02 ぶらり汽車の旅
グリーンバレーはその名の通り緑豊かな谷にある街だ。湖に作られた飛空船用の港をはじめ、汽車の路線合流地でもある。
本来ならば観光のひとつでも楽しみたいところではあるが今は先を急ぐ身。
「キノコ弁当とタケノコ弁当と……神様は何がいい?」
「んじゃ、オレは森トカゲの切り身弁当」
「はーい! 兄さんはチケットの確保お願い」
それぞれ役割分担をして先へ進む。
「オレは何をしたらいい?」
「そこから動かないで。風景でも見といて」
「雑だな……」
旅先では迅速な行動が必要なのだ。既に人の集まる売店へとシズリは向かう。
グリーンバレーでは路線が合流する為、各地から様々な食材が運ばれてくる。駅弁の種類が豊富なことで有名なのだ。
手早く目当ての弁当と飲み物を購入するとシズリは待ち合わせ場所へと戻る。
(やっぱり神様ってわかりやすいな)
クオンとの待ち合わせ場所はアカシアの前だ。
長身で怪しげな雰囲気の男に近づきたくない心理からか、人が避けて空間が出来ている。常夏のビーチなどという浮かれでも無い限り、声をかける女すら寄ってこないのだ。
おかげさまで待ち合わせ場所として役立っている。
「戻ったか。こちらもチケットが購入出来た」
「駅に行こ」
二人でアカシアの手を引く。両手に花状態の神はまんざらでもない顔をしていた。
向かう先はグリーンバレー駅3号線ホーム。
「もう汽車が来てるみたい」
「さっさと座ろうぜ」
王都サンテラスへと向かう汽車は他のホームのどの汽車よりも長い車両をしていた。
それだけ向かう人間が多いのだ。いや、人間だけではなく神の気配だってあちらこちらからしていた。
チケットを駅員に渡すとクオン主導のもと進む。
「すごい、個室だ!」
半券を見ながら案内された先は大きな窓がひとつと、椅子が向かい合わせに並んだ部屋だった。
中央には机が置いてあり、少し遅い昼食を食べるのも困らない。
「コンパートメント席のチケットが残っていたからな」
「随分気前がいいじゃねぇか」
「旅費の大部分を占めていたのが飛空船のチケットだった。ルーセント神のご厚意で、余過剰が大いに出たのだからこちらに回した」
窓側がいいと主張した二名により、座席も決まった。
向かい合うのは窓側のシズリとアカシア。少しでもゆったりとする為には男二人並ぶより少女と隣り合った方が言いワケで。シズリの隣にはクオンだ。
『特急 王都サンテラス行。暫くの旅をお楽しみください』
車内アナウンスが鳴り、汽車が進む。
最初はゆっくりと流れていた風景もだんだんと早くなる。空の代わり映えしない風景より街から森へと変わる風景は見応えがあった。
時刻はそろそろ昼過ぎ。それぞれ弁当を広げる。
「お、箸までついてんのか」
「突き刺す感じの串的なやつじゃなかったんだ」
「使い方教えてやるよ。ほら、こうやって持って――」
カトラリーはスプーンやフォークの他、あまり見かけない箸まで入っていた。アカシア主導のもとで箸の使い方講座が始まる。
「これで本当に食べられるの?」
「クオンはもうマスターしてるぞ」
「早っ」
黙々とクオンはキノコ弁当を食べていた。アカシアの指の動きを観察し、真似たのだ。
「フォークとスプーンの方が食べるにあたって効率が良くないか?」
「効率を求めるな。その場の雰囲気で変えろ」
それが旅の情緒だ、とアカシアは笑う。わかってるんだかよくわからない顔をしてクオンは頷いた。
「美味し! これバンブー村直送のタケノコだって」
あーでもない、こーでもないと格闘してついに米を口へ運ぶところまで成長した。目の前に文字通り餌があれば成長は早いものである。
ただし全てが上手くはいかない。
「豆が掴めない……!」
「しゃあねぇな。豆は許してやるから口開けろ」
「おいひい」
雛鳥のようにシズリの口へ豆が運ばれていく。コトコトと砂糖で煮られた黒豆だ。ほんのりとした甘さが広がる。
食うに困る生活をしていただけあって、口に入る全てがとにかく美味しい。
「質感が似てるしこんにゃくならイムちゃんも食べられるかな」
「どんな理論だ。まぁ基本なんでも食うぞ」
肩に乗せているイムにもおすそ分けをする。嬉しそうに撥ねた。シズリもこんにゃくがゆっくりと消化される様子を楽しんでいる。
普段は魔力操作が苦手なシズリに変わってアカシアが餌として魔力を渡していた。いつの世もペットの世話は最終的に保護者がすることになるのだ。
果たして、神の魔力を与えて無事なのかとクオンは疑っているものの未だ異変は無い。アカシアは何も言ってないのだから大丈夫なのだろう。
「森トカゲの切り身だって美味いな。ほら、お前らも食え」
自身の弁当から切り身を渡そうとしてくるアカシアに兄妹は「いらない」と拒否する。
口に入るものはなんでも美味しい。
が、村では食べるものがなくて30cmほどの森トカゲを追い回していた。飽食ともいえる種類がある中でわざわざ食べたいとは思わなかった。
「オレの飯が食えねぇのか」
「……一切れ、その半分だけ貰おう。代わりにこちらの椎茸を捧げる」
「わたしもタケノコの先っぽあげるね。切り身もその半分残ってるやつ欲しいな」
「おう!」
これは拒否していると面倒になると瞬時に判断したクオンが折れた。
供物まで渡されて神様は上機嫌だ。というより純粋に弁当交換なる行事をしたかっただけだった。
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