獣人は不思議に満ちています

 五歳で学校に通い始めると、なぜ年代、種族別に学校が分かれたのか、を習う。

五歳から一〇歳までの児童が通う、初等学校の教員は、初等学校教員試験に合格し、資格を持っている。


 「今から二〇〇年ほど前、学校が出来たばかりのころ、全種族が、五歳から一つの学校へ通っていました。

ある日、六歳の肉食性の大型獣人が、同じく六歳の小型の雑食性獣人に噛みつき、大けがをさせるという、不幸な事故が起きたのです。」


 初等学校はクラスが固定され、担任の自己紹介と共に最初の授業が行われるんだ。

教員も、五つの分類に準じている。

俺の担任は、チーターの獣人男性だった。


 「幸い、それほど大きなケガはなく、傷は綺麗に回復しました。」


  多くの獣人は、産まれたばかりの頃、動物の毛で覆われている範囲が広い。

五歳にもなれば、ほとんど大人と同じ範囲にだけ動物の毛が生えた状態になる。


 前世の知識がある俺は、幼い頃は寒さに弱いからとか、刺激から身を守るため、と、いう説を挙げたい。


 だが、表面的に過程だけを見ると、獣が徐々に人間に近付いていくと言う印象は確かにある。

実際のところは不確かだが、この世界では、獣人は幼ければ幼いほど本能的で抑制の効かないもの。

動物の血ゆえに自然なこと。

と、考えられている。


 回復魔法が存在するこの世界では、多少の怪我ならあっという間に治るのも、大ごとにならなかった、一つの理由だろう。


 「同じような事故の再発を防ぐため、国家の方針で、年齢ごとにグループ分けして学習するよう、安全策がとられました。」


 安全を優先している姿勢を、国民に見せたかったのだろうね。

もっとも、当時、国の思惑に気が付く国民はほとんどいなかったはずだ。


 それでも、国は、いずれ皆もこれでよかったと思う時が来る、と、譲らなかったのだそうだ。


 今となっては、別れて暮らす方が、初めから事故が起こらなくて済むかもしれない、と、いう空気になっている。


 予防することに意識が向くのは、それだけ考える力が身についている証拠だ。

王国が、どうしてグループ分けを強行したのかを国民が理解できるほどに、教育が進んだということだと思う。


 「五つに分けられたグループの一つ目は、肉食性と雑食性の大型獣人。」

先生が、黒板に詳細を書いていく。

『ライオン トラ オオカミ クマ イヌ数種類 』


 「二つ目は、肉食性と雑食性の中型獣人。」

『ピューマ ヒョウ チーター カラカル サーバル イヌ数種類』


 「三つ目が、肉食性と雑食性の小型獣人。」

『オセロット イエネコ各種 イヌ数種類 

 キツネ タヌキ ネズミ イタチ』


 「四つ目は、大小合わせた草食獣人。」

『ウサギ、リス、モルモット、チンチラ、デグー、ビーバー』


 「最後は人間です。」

『人間』


 「最初のグループ分けでは、中型と大型が一緒のグループでした。ですが、中型獣人は小型獣人と分類するには大きく、大型獣人と分類するには小さすぎる。と、いうことで、中型の分類が出来ました。」


 特に、限りなく小型に近いにも関わらず、小型とするには大きいという理由で大型に分類されてしまった獣人にとっては、巨人のようで恐ろしいに違いない。

怖がられるのは少し悲しいけれど、仕方がないとも思う。


 初等学校は、城下街と一般街にそれぞれ五か所ずつある。

どちらか近い場所へ通う決まりだ。


 学校の建物自体が五か所に分かれているから、子供が学校に通いやすい場所に住居を構える家庭が自然と多くなる。

およそ二〇〇年をかけ、居住地も五つのグルーブに分かれていったんだって。


 住む地域を限定する決まりはないし、法律的な制限もない。

もちろん、柵でエリアを区切ったりもしていない。

ただの暗黙の了解だが、よほどの事情がない限り、他のグループが住んでいる地域に敢えて住もうとする者はいない。


 母さんの兄、エノーク伯父さん一家は、親がトラの獣人で、子供が中型に分類されているカラカルの獣人だ。

種別が混在した家族は、双方が住みにくさを感じない、ギリギリの場所を選び、境目の近くに住んでいることが多い。


 獣人と人間が結婚する場合や、草食性の獣人と肉食性の獣人が結婚することもある。

だから、極稀に周りが他のグループの者だらけの中に、別のグループの種族がぽつんと生活していることもある。

結局は、本人の気持ち次第なのだと思う。


 もちろん、中には王都を離れ、大森林の近くの村や、湖畔の村などに移り住む者がいる。

実際に、山脈の麓にある町から王都に居る親戚の家へ、一一歳から滞在し、王都の学校に通っている友人がいる。

 

