11 ハンドメイドショップ
毎日を楽しく労働している少女も居れば、わりと嫌々労働している神と淡々とこなす青年も居るわけで。
廃材置き場にあった木箱を並べて机を作り、その上に白い布を敷く。
それだけで簡単な商品棚の完成だ。
ここは絶賛開発中の7番街――の端の端。少し開けた広場。
自由商業地区。要はフリーマケットエリアである。
「アカシアちゃん、この前のランチョンマットねぇとっても評判が良かったのよぉ」
「そいつは良かった」
「ウチに遊びに来てる親戚の分も貰おうかしら」
「毎度あり!」
朝一番に来たおばちゃんはクジラの刺繍がされたランチョンマットを3枚選んだ。
親戚の分だと聞いたのでアカシアとおばちゃんが話している間にクオンは手早くラッピングする。
「クオンちゃんもありがとうねぇ」
「いえ。お買い上げありがとうございます」
フリーマーケットエリアは元々、地元住民の為の市場だった。家庭菜園や、市場には卸せない大きさの魚を個人で売るための場所。
商業ギルドの商人証発行には年商やらの申告が必要であり面倒なのだ。地元住民が個々で販売する為に一々作っていられない。
それがギャング・キャレラファミリーに目をつけられ、ショバ代の徴収やら非合法なものへと発展していったのだ。
「二人がキャレラの奴らを追い払ってくれて本当に助かったのよ」
「俺たちはあくまでも筋の通らない金銭を渡したくなかっただけなので」
「そういう所が良いわねぇ」
もちろん商品も素敵よ、と満足気におばちゃんは帰っていった。
最初はアクセサリーを中心に販売していたのだが、地元住民が客の中心だとわかると日常品へと売り物を切り替えたのだ。
巾着袋にちょっとしたハンカチなど。売れ行きは上々。
むしろ細かなリサーチが必要だったアクセサリーよりも比較的量産が出来る。
客もはけてきたところで「なぁ」とアカシアが口を開いた。
「毎日売り続けなくもいいんじゃねぇのか。シズリも稼いでるわけだし」
「駄目だ。神籍登録をしに王都サンテラスまで行くのだろう」
「こうやって次に寄る街でフリマでもやったらいいだろ。明後日からは死者の日だぞ」
それなりに軍資金も溜まったのだから遊ばせろ。そうアカシアは訴えているのである。
対して「駄目だ」とクオンはつれない返事しかよこさない。
「次に寄る街は商売が出来るほど滞在しない予定だからな」
「あ?」
「死者の日が終わった二日後よりクリアヒルズを飛空船で発つ」
「飛空船? なんだそれ」
唐突に会話が飛んだがいつものことだ。アカシアはとりあえず気になった言葉を訪ねた。
「俺自身、実際に乗ったことも見たこともないが――」
図書館で調べた概要をクオンはアカシアに説明する。
飛空船とはその名の通り空飛ぶ船である。
エーテルをため込む性質のある魔石を動力源とし、空の旅に使われるものだ。
「おいおい、マジか? 天は神か翼あるものの領分だろ」
「それだけ人間の技術が発達しているということだ」
「地を歩む人間が他の領分を削り取りにくるとはなぁ」
アカシアは素直に感嘆している。ジェネレーションギャップというやつだ。
「今の資金でちょうど三人分のチケットが買える。だからもう少し余過剰が欲しい」
飛空船事態がここ数十年の間に出来たもので、旅費もそれなりのものとなっている。
だからこそ必死に資金集めをしていたのだ。もっとも、旅の計画はクオンに一任されているのだが。
「なるほどねぇ。空路ってわけだな」
「いや、正午発の飛空船でクリアヒルズを発つと次はグリーンバレーに4時間滞在。グリーンバレーからの汽車で2駅後に下車。次の特急に乗車すると6時間後にはサンテラスに着く」
これが最短ルートだ、と旅の流れを一息に話す。
途中からアカシアはぽかんとしていた。
「時刻表トリック……いや、タイムアタックっていうんだっけか。そういうの」
「違う。無理のない最速の旅だ。途中3回乗り換えると最高効率だがシズリに止められた」
「ありがとうシズリ。でもオレはもっとゆっくりしたかったな!」
汽車すら馴染み薄いアカシアである。
山道を超えてクリアヒルズに辿り着いたように、ゆっくりと余裕のある馬車の旅になると思っていたのだ。
次からはクオンに移動の予定を任せっきりにするのはやめよう。固くそう決意した。
「そういや、シズリといえば普段はあんまりべったりしてないよな」
「他の兄妹を知らないからよくわからない」
「きっちり
「ああ、そんなことか。俺は家のようなものだからな。町での様子を見る限り、好奇心は強いようだが」
物心ついたときには両親もおらず、肉親は兄が居るだけ。自分の物も時間も持てない。
家だってそうだ。いつ取り上げられるかもわからない。安心出来る場所がたまたま自分の隣だったのだとクオンは語る。
「……なんていうか、お前案外自己評価低いんだな」
「客観的にものを言っているだけだ」
「主観的になってもいいと思うぜ。少なくとも、家ひとつであんな必死に動く奴じゃないだろ」
少なくとも、家がない程度であればシズリは野宿を選ぶだろうとアカシアは確信している。
それに単独行動についても好奇心が強いと言われれば納得した。恐らくクオンが思っている以上のものだ。
(あー、そういうことか。たく、この兄妹は)
シズリは世話を焼かれているように見えて、クオンを心配していたのだ。
村に居た頃、朝から晩まで無茶苦茶な仕打ちを受けても顔色一つ変えずに働いていたクオン。
あくまでもクオンは自分が出来る仕事をしているに過ぎなかった。だとしても、自己犠牲精神だと言われた方がマシなまでの奉仕を繰り返す兄を心配せずにはいられなかった。
クオンを心配できる人間はシズリひとりだった。それだけの話。
アカシアは街に着いたばかりの頃に「兄さんをよろしく」とシズリから言われていたのを思い出した。
自分は、クオンを任せられているのだ。
任せられるだけの相手と認められているのだと思うとアカシアは少しだけ頬が緩む。
「そういうものだろうか」
「そういうもんだ。死に物狂いで殺されたオレが保証する」
珍しくクオンの目が和らいだ。
よほど嬉しかったのだろう。平常時と比べると表情に出ているほどなのだ。
ゆるやかに午前が過ぎていく。
最近は転売ヤーも寄り付かず、穏やかなものなのだ。
「貴方は神を信じますか?」
はずだった。
宗教勧誘が来るまでは。
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