13 拷問

 ズキリ、とした痛みの中でリオンは目を覚ます。まず目に入ったのは煌めく星々。それも神域ではなく現実世界のものだ。そして聞こえる音は川のせせらぎ。

 身体が動かない。動かないのは決して痛みだけでは無いだろう。ぎちぎちと縄の食い込む感覚がする。


「起きたんですね!」

「シズリ嬢……」

「これ、お水です。口まで運びますね」


 口に流し込まれた水をリオンは怪しみながらも飲んだ。それほどまでに喉が乾いていたのだ。


「私はどうして縛られているのかな」

「んなもんウチのガキに手出されたら困るからに決まってんだろ」

「誤解を招く言い方はやめていただきたい!……いや、誤解でもないのかな」


 枝を抱えたアカシアがリオンの額をつつく。「やめなよ」とシズリに指を逆に曲げられていた。

 ぎゃあっと叫びが上がる。


「神様、枝をここに置いて」

「ったく、ほらよ。お、いい感じの枝発見」


 一本を除いてバラバラと枝が落とされる。

 そこには枝の他に枯草もこんもりと盛られていた。

 

「原初の火をここに よし、着いた」


 シズリの拙い詠唱が終わるとパチパチと火が灯される。火は枝を燃やし段々と大きくなる。


「私を火炙りにする気なのかい? それにしては火力が足りないようだけど」

「発想怖! そんなことしませんって。焚き火をしているのは――兄さん」


 がさり、という音の方向へ目を向けるとクオンが戻ってきていた。傍らには大きな狼がいる。

 そしてクオンの手には、否。肩には鹿が担がれていた。


「キミの剣を借りるぞ」

「え、あ、ちょっと!」


 すっとリオンの剣を手に取ると目の前で鹿肉の解体ショーが始まった。トストスと皮が剥ぎ取られ、開かれ、パーツに分けられていく。

 血抜きは終わっているようだ。クオンの指が赤く染まっていたから、貫手でも使ったのかもしれない。獣の皮を指で貫くなど彼は容易にできるだろう。

 本来解体に使う道具ではないというのに見事なものだ。お陰様でリオンのお気に入りの剣は無惨な姿となっているが。


「わふん!」

「狼神よ、受け取れ。うちの神がすまなかった。これで仲直りをしよう」


 取り出したモツを狼神は尻尾を振りながら食べている。


「で、こっからは仲直りじゃなく取引だ。炎天の英雄さんよ」

「……取引?」

「うちのシズリにちょっかいかけるのはもうやめろ。ついでに今日見聞きしたことも忘れろ」


 先が二股に分かれたいい感じの枝でアカシアはリオンの顔を無理やり上げさせた。にやりと悪い顔をしている。

 いつもの色眼鏡は無く、恐ろしいほどに瞳が深く青く輝いていた。


 枝をくるくると回す姿がやけにキマっている。子供みたく無邪気に枝を回す姿はいっそ邪悪にすら見えた。

 この神であれば人間の瞳を一切の躊躇なく突くのだろうな、と予感させる。


「取引というが、どのような条件であれ飲めない。私は負けた。殺すなら殺せばいい」

「くっ殺は今のご時世流行らんぞ。せいぜい大喜利に使われるぐらいだ」


 ちょいちょいと目の前をチラつく枝の動きが不快でリオンを眉を顰める。

 縛られた王子様を覗き込みながらニヤニヤと笑うカタギからは遠い男。傍からみるとギャングの拷問現場そのものだった。


「私は怪物を殺さなければならない」

「それはもう聞き飽きた」

「……」


 黙り込むリオンにしびれを切らしたアカシアはぺしぺしと地面を叩く。

 

「お前に怪物を殺す義務はないぞ、人間。聞きたいのは義務ではなく理由だ」

「国の、為に」

「国ねぇ、10年家出を続けた奴の言い分か?」

「あぁ……違う。世界の、いや。好きだった。だから、誰かに殺されるぐらいなら。でも、シズリ嬢は怪物で――でも、彼女を殺した意味が無くなってしまう。違う、私は、」


 迷子のような顔でリオンは呟き続ける。

 ずっと、怪物であるのなら殺さなければならないという強迫観念があった。最初は好きな相手の最期を誰にも奪われたくないだけだったのに。

 いつしか手段と目的がごちゃごちゃと継ぎ接ぎになり入れ替わっていった。

 リオンがずっと働き続けていたのは楽しい記憶や苦い記憶を考えないようにする為だった。

 だから、しっかりと筋の通った言葉にしようとすると破綻してしまう。

 

「どうしよ。リオンさんが壊れちゃった」

「あー、バグってんなこれ。先に条件突き付けるか。よし、クオンやっちまえ」

「わかった」


 答えの出せない自分は、もうどうすることも出来ない。

 立ち上がり向かい合えるだけの理由もない。生き足掻く理由がない。

 そっと目を閉じリオンは最期の瞬間を待つ。


 ざくざくと河原の砂利を踏みしめる音が近づく。

 そして肉の焼ける香ばしい香りも。


「ノーマッド。キミが条件を飲んでくれるのならば焼肉が食べ放題だ。シズリ、あれを」

「村で焼肉のタレとか塩とかも買ってきましたよ。特産のワサビもあります」


 皿にこんもりと盛りつけられた焼肉が出される。クオンの横ではシズリが薬味をのせた皿を持って控えている。


「えっ」

「神様が言った条件で取引です。ほら、ロースにモモもたくさんありますよ! それにパンもあります!」


 殺されるのだろうと思っていた。アカシアはサンテラリア王国の主神とも懇意であるようだし、リオンを消したとて丸く収められるだろう。

 むしろ一番彼らの目的に沿うのならば一番安全策ともいえる。それなのに「パンと挟んでも美味しいですよ!」なんて必死に焼肉のプレゼンをされていた。

 ぷらぷらと綺麗な箸捌きでクオンは肉汁滴る焼肉を揺らす。


「美味っ 下味はクリアヒルズ産の岩塩かこれ」

「ちょっと神様! 取引中なんだけど」

「たくさんあんだからいいだろ」


 クオンの手を掴むとアカシアは肉を自身の口へと入れていた。

 もきゅもきゅと頬張っている。そして次から次へと「下味だけでもイケるな」と皿の肉を口へ運ぶ。


 ぐぅ


 大きな音を立ててリオンの腹が鳴った。


「で、どうするよ。さっさと決めねぇと食っちまうからな。食い盛りの育ち盛りしかいねぇぞ、こっちは」


 くぅん! と狼神も一鳴き。そしてシズリの肩にいるイムも激しくジャンプして主張している。

 なんだかずっと考えてばかりいた自分が馬鹿らしくなってきた。どれだけ意地になったところで、意味などなかったのだ。

 リオンは顔を赤らめて蚊の鳴くような声で言った。


「ワサビ醤油を用意して欲しい」


 仕方がないだろう。

 朝からずっと少女の探しものに付き合い、何も食べていないのだ。

 こんな拷問を出されてしまっては、誰だって屈してしまうだろう。いくら英雄と呼ばれようともリオンとて例外ではないのだ。

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