14 明けの明星

 ありがたや! ありがたやー!


 焼肉パーティの後に狼神を連れ、リオンと共に西野の村で一泊する流れとなった。

 のだが、狼神の事情を説明したところとんでもなく村は歓喜の嵐に包まれた。リオンが説明したのだ。

 彼は特務官として顔が広いためにすぐさま受け入れられた。

 

 大歓声で迎えられた西の村こと――パルヘリオ村。ここ数年の間に入植者が増えた比較的成立の新しい村である。


「狼の神様ってこの人たちに信じられて生まれたんだね」

「ぐるぅ!」

「なんか若干小さくなってるような。あともふもふで可愛い」


 今の狼神を見て誰も恐ろしい怪物のようだ、などとは思わないだろう。

 尻尾でべしべしと叩かれながら「人間の認識が変わったからな」とアカシアが補足する。


 入植者たちの故郷にも辛い記憶を取り除く神が居たのだ。その信仰と元からこの辺りに在った狼信仰が混ざり合い、ついにこの狼神が生まれたのだろう。

 恐ろしい怪物の正体がこの村の神になる存在だと村の人々がわかった為か、見た目が少しばかり丸くなっている。

 始めて見たときの人間を食い破りそうな狼の姿と比べると、今は普通の狼よりは大きくとも愛らしさが勝る姿だ。


「そこのギャングの神よ」

「誰がギャングだ。厚顔にして不敬すぎだろ」


 まさに長老といった見た目の老人。彼はこの村の村長だ。見た目が長老そのものなのは、振興の村が近隣の人間から舐められない為に選ばれた為である。

 そんなどうでもいい理由はさておきアカシアの元へ進み出た。


「あの御方の名はなんとおっしゃるのですか」

「知らん。この国で生まれたんだ、そのうちここの太陽神が名付けるだろうよ」

「おお、おお! ソルスティス様が。盛大な命名の儀の準備を進めなければ」


 長老村長は感激して咽び泣いている。

 アカシアと名付けた際は簡単に決まってしまったけれど、やっぱり重大だったんだなとシズリは今更実感した。

 今も狼神を中心として村人たちが嬉しそうにわらわらと拝んだりソーセージを貢いだりと固まっている。

 神は人々の信仰の元で願われ、祝福されて生まれるのだ。怪物とは違って。

 狼神の傍に控えるリオンと目がった気がした。すぐに逸れてしまったけれど。


「っわ、何すんの」


 ぼんやりと狼神を眺めているとぐしゃぐしゃとまたアカシアがシズリの頭を撫でる。

 

「今日もよく生き抜いたな。頑張ったじゃねぇか」

「神様が全部黙ってたからややこしくなっちゃったんじゃないのかな」

「そうとも言う。しょうがねぇだろ、やることなすこと裏目に出る星の元に生まれたんだから」


 大きくため息をつきアカシアは肩を落とす。

 彼の場合、行動が裏目に出ると言うよりはどうしようもないその瞬間に手を出してしまうので結果として貧乏くじを引いてしまうのだ。

 だから今回の件はこっそりと自分だけで早期に完結させようとした。そこへシズリが天性の運により厄介事を引き寄せ化学反応を起こしてしまったのだ。

 

「アカシア。今度からは言え。三人で知恵を振り絞れば対処のしようもあるだろう」

「ああ。お前もあの炎天の英雄さん相手によくやったよ」


 クオンの頭もまた雑にアカシアは撫でる。こちらはすぐに払いのけられていた。

 シズリが口ではいろいろと言いつつ犬のように触れ合いを好むのなら、クオンは猫のように気分で触っていい日が変わるのだ。

 表情が変わらないので気分の見極めは困難である。

 

「そういえば、炎天の英雄というのは誰かが勝手に付けた呼称で恥かしいとノーマッドは言っていたな」

「マジで? 今度からもっと言ってやるか」

「神様さぁ、そういうところ善くないって」


 賑やかな夜が更けていく。


◆◆◆


 まだ薄暗い明け方近く、シズリは目を覚ました。

 そして用意された宿の窓から見えた人影に気が付く。


「あれのことはほっとけ」


 視線を本から動かさずにアカシアが止める。そこまでしてやる義理はないのだと。

 

「でも、話だけしてくる。わたしがすっきりしたいから」

「はぁ……すぐに帰って来いよ」


 どうせ今のでクオンも起きたのだろうが、それでも極力音を立てないようにシズリは宿を出る。今の兄は既にほぼ治っているとはいえ怪我人なのだ。

 相手とはそんなに離れていない。走ればすぐに追いつく。

 早朝、まだ村の人間は眠っている。村の外へと向かう人間へシズリは声をかけた。


「リオンさん、もう帰るんですか?」

「この時間ならゆっくりと歩いても午前中にはサンテラスに着くからね」


 気まずそうな顔でリオンはシズリと向き合う。いつものように、低い視線にしっかりと目を合わせて。

 殺されかけたとはいえこういう所は好感さえ抱く。


「取引は成立した。神の前での契約だ。私に違えようはないよ」

「あれってそんなに重いものだったんですか?」


 リオンが焼肉を所望した後で契約は成された。アカシアが取り出した紙に条件を書き、血判を押したものだったはずだ。

 いつもの軽いノリと充満する肉の香りの中での契約だったから畏まっていた印象は無かったというのに。

 

