16 殉教者の行進

 時間はだいぶ飛んで、アカシアが正式に神として籍が登録されて半年。


「もしかして、完成した……?」

「完成したな。竣工式をやるか」


 兄妹の目前には屋敷が建てられていた。

 シズリの生まれ育った山の御屋敷よりは小さいものの、古ぼけた印象はなく華やかで暖かい屋敷といった印象である。

 ポシェットからクラッカーを取り出すとクオンにも渡し二人で鳴らす。そして拍手。


「ムム!」

「わぁ、花吹雪みたいな色だね」

 

 二人の拍手に合わせてイムも七色に輝く。最近擬態を覚えたのか身体の色が変わるようになった。

 賢いとは聞いていたもののスライムとは奥深い。ちなみに神の魔力を直に取り込んでいる為に通常のスライムより変異が起こりまくっている事実はアカシアしか知らない。

 言ったところで些細なものだしな、とこれから言う予定もない。

 

 イムの変化に合わせてクオンとまたクラッカーを鳴らして遊んでいると不機嫌な声がした。


「勝手に進めんな。竣工式は神前でやるもんだぞ」


 訳・オレを置いて盛り上がるな。である。

 ニッカポッカを着用しているアカシアは普段の胡散臭い怪しげなギャングの幹部格から変わり。ただ単にガラが悪い。

 形から入るタイプとはいえ悪い意味でニッカポッカ作業着が似合ってしまっていた。


「じゃあ神様もこれあげるね」

「竣工式なのにオレも祝う側なのか」

「だってほぼ神様が建てたし」


 渡されたクラッカーをアカシアを鳴らす。

 パァンと乾いた音が鳴り響いた。三人と一匹が無言の中でひらひらと舞い散る紙吹雪。独りで鳴らしても思った以上に盛り上がらないものである。

 こんなに虚しいクラッカーの存在があるのだとアカシアは初めて知った。

 気を使ったイムがまた七色に輝きだしたのでアカシアも無言で撫でる。


「仕切り直しだ。三人で鳴らすぞ」

「ごめんなさい。今ので最後」

「計画性ガバガバか?」


 とまぁこんな具合に。

 無事に竣工式はぐだぐだと終わる。


 まずこの屋敷であるが、アカシアの神域に建てられた新居だ。

 ソルスティスから返還された土地――ほぼ荒れた山の頂上に建っている。

 かつての邪神が納めていた土地だけあって、2千年前から今まで他のも管理をしたがらなかった土地だった。

 事故物件ならぬ事故土地である。

 

