王都
01 衣替え
どこかの屋敷だろうか、ドレスを纏った人々が多くいた。貴族の夜会というやつだろう。そんな場所を私は見ていた。
これはいつもの夢だとすぐに気が付いた。この夢は私の他人が観測したものを見るスキル。神様曰く、この世界ではない誰かが――異世界の人が舞台を見るように物語を観測した光景。
煌びやかなホールの中央に異形の魔物は存在していた。
魔物は大の男が見上げるほど大きく、それでいて貴婦人を連想させる出で立ち。
だが、一番異様なのは顔だ。顔にはぽっかりと穴が空いていた。穴は向こう側の風景を見せるのではなくどこまでも暗い虚無へと繋がっている。その穴を見ていると、私はどうしようもなく寂しくなった。
女性の嫋やかな隆線を描く身体を揺らめかせ一歩踏み出すと同時に光弾が魔物の周囲を美しく舞う。そして、轟音と共に光弾が降り注いだ。
「させない!」
聞き覚えのある声だ。それと同時に光弾が炎に包まれて消える。
立ちふさがるのは金髪の青年――リオンさんだ。
魔物が立ち止まった。その隙にドレスを来た人々はリオンさんに背を向けて逃げ出す。泣きながら逃げる人、這いずりながら逃げる人。パニックに陥った群衆の中でただひとり、リオンさんは魔物を見据えていた。
クリアヒルズで出会った時は優しそうな顔つきだと思ったけど、魔物を睨みつける彼は少しだけ怖い。
「――、――――」
「ここで仕留める」
魔物が何を言っているのかわからない。けれどもリオンさんは剣を前に突き出した。
リオンさんが地を蹴り上げ、異形目掛けて振り下ろす。魔物も長い爪で防ぎ、応戦する。
舞踏会が行われていたであろうホールは炎と光弾が飛び交っていた。命のやりとりをしているはずなのに、その光景をきれいなものだと思った。
魔物の爪を剣で防ぎ、炎を光弾が貫く。
異形の放つ魔法とリオンさんの剣戟が暫く続き――決着がついた。
さいごには、煌びやかなホールは既に瓦礫や砂埃の舞う廃墟のようになっていた。彼ら以外、既に誰も居ない。
リオンさんは立っているのもやっとな様子で、異形の魔物は地に伏していた。
あれ、あの人は? 異形の姿が変わる。近づいてよく見ようにも視点が固定されていて叶わない。
けれども。異形は
「――――、――、――」
女の口が動いた直後、リオンさんが女の顔目掛けて剣を振り落とす。何度も、何度も剣を振り下ろす。
背中しか見えなかったから、リオンさんがどんな顔をしていたのか私にはわからなかった。
◆◆◆
ぐらぐらと肩を揺すられてシズリは目を覚ました。
身を起こすと額に乗せられていた鑑賞ペット用スライム――イムがぼたりと膝に落ちた。命名はシズリが直感で決めたもの。
ひんやりとしたボディはアイマスクにすると気持ちがいい。
膝でぷるぷると震えるイムに「ごめん!」とシズリは謝る。両手ですくうと最近の定位置、肩へと移動させた。
「めちゃくちゃ眉間に皺が寄ってたぞ。今度はどんな夢を見たんだ?」
「夢……」
知り合いがヒト?を惨殺する夢を見ていたのだ。あまり快眠とは言えなかった。あれは魔物だったのだろうが。
夢の内容をシズリは軽く話す。グリッジのような夢を見ることは稀で、普段はこんな芝居のワンシーンのような光景の傍観者となることが多いのだ。
ここは飛空船の一室。諸事情により宛がわれたスイートルームである。
三人で使っても激安宿屋より広い。
空の旅も最初は興奮したものの、何もない蒼天は変わり映えがない。情緒も何もなく飽きたシズリは早々に昼寝をした。すると夢を見たのだ。
「ただの夢ってことはないのか?」
「どうだろ。今まで日常に関係あるのも無いのも見過ぎて、普通の夢がどんなものかわからないんだよね」
「俺も全く夢を見ない、というか覚えていないから普通の夢がどんなものかわからないな」
オマエは?という問いかけにアカシアも肩を竦める。神は夢を見ない。
自分から言っておいて、ただの夢といったもののどんなものなのかわからないのだ。
「未来の出来事か或いは……ともかく、俺たちには関係のない夢として片付けてもいいのではないか?」
「確かに。でも、今度会ったらなんとなく気まずいかも」
とはいえ兄と知らない男のベッドシーンもどきを見る気まずさよりは何倍もマシだ。あの時は怒りが先にきたものの、今思えば混乱も混じっていたのだろう。
今回の内容は自分たちには関わらないものだと結論付けた。
もしも重要そうな事態が起きるのならば、リオンに直接連絡をとればいい。火の粉がふりかからないのならばそんなもんである。
『あと30分程でグリーンバレーに到着致します。下船のお客様はお忘れ物のないように――』
船内アナウンスが鳴る。
そろそろ空の旅も終わりだ。次は汽車の旅である。
1便のチケットを渡されたことにより、本来の旅程よりも大幅に早い到着となっていた。グリーンバレーに付いたら4時間の間があったのだが、すぐに汽車に乗ればよくなったのだ。
しかも本来の各駅停車ではなく、特急に乗車出来るので王都サンテラスまで汽車一本で行ける。まさにルーセント様様だった。
「お前ら、新しい服が出来たからこれに着換えとけ」
「ずっと作ってたやつ? わたしのシャツの刺繍とは別で毎日縫ってたよね」
神が自身の持てる美的感覚のままに縫い上げた逸品である。
広げてみるとあまり見慣れない形状の袖だった。
「これってキモノ?」
「着物“風”な。お前らがどんだけ暴れまわっても大丈夫な作りだぞ」
動きやすさに重きを置いているようだ。着方も普段来ている洋服と変わらない。あくまでも袖をひらひらとさせたもの。
本場の着物職人が見ると顔を赤くして邪道だと叫ぶだろう。もしくは認めないと断言する。
「今回のも可愛い! こういうの好き」
「だろ」
本場の職人が認めなかったところで、年頃の少女には全く関係がない。可愛さが全てだ。
黒を基調としたモノトーンにシズリの服はところどころレースがあしらわれている。
クオンの服も着物でこそないが、ゆったりとした袖には細かな刺繍が入っている。
「袖は余裕があるほど動きを悟られないからな。ありがとう」
「おう、機能面重視だ。刺繍とかレースで斬撃体制も上げてるからな」
この服の作成に時間がかかっていた理由だ。凝り性のアカシアにより、美しさも損ねず、機能的な魔法紋を模索すると時間がかかってしまったのだ。
『あと10分程でグリーンバレーに到着致します。下船のお客様はお忘れ物のないように――』
窓の外は既に陸が見えていた。
肩に乗せていたイムをアカシアの手へ移動させシズリは個室へと走る。両手にはしっかりと新作の服を抱えて。
目的地まであと少しだ。
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