12 今こそ、暴力で解決しよう
くたくたになりながら、シズリは西の村へと続く山道へ辿り着く。
神域と現世の境目だからなのか、小高い道から見える村は陽炎のように揺らめいていた。
「シズリ穣。痛みは与えない。だから死んでは貰えないだろうか」
目前、という所でシズリの前に立ち塞がるのはリオンだった。
「怪物とは突然変異だと言ったね。世界の起こす不具合がそうなるといわれているんだ」
「だから」
「世界そのものである神に不具合は消せない。怪物を消すことは人間の役割なんだ」
だから死んでくれ、とリオンは剣をシズリに向けた。いくら仔狼を人質代わりに抱き締めて居ても、綺麗に首だけを落としてしまうのだろう。
(――神様に、会いたかったな)
迫り来る刃を見て、最後に願ったのは。願いを聞き届けたものは。
わふん、と小さな仔狼が得意げに鳴いた。いくら自分を虐めた気に入らない相手を呼び込んでしまうとはいえ、遊んでくれた少女の願いを叶えたのだ。
「何が人間の役割だ、セカイ系ならお前一人でやってろ!」
騒がしい。少しだけ離れていただけなのに、懐かしく感じる声がした。
「ッ!」
リオンに綺麗な飛び蹴りが決まった。リオンを蹴りあげた反動で勢いよく着地したアカシアがシズリを振り返る。
「良かった生きてるな」
振り返ったその顔は鼻血の跡はあるわところどころ青痣はできているわと酷いものだった。
遅れてクオンもアカシアの隣に並ぶ。こちらもまた、傷だらけの痣だらけで同じく酷い有様だ。
「喧嘩は終わったの?」
あんなに怖かったのが嘘みたいだ。シズリもいつもの調子が戻ってきた。
「喧嘩じゃねぇ。話合いだ」
「そうだ。喧嘩ではない。俺が勝ったが」
「惚れた弱みで勝たせてやったんだろうが」
軽快な応酬が続く。
帰って来たのだと実感する。ここはまだ神域の中であるが、それでも二人が居る場所こそシズリの居場所なのだ。
「アカシア神、御身は世界を運営する一柱である筈だ。何故、怪物を生かそうとする」
「こいつが死にたくないって言ったからな。好きな奴の願いなら眉間してでも叶えてやるさ」
「狼神を怪物に仕立て上げるなど、神のすることか!」
怪物退治をしよう、と強引に進めていた理由は全てシズリを守る為だった。もっとも、アカシアは口にしようともしない。
“怪物が出る”という神託が下ったのであれば、なにもシズリでなくてもいいだろう。
本人だって自身が怪物だと気が付いていない。そして他の者たちだって何が怪物かなどしらない。
たとえ討伐したものが全く関係のないものであったとしても、人々や神が怪物は討伐されたと思い込んでしまえばいい。そんな思惑があった。
「ずっとやりたいようにやってきたんだ。今更だろ」
そうやって強引に進めた結果がクオンとの喧嘩、改めて話合いである。何もしていない仔狼相手に怪物だと言いがかりをつけて殴りかかったアカシアをクオンが咎めたのだ。
何も本当に討伐したりはしない。この地から消えてもらうだけだというアカシアの行為を見逃せる筈がなかった。
最終的に丸く収まろうが過程に問題があるのだと。そしてただの話合いは平行線となり――最終的に拳で語り合ったのである。
そう、互いに主義主張があり譲れないのならば話合いは終わらない。最終手段として、後はもう暴力で決めてしまえばいいのだ。
ずっと空に鎮座しないまま動かなかった太陽が落ちていく。
早送りのように、通常ではありえない速さで落ちていく。神域が塗り替えられていく。
空が夜に染まる。
「ぐるるる!」
「はは、名無し神が何言ってるかわかんねぇなぁ!」
仔狼の唸り声をアカシアは笑っていなす。まるで悪役のように悪い顔をしていた。
信仰と存在も生まれたばかりの仔狼よりも、今この場においてはアカシアの方が神として力が強かったというだけの話だ。
「どうせ
仔狼の神域をアカシアは自身のものへと一時的に書き換えた。
リオンの持つ力は【炎盾の加護】と【蒼天の加護】の二つ。炎による自動守備とアカシアの言葉通り日差しの下において自身の全てのステータスが強化されるというもの。
であればこそ、最も単純にして厄介な蒼天の加護は星空の下では意味をなさない。
「キミは熱くなりすぎているようだ。一旦頭を冷やそう」
「クオン殿まで! 怪物を見逃すことがあっていいのか!」
「妹を見捨てる方が善くないだろう。……いや、大局的な善悪よりも俺個人の感情として見逃せない」
炎の守りを突き抜けてクオンの拳が突き刺さる。受け身をとったもののリオンは大きく飛ばされた。
炎盾の加護も弱体化しているのだ。
ズガガガガガ!