 他の土地は管理者がいるのだが、この土地だけは誰の手にも渡らなかったのだ。かつての裏切り者――邪神の神殿が建っていた土地なので仕方がない。

 だがそこはかつての持ち主。心理的瑕疵は一切なかった。むしろ懐かしい。


 土地を正式に渡されてから早速アカシアは己の神域にし、住所不定を脱却する為に屋敷の建築を始めたのである。


「最初は家を作るって言われて意味がわからなかったけど、何とかなるもんだね」

「神域とは自由が利くものなのだな。その割には一瞬で建てられるものではなかったが」

「わかる。神様的すっごい力でサッと建てちゃうんだと思った」

「んな便利なもんじゃねぇよ神域は」


 自身の領域である以上、領域の主として植物や建築素材など様々なものが再現できる。そして人手を使わずとも組立も出来る。

 が、問題もあった。原理のよくわからないものや知らない素材に関しては再現が出来ないのである。何より柱の組み方もわからない。

 そのうち、屋敷とは何か? どういった原理で住居として成り立っているのか? といった概念すらゲシュタルト崩壊を始める始末。

 整理する為にも要は図面から引く必要があったのだ。


 そして今までの家無し子だった三人はテント生活だった。

 時折、隣山にあるパルヘリオ村に身を寄せたりしながら少しずつ屋敷制作をしていたのだ。

 パルヘリオ村はなんとご近所だった。

 元々は邪神の領域であったのだが、近年になり入植者がやってきて村となり、狼神ヘリオスが生まれたという訳である。


 数日前、パルヘリオ村から一足早い新築祝いが届いていた。

 ちなみにその噂を村経由で聞きつけラサーティドも日常品をいろいろと送ってくれていた。


「家の地図は出来たのか?」

「おう、無くすなよ」


 兄妹に地図を渡す。

 家の間取りと共に各部屋への案内が書かれた紙である。補足をすると、この屋敷が広すぎるという理由ではない。

 人間の職人を頼り図面を引いてみると欲が出てくるというもの。

 空間魔法まで駆使し、それぞれの要望と浪漫と実用性と非実用性を詰め込んだ結果として迷宮ダンジョン一歩手前となってしまったのだ。

 ドアの横にある鏡をズラせば別の部屋に繋がるなどとにかく入り組んでしまったのだ。あと壁の隠しスイッチを押すと地下室に繋がったりもする。


 設計と組み立てを全てアカシアひとりで行っていた為、止める者は誰ひとりとして居なかった。

 屋敷を設計した本人でさえ途中からハイになってしまって収拾がつかなくなっていたのだ。


「よし、今から神殿攻略すっか」

「なんかすごい冒険者っぽい」

「ここは我が家ではないのだろうか」

オレが居んだから神殿だろ」


 冒険者の予行演習だよ、とアカシアは適当なことをのたまう。

 アカシアの身分が保証されたことで兄妹も冒険者として登録が出来たのだが、もっぱら山の幸を売りに行く為だけの身分証である。


 だいたいの物品が再現できる神域といえど、日々進歩する娯楽までは再現出来ない。悲しいかな日々の充実した生活には必要なものは金である。

 金銭を得る為には山菜や狩った獣を売りにいく必要があるのだ。アカシアが権能で作ればいいのではないか? というも出来ない。

 神域で顕現させられたものは手続きを踏まなければ外に持ち出せない規則ルールとなっている。

 だから神域外の山に自生しているものを採らねばならないのだ。


 幸いにも、荒れ地となっていた屋敷の周辺はアカシアが来た為に正常なエーテルが流れるようになった。緑も回復しつつあり、新鮮な山菜が採れたのだ。

 今の課題は交通の便がすこぶる悪すぎるのでロープウェイを設置するか否かである。


「ま、これで住所有甲斐性有名有のちゃんとした神になったんだから婚姻に文句はないよな」


 ここ半年は忙しかった。そもそも半年で一区切りつけようとしているのが狂気の沙汰ではなかった。

 設計の勉強から周辺の環境整備から挨拶回りからバタバタとしていた。比喩ではなく実際に寝る間を惜しみ24時間体制でアカシアは活動していたのだ。

 いくら兄妹が止めようとも彼は流星の如く進み続けた。そのうち燃えカスとなって消えるんじゃないか? と心配される程に。

 

「えっ」

「うん?」


 兄妹は顔を見合わせる。

 途中でシズリがハっと気が付く。兄に耳打ちをした。

 この神は村で「住所不定無職甲斐性無し名無し神に任せられない」と二人に言われていたのをずっと気にしていたのだと。二人ともすっかりと些細な問題として記憶の端に置いていた。

 ひとり真面目に考えていたのだと思うとむず痒い気持ちになる。兄も表情こそ変わらないが思うところがあるのだろう。


「そうだな。それでオマエは式をあげたいのか?」

「わたしたちは別にそういうのいらないけど。神様がそういうの好きだったらいいと思う」

 

 急いで取り繕う。

 ずっと覚えていましたよの体で乗り切ろうとした。


「お前ら絶対忘れてただろ。そもそも王都にきたのだって観光旅行じゃねぇぞ」


 駄目だった。

 いつもじっとりと眺めるのは兄妹だったが、今はアカシアがジトっとした視線を寄越している。


「ほら、新婚旅行みたいな感じでよくない?」

「誤魔化すな」

「まずシズリはまだ婚姻が可能な歳ではないぞ」


 大切な話の流れだったはずなのにいまいち締まらない。

 いじけながらこれからの日程やら将来設計やらを数百年単位で話そうとするアカシアにだんだんシズリも疲れてくる。

 今の生活が第一であり数百年先などと言われてもピンとこない。だからついつい口から零れ落ちてしまう言葉もあるわけで。


「もっと感動的なプロポーズとか出来ないの?」


 だって、今まで成り行きのような雰囲気で押し通されてきたのだ。

 ロマンチックなシチュエーションに対し強い憧れはないし、婚姻に文句はないがもう一言ぐらいあってもいいだろう。

 

「お前らそんな情緒欠片も持ってねぇだろ」


 そんな少女の言い分をアカシアは軽く粉砕した。


「一般的な人間基準に当て嵌めると終わっているな」

 

 田舎の村でのお見合い婚の方がまだマシなほどだとクオンは呆れる。


「……んなの、今更恥ずかしいだろ」

「神様に恥の概念あったんだ」

「うるさいな! これでいいだろこれで!」

 

 ヤケになり叫びながらアカシアは指を鳴らす。

 作業着だったのが、普段より少しだけ畏まった服装へと変わった。

 しっかりとした服を着こむと神秘的な顔立ちも相まって真面目な神にみえるのだから見た目とは大切なものである。


「好きだ。だから――オレが居る限り、ずっと一緒に生きてくれ」


 また指を鳴らすと黄色の花びらが降り注ぐ。ベタではあるが、アカシアが精一杯に考えたロマンチックな演出なのだ。

 縁起を担ぐならば赤の花びらが定番であるが、ここは自己主張強く黄の花へ変える。

 星空の下だとか花火だとかいろいろあったはずなのに、突発的に言われると思いつかないのだから仕方がない。


 もちろん答えは一つだけで。

 兄妹はまた顔を見合わせると思いっきりアカシアに抱き着いた。普段は自分から触りに行かないクオンまでも。

 些か地面に足が埋まりつつもアカシアは受け止める。


「ま、お前らはオレの眷属だからオレが死んだら一緒に死ぬんだけどな!」

「なにそれ聞いてない。別にいいんだけど」

「重いな。構わないが」


 こうやってまたひとつと知らされていない事実が告げられていく。

 

「お前らになんかあったらオレも大変なことになるから気を付けろよ!」

「わたし一人の身体じゃないって、こと!?」


 結局締まらないものは最初から最後まで締まらないもので。

 新居を探検するぞ! とそのままズルズル二人を引きずりながらアカシアは屋敷へ足を踏み入れる。


 シズリはこの温もりに顔を埋めた。

 きっかけは、自分ひとりが置いて行かれる夢だった。

 現状に流されきってしまうほど弱くなく、現状を変えられるほど強くもない。そんな大人になれない少女の駄々から始まった出会い。

 兄が知るような両親との優しい記憶も、変わらずに貫けるような信念もない。何も持たない少女がシズリだった。

 それでも。


「幸せだなって」

「今更だろう」


 あえて全体重をかけて引きずられているクオンが微かに笑った。

 一瞬のことで、シズリの気のせいだったのかもしれないが。


 シズリには“愛”と呼ばれる感情がまだわからない。シズリの出会った者たちが持つ“愛”

 彼/彼女らの言う身を切り、ひり出すような激情がわからないのだ。

 いつか理解できる日が来るかもしれないが――今はまだ知らないままでいい。


 ただ、この大好きな居場所があればそれだけでいい。

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