 その友人は、両親ともにオオカミの獣人なのだが、王都の空気が合わないとかで、自然が豊かな町に移住したんだそうだ。

「町にも学校はある。だけど、国営じゃなくて、教員資格所持者が自主的にやるんだ。」


 彼の名はニコライ。

俺と名前が似ているから仲良くなった。


 「初等教育は、どんなに小規模でも補助金が出される。でも、中等、高等学校は、補助金の対象になる生徒の最少人数が、決められているんだと。」

なるほど、小規模の、塾のような形式で運営している場合には、維持費として学費を支払う必要と言う話だった。


 「うちには学費を払う程の余裕はない。けど、学ぶに越したことはない。町で貧乏暮らしをするより、伯父さんの経営している店を手伝った方が安定した生活が送れるだろう、ってことで、王都に来たんだ。」

「実家には帰らないの?」

俺は、ニコライが、帰省したという話を聞いたことがなかった。


 「ああ…、まあ、な。」

「ニコライには、可愛い彼女がいるのよねぇ~。」

「バヵ!サーシャ!お前っ…」

サーシャは、クマの獣人女性だ。

「あれぇ~?ティグには内緒なのぉ~?」


 ほほ~ん。

「彼女とデートするのに忙しくて、実家に帰っている暇がない、と。」

「いや…まだ、ちゃんと付き合ってるってわけじゃ…」


 おおかた、彼女を振り向かせるのに必死なのだろう。

それは実家に帰っている場合ではないかもしれない。

きっと、サーシャにだけ話したとかではなく、街中でデートを目撃されたとか、そういう事なんだろうな。


 「え、ニコライって、彼女がいるの?」

ウサギの獣人、ギデオンが話に加わってきた。

そんなやり取りをしたのは、一二歳の時だ。


 一〇歳の終わりまでは、つまり、初等学校へ通う間は、通学時に、親か、一一歳以上の保護者が送り迎えする、と言う法律がある。

当然、違反した者は罰せられる。


 この国では、未成年が違法行為をした場合、親が罰を受ける決まりだ。

そのため、家族で協力しあい、送迎をする。


 成人の家族や親せきが不都合な状況は珍しくないから、自身も学校に通っている一一歳から一四歳終わりまでの兄姉が、わざわざ遠回りをしてまで弟妹を送ることがある。


 人間にも同じように法律が適用されているのは、いざと言う時に守るという意図ばかりではない。

人間だって加害者になりうるからだ。


 昔、獣人と人間は戦争をしていたから、未だに、大きな問題にならない程度の差別意識が残っている。

一歩間違えば、小競り合いや、暴力沙汰になる可能性を秘めているんだ。


 五歳の時に発行される身分証明プレートがあれば、城内にある図書館の利用が可能になる。

けれど、一〇歳未満の者が王城の敷地内へ入る時には、やはり一一歳以上の保護者同伴が求められるんだ。

王城内には、全種族が通う学校があるし、職員も全種族だから、不慮の事故を防ぐための決まりだ。


 日常生活を送る上で、一〇歳以下の子供が外出する際には、必ず一一歳以上の保護者同伴で行動するのが常識。

だから、こうして、きょうだい三人で買い物をしているんだ。


 ティアはもう一一歳だから、一人でも出歩けるけれど、特に夕食の買い物は、どうしても荷物が多くなる。


 「ティア、今日はお菓子の材料も買うんだよね?」

「うん。」

ティアが嬉しそうだ。

明日からの週末二連休は、お菓子を持って母さんの実家へ農作業を手伝いに行く。

だから、今日の買い物は、普段夕食の買い物より多くの荷物を持ち運ぶことになる。


 「お菓子、お兄ちゃんが作るの?」

アルは、ほとんど俺にだけ話しかける。

ティアは、アルには話しかけるが、あまり俺には話しかけない。


 「ティアも一緒に作るよ。アルもやるだろう?」

「うん!」


 うちの家族は、動物の虎ほどは食べないけど、人間よりは、かなりたくさん食べる。

俺たちは五人家族だけど、人間二〇人の大家族が食べる量を想像すると、ちょうどいいんじゃないかと思う。


 いま、買い物をしている場所は、中央街の市場。

肉食性と雑食性の大型獣人が暮らすエリアだから、あたりにいるのは、ライオン、トラ、ヒョウ、クマの獣人くらいかな。


 オオカミとイヌはまとまって暮らしているから、このあたりでは見かけない。

