13 共同作業
いったいどれほど繰り返しているのだろう。
湧いてくる水妖を切り伏せては氷の剣が砕け、もう一度生成しては切り伏せる。その繰り返しだ。
「クオン! 無事か」
「他の人間はあらかた逃げたようだ。俺の方はこのまま続けると魔力が持たないな」
「女の方に辿り着くまでに湧いてきやがる」
水妖を破壊するには魔力を纏わせるしかない。さもなくが水妖に魔力を吸い取られる。
が、その纏わせた魔力でさえ吸収してくるのだ。
吸い取られた魔力は狂信者の元へと収束しているのだろう。その魔力を糧として更に水妖が増えている。
「ここら一帯消し飛ばしてもいいか?」
「そのような力があるのか」
「お前らがオレを信じてくれたお陰でな! 多少の力は戻ってきた」
「そうか。でも他に逃げ遅れた人間がいるかもしれないから駄目だ」
神であるアカシアはクオンよりも魔力に余裕があるが、それでも分が悪い。
領域を狂信者に支配されていることに加えそもそも彼は星神である。太陽の昇る昼間はどうにも出力が落ちるのだ。
「邪魔をしないで。ルーセント様が全てをお救いになるというのに。間違っているのはあなたたち。あなたたちの信仰は間違っている! そうに決まっている! だから救われないのよ! 神を愛し、信仰するものだけが救われるべきなの」
女の激情に合わせるかの如く周囲の魔力も肥大していく。
「あーもうしゃらくせぇ」
人間に襲い掛かっている水妖をアカシアは優先して叩き切る。
視界の端で街の警備隊が見えたがあてにならない。彼らは基本的に観光客の案内が主な仕事なのだ。
「
そろそろ騒ぎを聞きつけた冒険者連中が来てもいい頃だろうに。
警備隊しか来ない辺り連絡網はどうなっているのだと悪態付く。
「狂信者はこの場だけではなく他にも居るのかもしれないな。だから救援が遅れている」
「シズリは大丈夫か!?」
「……逃げ足は速い。だから何とかなるだろう」
絞りだすようにクオンが言う。
今はきっと大丈夫だと信じるしかないのだ。
神たる自分が信じるなどと、何が起こるかわからないものだとアカシアは自嘲する。
「【座標指定 83d7:589l8;】 【設定 双魚宮を制するもの;】 【確定 絶えぬ風;】」
魔力を一気に回し、アカシアは数体を纏めて凍らせる。
凍った水妖をクオンの拳が砕いた。
「何度も言うが、権能ならこんなみみっちいことしなくても一瞬だぞ」
「だから辺りを消し飛ばそうとするな。それに共同作業というのも悪くない」
「そうかよ!」
共同作業と言われて乗せられたわけではない。……はずだ。
少しだけ跳ねた心のままに水妖を砕く。
アカシアの持つベース――星神とは熱を巻き上げ輝く天体を人の形にしたもの。
範囲指定に融通がきかぬ分、広範囲に焼き払う方が得意なのだ。精密な範囲指定が難しいといった事情もあるのだが。
氷魔法は天体の持つオマケ程度の性質に過ぎない。
やはりこのまま焼き尽くしてしまおうか。クオンを巻き込まないだけの分別はある。
体感よりも短い時間ではあるが、湧き続ける水妖にいい加減嫌気が差してきた。アカシアは残った魔力を全て引き出そうとした。
――ザシュン
風を切る音が響いた。
次の瞬間にはアカシアたちを取り囲んでいた水妖が蒸発していた。
アカシアは何もしていない。狙って水妖だけを蒸発させるなど出来ない。
クオンの視線を追う。
「今のうちに避難を!」
その先に居たのは刀身に炎を纏わせた剣士だ。
背後から襲い掛かる水妖を切り伏せて叫ぶ。
剣士の姿が見えてからすぐ。
いくつかの光弾が水妖にぶつけられていく。
おそらく、戦闘部門の警備隊か冒険者。その魔導士たちだ。
「避難もクソも、あの女が道を塞いでたんだよ!」
「御身は……いえ、ひとまず捕縛に取り掛かりましょう!」
「なんか水の湧きが多くなってねぇか」
他の戦闘職の者も討伐に参戦しているというのに減る気配がない。
それどころか剣士の姿に気が付いた女は激しく慟哭していた。
「リオン・ノーマッド! おまえ!おまえおまえおまえ! よくも我らの悲願を、人々の救済を潰してくれたな! おまえたちさえ居なければみんな幸福であれたというのに! もう一度会えたというのに! おまえたちが幸福を潰したのよ! はははは、はは、後悔するがいいわ!」
泣き笑う狂信者の元に魔力が集まる。
「鎮圧に協力する」
水妖を蹴り倒し、更に肘打ちで追撃をかけながらクオンが剣士に並ぶ。
「君はシズリ嬢の兄君だったか」
「妹を知っているのか。それにしても随分と恨まれているようだな」
「シャマク連合……彼女たちの教団へ立ち入り調査に入っただけだよ。その過程で60年がかりのテロ計画も見つかっただけさ」
カルト教団シャマク連合の構成員にとって、60年とは長いものだった。
狂信者の女は二世信者だ。生まれたときより人々の救済をかかげ、その為だけに生きてきたのに。
立ち入り調査と押し入ってきたリオン・ノーマッドや警備隊によって全てが無に帰されてしまった。
「ま、こんだけ頭数も揃ったんだ。サクッとあの人間も蒸発させて終わりでいいだろ」
とまぁ理由はあろうが、ゆるやかな午前を邪魔されたアカシアにとってはどうでもいい。
今日は無駄に働いたのだから帰りたい。新しい兄妹の服だって作りたいのだ。
「それは善くない」
「名ある神格とお見受けするが、人間のことは人間に任せて欲しい」
同時に止められた。
言わずもがな、一人は自分の連れ。もう一人はリオンである。
クオンはそもそも人の死を厭うが剣士の方からも否定が入るとは驚く。
(こいつ、こんな荒っぽい加護を纏わりつかせて命を大事にとでも?)
アカシアの見立てでは剣士には神の加護が多重についている。
加護持ちの人間は一般的な人間とはズレていることが多いのだ。紛い物の加護とはいえ目前の狂信者がいい例である。
「どうして面倒な手をとるかねぇ」
「ここで終わらせてしまうと、彼女の今までが本当に無意味なものになってしまう」
まっすぐに狂信者を見据えて剣士は剣を強く握りしめた。
「楽に終わらせてやるかってことか?」
「アカシア、流石に空気が読めていないぞ」
狂信者に向けて走り出す剣士にアカシアは呆れていた。
剣士の後を追うクオンに「この我儘が」と吐き捨てるとアカシアも続く。
水妖を切り伏せ、蒸発させる。
水妖を打ち抜き、破裂させる。
アカシアの仕事は二人が取りこぼしたものの処理係である。
使い捨ての氷剣では殲滅に限界があるのだ。
「ここまでだ」
「12時27分。特務官権限によりテロ活動現行犯で拘束させてもらう」
とはいえ過剰ともいえる戦力が揃えば、捕縛までそう時間はかからなかった。
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