【こぼれ話】気になるお年頃です

 「お父さんは、すっごくおっきいよね。」

学校へ向かう道すがら、手を繋いでいる父さんへ話しかけた。


 八歳になった俺は、父さんのウエストあたりに、頭のてっぺんがあるくらいだ。

いま、自分の身長が、一五〇センチメートルちょっとなのは、知っている。


 「ティグだって、これからどんどん大きくなるよ。」

実際に、五歳の時から比べたら驚くべき伸び具合だ。


 ティアは、五歳だから、まだ小さく、人込みの中では埋もれてしまう。

だから、父さんは、俺と手を繋いでいる一方で、ティアを抱っこしている。

実に頼もしい。


 毎年最初の日に、柱の傷ならぬ、麻の紐で身長を測っているんだ。

三メートルの紐だと父さんは言っていた。


 二つ折りにすると、ちょうど一五〇センチメートル。

いま、麻紐のちょうど半分のところより少し大きい。


 五歳の時には、学校で正確に測定してもらえて、その時は一〇八センチメートルだった。

三年間で四五センチメートルくらいは伸びている。

麻紐が、間違いなく三メートルなら、ね。


 「お父さんは、身長どのくらい?」

トラの獣人男性の平均身長は、二三〇センチメートルだ。

「二三三センチメートルだよ。」


 獣人の大きさを分ける基準になっているくらいだから、身長が図れるのは当然なんだけど、こんなにスッと数字が出てきたことには少し驚いた。


 定規やメジャーなど、明確な測定器具は、学校などにはあるものの、各家庭には普及していない。

身長を正確に測定するのは、一般には一五歳の真鑑定の時が最後だと思っていた。


 城に勤務している者は、健康診断をしている。

とかなのかな?


 「お母さんは?」

「ダナは二メートルと少しだよ。」

こっちは曖昧なのか。

まあ、夫婦だからって、身長を正確に把握してるとは限らないよね。


 「少しって、どのくらい?」

「このくらいかな。」

父さんが親指と人差し指で表したその長さは、五、六センチメートルと言ったところか。

母さんも、家にある麻紐で測ったのかもしれない。


 うちの両親の場合は、父さんは正確に測る機会があったけれど、母さんはその機会がなかった、と考える方が自然だろうな。


 父さんの母さんに対する愛情は、計り知れない。

俺は、赤ん坊の頃、夜中にお腹がすいて目が覚めた時に、泣いて訴えるのを遠慮したことが何度かある。

理由は、まあ、そういうことだ。


 「ダナは、お義姉さんに比べて小さい。ちょっと腰が曲がってきたアーダお祖母ちゃんと同じくらいなんじゃないかな。」

アーダお祖母ちゃん、まっすぐに立つと、きっとリエラ伯母さんと同じくらいの身長があるんだろうな…

母さんは家族の中でも小柄と言うことか。


 「いつから身長が伸びたの?」

「あんまり覚えてないけど、一七歳の時には今の大きさだったかな。」

成人してもまだ伸びるってことなのかな。

人間なら、一八歳くらいまでは伸びるから、きっと伸びるんだろう。


 よくよく考えてみれば、平均身長は、もしかしたら一五歳時点の測定値から算出したものではないのかもしれない。

城の職員たちを測定したデータなんだろうか。


 やっぱり、騎士団員を筆頭に、城の職員は毎年健康診断のようなことをしているのかもしれない。


 騎士団員の健康管理は、大切なことだと思う。

警察官とか、自衛官のような存在だし、常に健康な状態を確認しておく必要があると思うんだ。

国家公務員の健康管理を国が担うのは当たり前、と、言う感覚があるから、同じように感じるのだろう。


 ただ、王城に勤務している職員全員まで、健康管理しているという発想はなかった。

王城に勤務している職員全員が、いわゆる国家公務員と同等なのかもしれない。


 あるいは、王城に勤務していなくとも、王国直轄の機関に勤務しているなら、国が行う福利厚生の範囲、って感じなのかな。

前世の知識を持って、この世界を見てみると、なんだかとてもよくできている、と、感じる。


 正直、前世では小学校、中学校の時に、毎年健康診断する意味ってあるのか?と、感じていた。

あれは、羞恥プレイに近い。


 年代別平均身長、体重のデータが欲しいだけなんじゃないだろうか。

親にとっては貴重な成長記録だったりするのかな?