「両者同意の上で、いわば世界との契約だからね。違えようものなら私の存在は抹消される」

「怖」

「私に加護を与えた二神も無事では済まないだろうね。私の信仰する神の名に誓い、必ず守ろう」


 ――君を殺さないと。

 そうリオンは今一度宣言した。

 普段からへらへらとしているアカシアの神らしい部分にシズリは驚く。そんなに厳格な契約が出来たのかと。

 あれはあれで腐っても神なのだ。


 少し見直していると思い悩んだ様子のリオンが口を開いた。


「シズリ嬢。すまない、私は君に謝罪ができない」

「今謝ったじゃないですか」

「あっ、いや、そうではなく……」

怪物わたしを殺そうとしたことですか?」


 あたふたとしたリオンだったが、鋭いシズリの言葉に黙って頷く。


「ヒトを傷付けたらごめんなさいってするものでは?」

「君はヒトではないから」


 さらりとリオンは返す。流石にいくら顔に出やすいとはいえシズリも不貞腐れるのを隠さない。

 そもそも、怪物なんて言葉はシズリに全く関わりのないものであったはずなのだ。物語に出てくる悪者でしか知らない。

 それがちょっと夢の中の技を使っただけで怪物認定されてしまうなんて腑に落ちないというもの。実はそんなに怒っていないとはいえ些か理不尽だとは思う。

 私は、とリオンが前置きをして話す。


「怪物は倒されるべきものだと思っている」


 己の指針とする主義によりリオンは謝れないのだ。

 

「無意識で、本人にその気がなくても。誰かを不幸にしてしまうものが存在していいとは思わない」

「それはそうですけど」

「でもね、私が好きだった怪物ヒトと過ごした時間は楽しくて。息をするように誰かを傷付けるような女性ヒトだったのにね」


 俯いたリオンの表情は暗さも相まってよく見えない。

 きっと、リオンは恋をしたという相手に出会わなければもっと順風満帆に生きていたのだろう。

 強くて優しくて。王子様みたいだと思っていたら本当に王子様で。そんな彼が人生をめちゃくちゃにされてしまったのだ。

 可哀そうに、とシズリは憐れむ。

 口に出した瞬間、契約そっちのけで八つ裂きにされてしまいそうなので堪えるが。


「私も、好きな人を優先出来ていたら――君たちみたいに笑いあえていたのかな」


 いろいろと混ざり合った苦い言葉が絞り出される。


「無理でしょ」


 対する答えなんて一つだけ。


「誰かに殺されたくないって、好きな人を優先して今のリオンさんが居るんですよ。まずわたしたちとは前提からして違うと思いますし」


 因習村出身のシズリと華やかな王族貴族のリオンなんて掠りもしない。と一緒くたにされて後悔の材料にされるなどまっぴらごめんだ。

 なによりも怪物に誰かが傷付けられてしまうのを黙って見ていられるような人間ではないだろう。どうあれ優しい彼の行きつく結果は同じだ。


「無理、か。……はは、そうだね」


 力なくリオンは笑う。

 全てが終わった話。もしもの話をするだけ無駄なのだ。

 だから、これからの話をする。


「私はもう、怪物を殺さないよ」

「契約はわたしだけだったんじゃないんですか?」


 リオンは肯定した。

 アカシアとの間に締結された契約内容は

 【リオンに焼肉を好きなだけ渡すこと】

 【シズリに害を為さず、その日に起きた出来事を他言無用にすること】

 といったものだ。あくまでもシズリ・ラーフに限った内容なのである。他の怪物が現れたとして関係はないのだ。


「私は怪物殺しの英雄とも呼ばれていてね。怪物を一度殺した以上は他の怪物だって殺しやすくなる」


 シズリが神殺しだと世界に認識されたように、リオンとて怪物殺しだと認識された。だからこそ、相手が怪物であるのならば有利に運が動くのだ。

 当たり前の事実だと世界からの補正が働くのである。


「君は言っただろう。他の怪物を殺したら、作業の一つとなってしまうと」


 ――わたしを殺したら、あなたの特別はなくなりますよ。

 必死に放り出した命乞いだ。揺さぶれたら御の字程度のものだったが、大いに効果を発揮していた。


「だからもう、二度と殺さない。これが私に出来る愛の証明だ」


 怪物は殺すべきだ。その主義は変わらない。

 だからこそ己の主義に反してまでリオンは愛を掲げる。


「少し、話しすぎたようだ。もう悩むのはやめるよ」


 そう言って、リオンはパルヘリオの村を後した。

 ほんとうに長く話していたように思う。空が明るくなっていた。


「きれい」

 

 夜明けの空に一際輝く星があった。今日の一番星だ。

 早速あの神が恋しくなってきた。まだ惰眠を貪る時間はある。

 彼も巻き込んで兄と一緒に二度寝をしよう。小走りでシズリも宿へ戻った。

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