だろうが気にしない。


 魔物は、安定的に入手できる肉ではなく、狩りを主に行うチェイサーギルドのメンバーが魔物を狩り、肉屋に卸された時にのみ、食べる機会が巡ってくる。

中には、チェイサーと契約して、優先的に入手できるルートを確保している店もあるようだ。

そういう店は、他の店に比べて魔物の肉が店頭に並ぶ頻度が高い。


 我が家で食べるのは、主に牛肉とヤギ肉だ。

牛肉、豚肉、羊、ヤギなどの動物は、畜産農家が管理、生産しているため、安定的に供給されている。


 この世界の獣人は、人間の身体に動物の耳としっぽが生えたスタイル。

個人差があるけれど、身体の一部に動物特有の柄が出たり、部分的に毛深かったりする。


 動物がそのまま二足歩行して喋っているのは、見たことがない。

が、獣人の中には、動物へ変身する『獣化』をする者が存在している。


 だから、獣人が存在している動物の肉を食べることは、法律で禁止されている。

獣化している獣人を、誤って狩ってしまう不幸な事故を防ぐため、だ。


 「はいよ。」

と、鉄板の上についている大きなガラスの蓋を、おばさんは軽々と持ち上げ、ストッパーで止める。

下に氷が敷き詰められている鉄板は、触れると冷たくて、十分に保冷されているのがわかる。


  クマの獣人は、獣人の中でもトップクラスの身体の大きさだから、当然手も大きい。

一〇キログラムの肉の塊を軽々と扱う華麗な手さばきからは、大きさや重さが感じられない。

おばさんは、肉の重さを量ってから、笹の葉に包んだ。


 「これ、一〇キログラム券です。このかごに入れてもらえますか。」

ティアが渡しているのは、国から支給される引換券だ。

「ああ、いいよ。この肉は上質だし、この塊は一〇キログラムより少し多いから、差額が出るよ。」


 量を減らしてもらうことも出来るけれど、銀貨二枚までなら超過して構わないと母さんから言われている。

一〇〇グラムあたりの金額は表示されているから、ティアはあらかじめ計算しておおよその検討がついているはずだ。


 「おいくらですか?」

肉の品質が低い時には、一〇キログラムの引換券に相当する料金分まで、肉の量を多くしてくれることが殆どだ。


 品質の基準は、捌いてから経過した時間。

肉の種類によって値段が固定されているから、どの部位であれ値段は同じ。


 料金で返金するとなると、計算するのは簡単なのだが、とても面倒な手続きが必要になるから、希望する者もいないと思う。

よほど現金が欲しいなら話は別だけれど、書類のやり取りやらなにやら、とにかくやたら手間暇と日にちがかかる。


 どっちにしろ微々たる金額だから、食料に引き換えてから転売する方がよほど早いだろう。

もっとも、転売は違法だから、ほとんどの人は素直に食料としてもらって食べているはずだ。


 国としては、あくまでも食べ盛りの子供に、十分な食事を与えてほしいのだと思う。

家計の足しになるようにと言う意図は薄いという事が、とてもわかりやすいシステムだ。


 「銀貨1枚だよ。」

「じゃあ、これで。」

ティアは、首から下げた巾着から、銀板五枚を取り出し、渡した。

「はい、ちょうどね。」


 「あんたたち、兄弟かい?」

「はい!お兄ちゃんと、弟です。」

「そうかい。じゃあ、これ、おまけね。」


 食べ盛りの子供に、たくさん食べてほしいという思いが、国民に浸透しているのか、店でおまけをもらう機会は、割と多い。

おばちゃんが袋に入れてくれたのは、ちょっと古くなった肉や、端切れ肉を寄せ集めて作るミンチ串三本。

前世で言うところの牛つくねだ。

程よいサイズの牛タンが入っていて、歯ごたえの変化を楽しめ、安くて、とてもおいしい。


 「え!おばちゃん、ありがとう!嬉しい!明日は、魔物の肉をもらいにくるね!」


 串物はたいてい、一本だと銀板一枚払って、銅貨二枚のおつりがくる。

三本で銀板二枚、五本で銀板三枚、十本で銀貨一枚と、まとめ買いがお得な売り方をしているんだ。


 魔物の肉は、希少性が高いほど高額になるから、魔物の肉を買うということは、店にとって利がある。

牛肉は、捌いてから一日以内は一〇〇グラムあたり銀板二枚。

一日以上、二日以内は、一〇〇グラムあたり銀板一枚と鉄貨一枚。

三日目は銀貨一枚となり、四日目以降は加工品として販売される。


 国から配布される食料引換券は、大型肉食獣人用のものの他に、雑食獣人用、草食獣人用、人間用と、ある。

大型肉食獣人用は、一一歳から一四歳の子供一人一日あたり五キログラムの引換券で、二人分一〇キログラム。

一日三食分と考えると、ちょうどいいくらいの量だ。


 我が家では、大抵夕飯の時に一〇キログラムの肉をまとめて使うから、引き換えるのはいつも、学校が終わって、夕食を準備する前の時間帯だ。


 学校に行っている子供は、学校で給食を食べる。

朝は長期保存が可能な乾燥肉と硬いパンを一緒に煮た、パンがゆのようなものなど、軽めだ。

夕食の残りが朝ご飯になる場合もある。


 父さんも王城の食堂でお昼ご飯を食べるから、自宅でお昼ごはんを食べるのは母さんだけ。

母さんは、いつも朝ご飯の残りなどでお昼ご飯を済ませている、と話していた。


 「明日なら、午後にビッグディアが入ると思うから、欲しいなら早めにおいで。」

おばさんは、小声で耳打ちするようにティアに告げた。


 「ビッグディア!?」

ティアは、大きな声を出しそうになりながらも、何とか抑えていた。


 「さっき、うちの旦那が仕入れから帰ってきてね。ギルドで討伐したらしいんだよ。」

二人はヒソヒソ話を続けているが、間近にいる俺には聞こえている。

ビッグディアは、一〇〇グラムあたり銀貨一枚だ。


 肉の引換券は、捌いてから一日以内の牛肉(銀板二枚/一〇〇グラム)が基準になっているから、実質的な価値は、五キログラムの肉引き換え券で、銀板一〇〇枚。

銀貨で二〇枚。

と、いう事は、銅金板では二枚。

薔薇金貨なら一枚だ。


 なんとなくではあるけれど…

銅貨一枚が一〇円。

鉄貨一枚が五〇円。

銀板一枚が一〇〇円。

銀貨一枚が五〇〇円。

銅金板一枚は五千円。

薔薇金貨一枚、一万円。

あと、薔薇金貨一〇枚に相当する、純金貨が一〇万円。

くらいだと思っている。


 肉の引換券を使うと、二キログラムのビッグディア肉と交換することが可能、と、言うことになる。


 商業を行う者は、オーナーギルドに登録する必要があり、貨幣価値についてや、計算能力を確認するテストに合格する必要がある。

少なくとも、店主は全ての貨幣を知っているし、計算も出来る、と言うわけだ。


 普通に生活しているだけでは、実際にお目にかかることは少ない薔薇金貨や、純金貨については、学ぶ必要がある。


 初等学校で習う内容だが、真面目に授業を受けていない者や学校に行っていない者だと、銅金板以上の貨幣を全く知らない、なんてこともあるんだろうね。

滅多に使う機会がないから、そこまで不便は感じないだろうけれど、知っているに越したことはない。

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