続・前世はこんな人生でした

 改めてお母さんのことを思い出してみて、はじめて気が付いた。

いつも、俺の分までちゃんとご飯を作ってくれたし、俺だけがお弁当を必要をしている期間にも、毎朝早起きして作ってくれていた。


 そういえば、夕飯の時、俺の嫌いなメニューだと、一人だけ違うおかずにしてくれていたことを、ある時に妹から聞かされて、初めて知った。

普段、疎外感や孤独感から、下ばかり向いていて、他の人の食事を気にも留めていなかったんだ。


 あれはいつのことだったか…

話を聞いた時、まるっきり他人事のように聞いていたような気がする。


 その上、今この瞬間までずっと忘れていた。

それでも、記憶には残っていたんだな。


 今ならわかる。

お母さんが、俺の動物好きに、気が付いていないはずがない。

動物を飼わせてくれなかったとはいえ、図鑑は買い与えてくれた。


 もしかしたら、俺が知らなかっただけで、家族の誰かが動物アレルギーを持っていた可能性だってある。

そんなことを思いつかないほどに、当時の俺はとことん家族に無関心だった。


 真美まさみは、俺と母との関係に、いつも呆れていた。

たまに、就職後、一人暮らしていた家へ来る度。

「お母さんが心配している。」

と、話していた。

よく考えてみれば、お母さんから様子を見に行くように頼まれていたのかもしれない。


 「お兄ちゃんさ、お正月くらい帰ってきなよ。」

ゴールデンウィークやお盆など、世間が連休の時期は、動物園にとっては繁忙期だ。

言われるのは、決まってお正月。

年末年始は、さすがに動物園も休園日があるから、帰ってこい、と、度々言われた。


 「休園日だって、飼育員は仕事があるんだよ。動物が妊娠中だったり、育児放棄された赤ちゃんを面倒見ていることだってあるんだから、予定を立てるのは難しいよ。」

言い訳のように話しているが、本当のことだ。


 「だからって、三が日のうち一日くらいは休みがあるでしょう?」

確かにあるけれど、急に出勤になることだってある。


 そもそも、正月だって、繁忙期なんだ。

年始は二日から開園なのだから、元日は貴重な連休最終日。

実家に帰省して気疲れしたくはない。


 「うーん…休みが取れたらね。パウンドケーキ食べる?」

話題を反らして、濁した。

お歳暮と年賀状は送っているのだから、おおめに見てほしい。


 「食べるけど、またレパートリー増えてない?」

聞きながら、間髪入れずに一口。


 「ん! 美味しい。下手なお店に行くよりよほど美味しいわよ! お兄ちゃん。」

褒められているのだが、どこか呆れたような口調に、なんだか素直に喜べず、俺の顔は、引きつっていたと思う。


 休みの日には、大抵お菓子作りをしていた。

自分で作る方が節約になるし、特にお菓子作りは無心になれるからいい。

勇史の頃、一人暮らしを始めてからは、もっぱら自炊をしていた。


 普段の料理で十分気分転換になるし、休みの日に作り置きをするのが一つの楽しみだった。


 お菓子作りは、料理と違い、完全な趣味。

気分転換になるし、味の調整が自由に出来るからいい。


 「この間、パンも焼いてなかった?」

パン作りはお菓子作りと同様に奥が深いから、研究心をくすぐられた。

脱サラしてパン屋を開く人がいるのも頷ける。


 「パンは、自分で焼くと、すごくおいしい。」

好みの味に調整できるし、焼きたてを食べられるから、本当の贅沢だと感じる。

一時は、動物の形に焼くのが楽しくて、つい焼きすぎたりした。


 職場の動物園に持って行って分けたこともある。

結構マニアックな動物な形にして、同僚にさえも何の形か不思議がられるのを、どこか面白がっていた。

もしかしたら、気持ち悪がられていたかもしれない。


 新しく道具が必要にならない限り、俺は色々なものを作っていた。

ジャガイモを薄切りして、その時に食べきれる分だけを揚げて、好きな塩加減で食べるのがたまらないんだ。


 肉じゃがや、カレー、シチューなんかにもジャガイモは使えるし、フライドポテトを自分で作るのにはとても夢中になった。


 フライドポテトも奥が深いんだ。

切り方や、揚げる時間を色々試した結果、皮が付いたまま細切りにして、長めにカリッと揚げるのが一番好みだとわかった。

ジャガイモ箱買いは、お得だ。


 「じゃあ、たまには、作ったものを持って、家に来たら良いじゃない。」

せっかく作ったものを、酷評されたら、たまったものではない。

お母さんの性格を想えば、例え美味しいと感じたところで、きっと、素直に美味しいとは言わない。


 母も俺もお互い素直じゃなくて、言葉足らずだったから、結局、最後まで溝は埋まらなかった。


 いま考えてみると、なんだかんだ言いながらも、やりたいことをやらせてくれていたんだよな。


 妹だって、(たぶん)頼まれた事とは言え、俺の様子を、度々見に来てくれた。

妹の結婚式の時、自分が主役なのに、久しぶりに顔を合わせる両親と俺を、すごく気遣ってくれていたと思う。


 両家顔合わせは、急な仕事で行けなくなったから、結婚式当日に相手の顔を知った。

