03  魔法の練習

 汽車に揺られて3時間。王都サンテラスまであと2駅。

 コンパートメントの一室では少女の澄んだ声が響いていた。


「其れは第五より現れし力 其れは第四がひとつ 黄金の星を起点とするもの 水より転じるもの 役を与える 形を成せ 我が意を満たせ……――ダメっぽい」

「ダメかぁ。基礎の基礎のフル詠唱なのにな……」

「わたしだってちゃんと魔法が使いたいのに」


 シズリは魔法の勉強中だった。

 いくら身体能力が優れているとはいえ逃げ足や受け身が得意なだけ。ならば魔法のひとつでも覚えたいと思ったのだ。

 比較的簡単な魔法から始めたのだが成果は余り芳しくない。


「体感、僅かに気温が下がった。全くの失敗ではないと思うが」

「兄さんが感じ取れるレベルの下がり具合」


 虚しいフォローだ。クオンは風の流れから相手の動きを読む程度に研ぎ澄まされた感覚の持ち主である。

 そしてクオンはシズリよりは魔法が仕える。殴った方が早いので使わないだけだ。


「何言ってるか聞き取れないけど、神様の詠唱ってもっと短いよね」

「無詠唱もイケるが、唱えた方が強いからな。そんでも最大限まで削ってる」


 アカシアの行う魔法は神格魔法。人間の使う魔法とはまた別のもの。

 神格魔法を人間でも使えるように改変したものが現代魔法なのだ。


「氷玉ひとつ作るのにこんなに詠唱しないと駄目なの?」

「人間の使う魔法は本人のイメージが必要だ。呪文は長ければ長いほど、そのイメージを補強してんだよ。意味がわからねぇ呪文でも、意味のある言葉が呪文になってるからな」

「魔力と呪文さえしっかりとしていれば、理解が追い付かずとも形になるというわけか」


 そうそう、とアカシアはクオンの考察に頷く。


「魔力もある。そんでもシズリがここまで出来ないのはもう個性だ」

「火起こしの種火魔法とかなら出来るんだけどなぁ。出来なかったら死ぬところだったし」


 見よう見まねで必死に習得した魔法だ。クオンがいつも居るとは限らない。種火など分けてもらえない冬の村では死活問題だったのだ。

 搔き集めてきた草に死に物狂いで何度も種火魔法を放ち、暖を取っていた。


「ならこうするか。手を出せ」


 両手を広げるアカシアにシズリは手を重ねる。

 

「手? これでいい――ぁあああ!」


 痛みが体中を襲った。心臓がドクドクと音をたてている。

 体中が沸騰したようだった。指先ひとつに至るまで突き刺す痛みが広がる。


「なんなの、今の」


 ぬるりとしたものが顔を伝う。鼻血だ。垂れ落ちる前にアカシアによって拭われていた。


「これは、オマエを絞めた方がいいのか?」

「最初に死ぬほど痛いって言ったら断るだろうが。ほら、見てみろ氷玉が出来てるぞ」


 足元には拳大の氷塊が転がっていた。

 今ので魔法が発動したらしい。


「痛みの他に感覚があったろ。詠唱も要らん、それを思い出して氷玉を作ってみな」


 先ほどの感覚を思い出す。

 最初に感じた感覚を思い出す。

 頭をガンガンと鳴らす音は違う。キュッと血管が窄まる痛みも除外する。ひとつずつ整理して、最後に残った痛みの感覚を以外を掴む。


「でき、た……?」

「無詠唱の氷玉。完璧だな!」

「よくやった。この氷は水筒に入れておこう」


 ころりと手のひらに氷が落ちる。あんなに難しかった魔法が氷塊に限り、いつでも使えそうだ。

 初めて(種火魔法と比べて)派手な魔法が仕えたシズリは興奮する。


「さっきのめちゃくちゃ痛かったやつ、何したの? 他の魔法でもできる!?」

「出来るぞ!」

「すごい! 魔法が仕えるなら痛くてもいいかも!」


 アドレナリンがドバドバと出ていた。痛みは過去に置いてきた。

 流石神様! と褒められてアカシアも満足げだ。クオンもあれが修練の一環だと言われてしまえば納得するしかない。


「よーし、今度の魔法は」

「待て! あんた、その娘を殺しちまう気か!?」

「あ?」


 突如として現れた青年がアカシアの腕を掴んだ。

 緑髪に少しばかり赤い顔をした青年。遅れてふわりと漂うのはアルコールの香りだ。


「お前誰だ? 酔っ払いは戻んな」

「押し掛けたのは謝る。でもは駄目だ。聞いちゃいられねェ」


 あとおれは酔ってねェと付け足す青年。

 隠しもしない雰囲気と紫色に輝く瞳を見て確信する。彼は神の一柱だ。


「おれはテペトール諸島の酒神メトルマだ」

「こいつらの星神アカシア。で、邪魔した理由は?」


 色眼鏡をズラしてアカシアは輝く瞳をメトルマに見せた。


「無理やり神格魔法を人間に使わせるな」

「盗み聞きか」


 ばつが悪そうなメトルをとりあえずクオンの隣へと座らせる。廊下に立たれては通行の邪魔なのだ。

 聞けば、彼は後ろのコンパートメント席に居たらしい。シズリたちの前を通りがかった際、とある違和感に気が付いた。


 アカシアによって行われていた人払いと防音の魔法である。

 人払いといっても注意を背ける程度のもの。それでも不思議に思ったメトルはちらりと眺めながら己の席に戻った。

 そして魔法の練習をする人の子は可愛いなァと暇潰し程度に聞き耳を立てていると事態が起こったのだ。


「あの方法は下手をしたら死んじまうってわかっているだろう。生きていたのが奇跡ってもんだ」

「死んだってどうせ傍に置くんだから些事だろ」


 どこから突っ込めばよいのかわからない衝撃の事実。アカシアが悪びれていないのだからタチが悪い。

 

「死にたいわけないでしょ! メトルマ様本当にありがとうございます! 神様は暫くごはん抜きね」

「なっ」


 知らぬ間にシズリは生死の境を彷徨っていた。

 人間とは規格の違う魔法を覚えさせられていたのだ。シズリの身体で神格魔法を行使した。だから体中が裂けるような痛みに襲われたのだ。

 一度感覚を掴んだので次回からは問題なく使えるそうだが、習得までの過程にぞっとする。


「ちょっと人間として死ぬだけなのに」

「オマエと倫理観が合わないのは当たり前だからいい。次からは生死に関わる内容はやめろ」


 絶対にだ、とクオンが念を押す。

 偶然にもメトルマが通りかからなければ危なかったと心の底からシズリは感謝した。多少の痛みならまぁいいか、なんて思えたが流石に死ぬのは遠慮したい。


 高身長の大人の女になるという夢があるのだ。

 最近は恵まれた栄養により、少しづつ身長も伸びている。遅れてやってきた成長期だ。クオンだってそれなりに身長があるのだから妹のシズリには希望しかない。

 死んで永久に姿形が変わらないのは困る。


「あんたら……なんか変な組み合わせなりにいいなァ」


 目を丸くしたメトルマが呟いた。

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