俺は、身体測定の時、結果を他の生徒に聞かれる状況を、避けてほしいと感じていた。


 学校に着いてから、他のトラの獣人の子に、身長のことを聞いてみたけれど、この世界では五歳、一〇歳、一五歳で測定するきりだから、あまり身長に関心がない。

これはこれで、理想的な在り方なのかもしれない、なんて、思う。


 俺は、これからどのくらい伸びるかな。

母さんよりは大きくなりたいなぁ。

なんて、きっと、この世界のでは、そんなこと思わないんだろうな。


 何かしら他の者と違うことがあっても、劣等感を感じている者はほとんどいない。

なにしろ、さまざまな獣人が存在しているし、見た目の違いは多種多様だ。


 しかし、俺は、自宅で身長を測っている麻紐の長さが正確に三メートルなのかを確認したい衝動に駆られた。

自分の身長の伸び具合よりも、当時まだ三歳だったアルの成長具合を確かめたかったのだ。


 紙は貴重だけれど、存在している。

俺はノートの端っこに、学校の備品の定規で印をつけて、持ち帰ることにした。


 ノートは、学ぶ意思のある者へ支給される。

学校へ通う者はもちろん皆持っているが、学校へ通えない者が自宅で学習する意思を申し出れば、教科書とノートを貸与される。


 不正防止のため、きちんと勉強しているかを定期テストで確認される。

支給には上限があるし、買うととても高い。


 一五枚の紙がまとめられているノート一冊が銀貨1枚だ。

だから、転売目的でノートの支給を受けようとする者がいるのだろう。


 教科書は魔法で製造番号が刻まれているから、転売したらすぐに足がつく。

ノートは再利用するし、消耗品だから、番号を振っておらず、その分転売が容易い。


 不届きな行いを疑われないためにも、なるべく大切に使うよう学校でも家でも言われる。


 新聞は再生紙で作られているんだ。

この世界では、リサイクル可能なものは全てされていると思う。

ノートの使わなかったページを集め、バラで売られているものは少し安い。

まとめ買いするとお得になる。


 五枚で銀板一枚、一〇枚で銀板二枚。

二〇枚で銀板三枚鉄貨一枚、三〇枚で銀貨一枚と言う具合だ。

鉄貨一枚が五〇円、銀板一枚一〇〇円、銀貨一枚五〇〇円くらいの貨幣価値だと思うから、地球に比べたら、すごく高いと思う。


 ノートの回収から販売まで管理しているのは国だけど、国益のために高額にして利益を得ているわけではない。

材料費や人件費など、相応の金額なのだ、と、これもまた学校で教わる。


 実際、余ったノートを返納すると、国が買い取ってくれる。

授業で詳しく習うんだ。


 「ノートは、返納する時に一枚一枚に分けても構いません。一枚の中で必要な部分だけを切り取って、余白の部分を返しても良いのです。」

この授業は、ノートを使い始める前に行われる。


「大きさがバラバラになった紙を、どうするんですか?」

みんな、積極的に質問する。


「一定の大きさに揃える作業をする場合と、溶かして再生紙にする場合があります。一定の大きさに整える場合は、切れ端が出ますから、中途半端な大きさの紙は全て再生紙になります。」

再生紙を作る授業、前世でもあったな。

この世界にも、再生紙を実際に作ってみる授業がある。


「他にも、汚れが見つかれば、汚れがひどい部分を取り除いて再生紙にしますから、返納されたノートを選別する者が必要になります。一連の作業は、国民が運営している会社や希望者に業務を委託しているのです。」

先生が、正式に依頼された業者が、営業時に掲げるよう義務付けられている目印の旗の絵を見せてくれる。


「正式に依頼されている業者の他は、全て不正に売買を行っていますから、そういうところからは買わないように気を付けてくださいね。」

先生は、偽物にも気を付けるよう添えて、これまで確認されている偽物の旗の絵を見せてくれた。


 犯罪を取り締まるのは、騎士団の役目だ。

火事の時に対応するのは、魔法騎士団だけれど、騎士団は有事の際には常に出来る限りのことをする。

とても便りになる存在だ。


 ノートはもちろん、定規だって、もちろん高い。

長く使えることを重要視しているから、定規は金属製だ。


 ただの鉄だと錆びるし、鋼は武器や包丁として使われるから、貴重なアルミを素材としている。

軽くて丈夫で錆びない。


 価格は銅金板を払って、銀貨一枚返ってくる。

四五〇〇円相当だろう。

学校の備品だから、それくらいの値段が許容されるんだと思う。


 木製か竹製のものを自作すれば良いんじゃないか!?

と、思い立ったけれど、定規を自作するというのはなかなかに大変な作業だ。


 前世での俺は、一七一センチメートルだった。

日本では平均身長くらいだったから、そんなに自分の身長を低いと感じたこともなかったけれど、この世界では自分がとても小さく感じる。


 あんまり身長差があると首が疲れるんだ。

せめて同じ目線くらいにはなりたい。

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