氷の柱が何本もリオン目掛けて落ちる。ついでにクオンにも。
「白兵戦の共闘とかは合わせらんねぇからな。その代わり援護射撃は任せろ!」
「俺にも当たりそうになっているぞ」
「お前なら避けれるだろって、痛!」
野次をとばしていたアカシアは仔狼に指を噛まれていた。指を抑えながら詠唱を挟む。
第二、第三と落とされる氷柱を躱しリオンとクオンはぶつかり合う。
魔力によって強化された拳を剣で受け止める。剣の斬撃を見切り蹴りを叩き込む。
「もらった!」
「っ!」
刃がクオンの首、薄皮を剥く。
身体能力を魔力により限界まで強化しているクオンに対し、加護を打ち消されたリオン。
力ではクオンに分があるが、対人戦の経験値ではリオンが勝っていた。
譲らぬ打ち合いが続く。
「神様、クリアヒルズでやったみたいな熱魔法は使えないの?」
「あれは権能な。まぁ出来るが……炎天の奴が死ぬぞ。オレがクオンに怒られるだろ」
「それは駄目だけど! なんでリオンさんだけ?」
「だってお前らはオレの眷属だかんな」
またもや知らぬ間にいろいろとされていたらしい。
「オマケの氷水でも喰らってろ!……くそ、避けられたか。一応2対1だから袋叩きに出来ると思ったんだがなぁ」
「卑怯! それに眷属って何!?」
「ずっと一緒に居られるって感じのアレだよアレ。おい、犬っころが大人しくしとけ」
変わらずアカシアに噛みつこうとする仔狼の首根っこを掴みシズリに放り投げる。
落としてはいけないとシズリは慌ててキャッチし抱きかかえた。ひとまずは大人しくなったものの仔狼は変わらずアカシアに唸り声を上げる。
「いつの間に眷属なんて」
「【反唱;】【反唱;】【反唱;】っと。いつもオレが作った飯を美味そうに食べてんだろ。そんときだ」
くるりとリオンが指を回す。今度は地面から杭のように氷山が突き出る。
氷を生成する傍ら、さらっとアカシアは悪びれた様子もなく告げた。
「あだっ!」
折られた氷の欠片がアカシアの顔面に当たる。クオンに蹴り当てられたのだ。
今も切る、躱す、弾く、穿つといった応戦を繰り広げているというのに器用なものである。
額を押さえながらアカシアが呟いた。
「そろそろ幕引きだな」
「兄さん!」
魔力がリオンの剣に収束していく。
「もう、いいだろう!」
刃はクオンへと向かう。鮮血が飛び散る。肉から零れ出た血はびちゃびちゃと地を濡らす。
シズリの叫びが響く。
だが、光速の斬撃――その刃をクオンはしっかりと握りしめていた。
剣を引こうかというリオンの咄嗟の迷い。
僅かな隙間を縫ってクオンの回し蹴りがリオンの脳髄を揺らした。
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