15 腐れ縁

「と、いうわけで。怪物は人々の畏怖が生み出した幻だったのです」

「貴様、何が言いたい」

「要は今回の件はめでたしめでたしで終わる話ってこった」


 理解したか? とアカシアはソファへ客人と思えぬほど尊大に腰掛けている。


 サンテラリア王国――ソルスティスの神殿。その私室。

 太陽が沈み、ゆったりとソルスティスが寛いでいた時間。突如として現れたアカシアはズケズケと彼の私室へ上がり込んできたのだ。

 晩酌に少しずつ飲もうとしていたメトルマの酒まで開けられ、ソルスティスの顔には青筋が浮かんでいた。


「怪物は何とかしたぞ。だから約束のもんを寄越しな」

「初めから怪物など居なかったのではないか?」

「契約は怪物騒動を収めるって内容だろ」


 メトルマに確認を取るか? とニヤニヤしている。この飄々とした男にペースを乱されてはいけない。

 頭痛を覚えながらソルスティスは羊皮紙を顕現させた。

 神基準において昔は粘土板を使用したものだが、今は契約事は羊皮紙が使われている。

 今年のイズモ会議の議題のひとつにそろそろ羊皮紙から最新式の紙に変えてはどうか、というものもあったのをソルスティスは思い出す。


「まずは土地。貴様の神殿があった場所でよいな」

「まだ残ってんのか?」

「邪教の土地として絶賛荒れ地だ」

「構わんよ。庭いじりからDIY工作とか得意だぜ、オレ」


 元々この星神が納めていた土地は今やソルスティスの直轄地となっている。だからこそ彼の一存で土地の譲渡を書き上げた。

 彼は腹芸に向いていないと知っている。公正な太陽神であるので、アカシアは疑わずに書類へサインを入れようとした。


「待て」

「あ?」

「今の名でよいのか」

「他に何がある」


 さっさと貰うものを貰って帰りたいのだ。ソルスティスと違いアカシアは腹に一物を抱えている身なので。

 この土地の太陽の下は彼の管轄。どうせバレているにしても藪蛇は出したくない。


「元の名を還そうかと言っている」

「――! どういう風の吹き回しだ」

「かつての大戦は公平ではなかった。魔族に組する神が居なかったのだから。見かねて貴様が付いたのだろう」


 日の光は全ての生きるものたちに平等に降り注ぐ。それがソルスティスの在り方だ。

 だからこそ、世界を暗黒に塗り替えようとした魔族を見過ごすわけにはいかなかった。そして暗闇だけの世界は他の神にとっても許容できるものではなかった。

 そうして神々から見放された魔族は世界からも同様に不要なものとされてしまうところだったのだ。


 そんな魔族を星神は見て居られなかったのだろう。

 負け戦が目に加え、誰にも手をし述べられなかった魔族。

 邪悪な存在とされようとも必死に足掻く者たちを星神は見て居られなかったのだ。


「お前の同情は要らん。結局オレは引っ掻き回しただけだからな」

「だが、結果として彼らの名は世界に残った。貴様の行動は無意味ではなかったのだろう」


 有数の力を持った一柱の裏切りによって、歴史に記さなくてはならなくなった。

 魔族の存在そのものが闇に葬られず残ったのだ。


「そうかよ」


 ――頑張っている者たちが報われないなんて。見て居られない。

 星神は必死に足掻く者たちが好きなのだ。

 けれども、手を貸した時にはいつもどうにもならない状態だった。もっと早くに何とか出来なかったのか? という問いに対しては否と答える。

 そんな段階では手を貸したくなるほどに必死に頑張る者など居なかったのだ。こればかりは性分なので仕方がない。

 難儀なものである。


「ともかく名は還さなくともいい。むしろ要らん」

「名を捨てるとは、貴様のかつての信仰者たちを踏み躙る行為だぞ」

「…………構わんよ。勝手に信じられただけだ。今のオレは二人の神、アカシアだからな」


 間を置いてから、きっぱりとアカシアは名を固辞する。


「あの二人の人間は信仰者にして眷属だったか」

「伴侶で眷属な」


 ここも譲れない。

 眷属とは神官よりも近く神に付き従う者であり近しい存在である。

 勝手に眷属にしていたことで兄妹からは絞られたが納得はして貰えた。アカシアとて断られるとショックを受けるだけの繊細さがある。

 だから先に既成事実を作ってしまったのだ。


「相当に入れ込んでいるのだな。貴様が手を貸す程見るに堪えなかったのか?」

「それはねぇよ」


 あの二人に手を貸した覚えなど無い。

 クオンとは試練を超えた褒賞と契約による対価を渡しただけだ。

 そしてシズリに関しては――神命じんせいで初めて手伝ってもらった。


「あいつらはオレが手を貸さねばならんような存在じゃない」


 そうだ。あの二人は在り方が強い。

 断言できる。

 

「見ていられないんじゃねぇ、オレが傍にいるだけだ」


 必死に請い願う者は居ても今まで自ら力を示した者は居なかった。

 必死に道を切り開く二人が好きになったのだ。

 だから神の本能として願いを叶えようとしても、迷子だから迎えに来いだの路銀稼ぎだの当たり前のことしか叶えさせてくれない。


「わかった。神役所にはアカシアの名で紹介状を出しておく」

「この国の主神からの紹介状なんざ驚くだろうな」

「それと、狼神ヘリオスの紹介状も出している。彼の付き添いもよろしく頼む」


 まだ赤子同然で社会に疎いのだからな、と付け足す。


「もう名が決まったのか。ちょっと脅かしたから嫌われてるんだよなぁ」

「殴ったと聞いているぞ」


 いろいろと無理やりに進めようとしすぎて誤魔化しようがない。

 

「我が加護を与えし英雄も虐めてくれたようだな」

「あれはお互いさまだって!」


 喧嘩両成敗として処理して欲しいところである。それに特定の人間に肩入れしているのはこいつも同じだろうとアカシアは思う。


「わーったよ、ヘリオスの世話はこっちでやっとく」


 オレだってずっと放浪暮らしの山暮らし歴が長いってのにとアカシアはぶつくさと文句を垂れる。


「フフ、フハハ」

「笑うな」


 何千年経っても変わらない星神にソルスティスは笑いが止まらなかった。

 権能の内容が地味に似通っていたり性格が地味に合わなかったりと衝突もあったが。同じ空の神格としてかつてはそれなりに交流があったのだ。

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