冠婚葬祭用の礼服を持っていなかったから、新調したし、お祝儀もあって、結構な出費だったけど、嬉しい気持ちの方が勝っていたな。


 その後、生まれた姪っ子に、何度急かされても、ちっとも会いに行かなかった俺を見かねて、わざわざ連れてきてくれたり。

俺が、家族と疎遠になって孤立しないよう、気遣ってくれていたんだろうな。


 タカシさんのことを、結局最後までお父さんとは呼ばなかった。

けれど、ただ、なんとなく照れ臭かっただけなんだ。

こういうのって、タイミングを逃すと、難しい。

一度くらい、呼んでおけばよかったな。


 俺は、動物園の就職面接のとき、特に大型の肉食獣には、くれぐれも関わらないようにしたい、と、希望を伝えていた。

草食動物なら、大型でも構わないから、とにかく肉食の大型動物だけは、勘弁してくれ、と。

契約書に、その旨を記載してほしいとお願いしたが、叶わず。

かろうじて、口約束はしていた。


 普段は、小動物とのふれあい広場担当だった俺が、あの日、よりによって虎の檻へ行くことになった。

虎担当の飼育員が、流行りのウイルス性感冒に罹患して、全員欠勤。

だから、どうしてもやるしかなかった。


 口約束なんて、そんなものだよね。

ましてや日本人。

断ることなんて、許されないさ。

他の人もやるんだから、とか言われて、断れるわけがない。


 ビビっていると、動物はわかる。

だから、俺は虎に近づいたらいけなかったんだ。


 いや、近づいた時点で、既に事故は起きていた。

本来は、近付かないように作業をするものだから。


 檻の開閉ミス。

普段操作しない職員がやっていれば、そういうことも起こりうる。

けれど、起きてはいけないことだ。


 三〇歳になるはずだった二〇一〇年。

人為的な事故により、二九歳で、木原勇史ゆうじとしての人生を終えた。


 悪いのは人間。

だけど、虎に襲い掛かられた恐怖を、覚えている。

身体に走った痛みを、覚えている。


 小学校の時あったことに加えて、虎に噛まれて命を落としたのだから、虎に対する恐怖心や嫌悪感があるのは仕方がないだろう?

 

 そんな俺を、何の説明もなく虎の獣人に転生させるとは、どういう了見だ!

いったい、どこのどいつの仕業だ?

出てきて説明してくれ!


 …と、虎がトラウマの俺が、トラの獣人に転生したのは、もしかしたら俺のこんな性格が原因なのだろうか。


 獣人は、なかなか生きづらい。

肉食性なら尚更に、まず反射的に怖がられることもある。

微妙な気持ちになる。


 前世で、虎やらライオンがそんなことを感じていたかどうかはわからない。

が、むやみやたらに怖がられたら、悲しい。

 

 動物園で飼育している虎は、人間を咬み殺したところで、まず殺処分にされることはない。

それでも、確実にレッテルは貼られているはずだ。

”飼育員を咬み殺した虎”として、怖がる人はいるだろう。


 人間のエゴで、動物園と言う場所に押し込められ、挙句、人間のミスで悪者扱いされる。

自然界で、野生動物に人間が襲われるのだって、人間が動物の領域を侵した結果だ。


 事故が起きないように注意を払うのと、存在そのものを恐れるのでは、わけが違う。

本当に申し訳ないことをした。


 もし、神様がいるのなら、このことを気付かせるために、俺をトラの獣人にしたのかもしれない。

実際に、こうなってみて、初めて気が付いた。

俺は、偏見の塊なのだと思う。


 猛獣をかわいいという人を理解できなかったし、理解しようともしていなかった。

恐ろしいばかりで、かわいい要素なんて探したところで、見つかるはずがないとすら思っていたんだ。


 なぜ過去形なのかって?

それは、ズバリ、今となっては妹弟がとってもかわいいからだ!


 とはいえ、当時の俺は、まだ妹弟に出会っていなかった。

前世の頃に思いを馳せ、かなり長時間泣き止まなかったから、だいぶ心配をかけただろう。


 いま振り返ると、そんなのは序の口だったんだ。

この後、両親が虎の獣人であることがはっきり見えるようになると、俺はビビり倒して泣きわめき、三年間に渡り、散々困らせるのだった。


 自分自身も虎の獣人に違いない。

この両親の子供なのだからな。

鏡を見なくたって、もう否定しようがなかった。


 自分の尻から生えているしっぽが、きれいな虎柄だものね!!

前世から、いま目の前のある状況に思考を移した俺は、ようやく泣き止むや否や、今度はしっぽを手に持ってブンブン振り回していた。


 「ふんふんふんふんふんふんふんふんっ!」

両親はさぞ困惑しただろう。

泣き疲れて呼吸が落ち着かない。

眠るに眠れず、半分ヤケになっていた。

(くそう、なんでよりにもよって虎なんだ!)


 無意識に、自分のしっぽを口に入れてしまう。

「ぅう…」

毛繕いをするのは本能だろうか。

挙句に毛玉を吐くのは正直つらい。

勘弁してほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る