14  一件落着

 狂信者の捕縛から間を置かずして。

 ルーセントの神殿、その応接間にアカシアとクオンは通されていた。


「この度はご助力に感謝します。貴方方のお陰で被害を最小限に抑えることができました」

「そう畏まらないで欲しい。先ほどのように話してくれ。平民たる俺が言うのもおかしな話ではあるが」

「クオン殿……ありがとう、そうさせてもらうよ」


 沈痛な面立ちのリオンの顔が少しだけ和らぐ。


「本来ならば私たちだけで解決しなければなかったんだ。あの御老人だってもっと早くに駆けつけることが出来ていれば」


 だが、すぐさま沈んだ声色となる。

 今回の事件は追い込まれたシャマク連合の信者が7番街と5番街でテロ行為を起こしていた。

 60年の悲願が潰えたせいで、自暴自棄になったのだろう。


 本来の計画によると死者の日に溜め込んでいた魔力を放出し、水妖を生成。溢れかえる観光客の精気、即ち魔力を吸収し更なる術式を発動しようとしていたのだ。

 その術式は水道を利用したもので街中に張り巡らされており、発動した瞬間にクリアヒルズの住民を全て洗脳するという危険極まりないものだった。


 事前に止められたとしても、犠牲者がひとり出てしまったのだ。


「炎天の、そもそもあのじいさん123歳だったんだろ。大往生じゃねぇか」

 

 茶々をいれたのはアカシアだ。彼は人間の姿が好きなのであって、ひとりひとりの命が大切かと聞かれると否と答える。

 個人として肩入れしているクオンとシズリだけが例外なのだ。


「そのような問題では……」

「すまない。コイツは人心を解さないんだ。悪気はないはずだが」


 何が悪いのかわかっていないアカシアに代わり、クオンが詫びを入れる。

 もちろん不本意な神による「お前だけには言われたかねぇ!」という叫びは無視された。

 一応言っておくと、クオンはアカシアよりも人心を解している。人の感情を推し量った上で同じ感情を共感し辛いだけだ。


「随分と盛り上がっているわね」


 応接間で一方的にアカシアが騒いでいると軽やかな足取りでルーセントが入室した。


「あなたがシズリの伴侶ね。私の街に他の神が入ってきたのはわかっていたのだけれど」

「あいつと知り合ってたのか」


 誰彼構わず付いていきそうなシズリにアカシアは眉を顰める。

 いや、それよりも何故自分の存在が認知されているのだろうか。今この場にいる瞬間にも神としての気配は隠蔽しているのに。

 その疑問に答えたのはリオンだ。

 

「私がルーセント神に報告をしました。私はそういった気配には聡い方なので」


 すみませんとリオンが詫びるが、通りすがりの人間に絡まれるのが面倒なだけで特別隠し通したい理由もない。構わんと流す。

 リオンは元々、シズリに対する調査報告によって同行者二人を知っていた。

 クオンに対しては顔が似通っているだけではなく、シズリと似た気配を纏っていたからこそシズリの兄だと気が付いたのだ。

 

「助かったわよ。私があの場に行けば更に在り方を歪められかねなかったもの」

「この街はオレ以外にもいくつか神が居るようだったがな。人間連中だけじゃなく、やりようはあっただろうに」

「貴方、雰囲気的に古い神でしょう。だから実感が薄いのでしょうけど、みんながみんな戦えるわけじゃないのよ」


 ルーセントとて都市が発展する過程で生まれたせいぜい数百年程度の若い神だ。基本的に若い神ほど戦闘向きの力を持っていない。

 観光都市クリアヒルズは今まで大きな魔物による害獣被害や戦に巻き込まれなかった。だからこそ戦闘に関する権能を有していないのだ。

 対して古い神ほど戦やらで混沌としていた時代に生まれた為、戦闘に関する力を所持しているのである。


「今のが俗にいう老害ムーブというやつか」

「誰がジジイだ」


 アカシアは軽くクオンの頭を叩く。

 最初からほぼ無かった遠慮がお互い更に無くなっている。


「我が名をアカシア。ま、創世記をちょっと知っているぐらいの神だよ」

「あら、思ったより大物ね。その割には存在感っていうのかしら、いろいろ薄い気もするけれど」

「他が濃すぎるだけだろ」


 神の間に年功序列などといった概念は無い。序列があるとしたら主神を筆頭とした神話群、その傘下に入っているというような場合ぐらいである。

 だからこそルーセントとアカシアの会話も軽いものなのだ。


「今一度貴方たちに感謝を。おかげで権能の調子も回復しているのよ」


 海水を真水に変換するルーセントの権能。

 不調により海水がそのまま出ていたのだが、今は少し塩っ辛さを感じる程度にまで戻っている。シズリの働く3番街にも海水の被害が広まりつつあり、実はかなり厳しい状態だったのだ。

 それもカルト教団を摘発し、ルーセントの手によって信仰の否定を行った。徐々に真水が出るようになるだろうと話す。


「何かお礼をしたいのだけれど、どうしましょう。歓待なら自信があるわよ」

「ルーセント神、ならば一ついいだろうか」


 どうしようかとアカシアが言う前に、クオンが声をあげた。


 ◆◆◆


 一仕事終え、シズリはいつものようにずっしりとした賄いを抱えて部屋に戻る。

 

「ただいま――ってうわ!?」


 身体に衝撃が走った。持ち前の体幹で転げそうになるのを耐える。


「怪我は!? そろそろ迎えに行こうとしてたんだぞ!」

「え? 何言ってんの」


 上から下まで怪我をしていないかアカシアは調べていく。

 シズリは兄へ助けを求める。妹の意を汲んだクオンはアカシアを「オマエも聞いていただろう」と引きはがす。


「3番街にテロ被害はなかった。だから仕事の邪魔をしに行くなと言っただろう」


 クオンの言葉を聞いてシズリにも合点がいく。

 死者の日直前、観光客もピークを迎えつつあるというのに街中で白昼堂々の大規模テロがあったらしい。


「あー、わたしが引っ掛かりそうになったシャマク連合の」

「なんだそれ、聞いてないぞ」

「どういうことだ」


 墓穴を掘った。

 詐欺求人に惹かれたのが恥ずかしくて黙っていたのに。今になって気が緩んでいた。

 その日シズリは夜通しの説教が待っていた。

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