ネコ科とイヌ科は、一所にいると、何かしら揉め事が起きるから、分かれている方が平和でいい。

と、いう暗黙のルールがある。


 この世界には、偶蹄目の動物はいるが、獣人はおらず、魔獣がいる。

調べた限りでは、有袋類については、動物はおろか魔物さえもいない。


 未知の部分がたくさんありそうだから、もしかしたら、すごく遠くの場所にはいるのかもしれない。

少なくとも、獣人がいるのは、この世界に動物として存在している種類だけなんだ。

で、同じ種類の動物と獣人の間では会話が成り立つ。


 猿とかゴリラは魔獣だけなので、獣人はいない。

そのおかげで、この世界で人間のことを猿呼ばわりしたり、ゴリラ呼ばわりするのはかなりの侮蔑なんだ。


 前世の記憶があるから奇妙に感じることだろうけど、例えばクマなら、ヒグマやら、グリズリー、ツキノワグマなどは、わかれていない。

動物、獣人ともに一種類だけだ。


 トラも、アムールトラやスマトラトラなどの種類はわかれておらず、一種類だ。


 ネズミはちょっとややこしい。

ネズミは恐ろしく種類が多いからなのか、ある程度はまとまっている感じ。

だけど、中型と小型の両方に存在している。

中型に分類されているのが、おそらくカピバラの獣人。

小型に分類されているのが、たぶんクマネズミだろう。


 リスは、シマリス一種類だけ。

イエネコは種類がかなり存在しているし、イヌに至っては種類が多いのはもちろん、大型から小型まで全ての分類に存在ししている。


 特筆すべきはウサギの大きさだろう。

この世界には馬ほどのサイズのウサギがいて、ウサギの獣人は大型に分類されている。


 そして、全ての獣人の中で、最もサイズが大きいのがウサギだ。

ウサギのキック力については、知っている人も多いと思う。

すごく強力なんだ。

蹴られたら、肉食性の大型獣人でも簡単にふっ飛ぶだろう。


 人間の要素が加わる影響なのか、小型獣人は動物の時の大きさと比べて一回り以上大きくなっており、大型獣人は動物と同じくらいの体格か、逆に小さくなっている。


 中型獣人は、まちまちだ。

法則性は見いだせないから、この世界はこういうものだ、と思うようにしている。


 大きさの分類は、大人の平均身長が一四五センチメートルまでの種族が小型、一八九センチメートルまでが中型で、一九〇センチメートル以上は大型。

男女で体格差があるから、より大きくなる男性個体が基準になっている。

種族が混ざっている場合には、より大きい種族を基準にする。


 仮にトラの獣人と人間の間に産まれた子供なら、人間の要素を強く受け継いだ場合、一九〇センチメートルに満たない場合もあるけれど、あくまでも肉食性の大型獣人として分類される。


 人間の要素がどれだけ色濃く出たとしても、見た目はまるきり獣人なのだ。

それも、この世界の特性なのだろう。

少なくとも俺は、答えが出ない類のことで、延々と悩む事態を避けている。


 中には、体格にコンプレックスを抱えている種族がいて、間違えると、気分を害することがあるから注意が必要だ。


 正直なところ、すごく疑問に思うことがある。

まとめてネズミ!とか、クマ!とか、リス!とかの一方で、ネコ科とイヌ科の多さは一体何なのだろうか。

あれがなければ、誰も間違わないだろうに…


 トラもネコ科だが、ネコ科の中では、かなりわかりやすいと思う。

もし、世界を自由に想像できる神様が存在するなら、単なる趣味としか思えない。


 俺は、従姉のエクレムに、しばらく口をきいてもらえなかったことがある。

エクレムは、エノーク伯父さんが養子に迎えたカラカルの獣人で、中型に分類される。

だが、カラカルは中型の中でもかなり小型に近いから、俺は小型の獣人だと思い込んでいた。


 とはいえ、エクレムが気にしているのは、体格そのものじゃないんだよね。

トラの獣人一族の中で、いくら養子だからとはいえ、一人だけカラカルの獣人なんだから。

そりゃあ、気にもするよな。

改めて、あの時は本当にごめんよエクレム。

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