15 おまじない
「一件落着を祝って、かんぱーい!」
アルフの号令の後に続き、他の冒険者たちも「乾杯!」とジョッキを掲げて声を揃える。
食事処ニーチェは本日貸切営業である。
シャマク連合を一網打尽に捕縛し、ルーセント神による依頼を達成した慰労会だ。もちろんリオンも楽しく混じっていた。
ちなみにアカシアとクオンの二人は宿屋で久々の休日である。さすがにあんな事件のあった後では7番街の広場も閉鎖されているのだ。
死者の日も翌日と迫った今日。
急に決まった慰労会であるだけに参加者は少ないが、それでも小さな店ではぎゅうぎゅうだ。
疑っていた負い目からかニーチェへの売り上げ貢献の為に貸切であることは、またしてもシズリの知らぬ事実である。
テラスでジョッキを傾けるアルフとリオンの元にシズリは向かう。配膳のついでに挨拶だけはしておきたかった。
「昨日は兄さんたちがお世話になったみたいで」
「俺たちは他のエリアの対処でてんやわんやしてたから、助かったよ。ほとんど特務官さんが片付けたようなもんだけど」
「いや、私ひとりでは間に合わない場面も多々あった。皆のおかげだよ」
枝豆を口に運びながらリオンが言う。
いかにもなアルフならまだしも、金ぴかイケメンによるジョッキと枝豆の組み合わせは合わないなとシズリはひっそりとした感想を抱く。
「臆面もなく言ってくれるねぇ」
聞いてるこっちが恥ずかしいとアルフは笑う。
昨日はなにやらカルト教団が暴れて大変なことになったという情報しか入ってこなかった。
観光客たちに不安を招かぬように情報統制がされていた為だ。疲れた様子の二人から、おおまかに何があったのかは聞いていたが他の区域の被害などは知らなかった。
「アルフさんとリオンさんって随分と仲良しですね」
「一応は俺の上司なんだけどな」
国に所属し、寄せられた問題を解決する特務官であるが何分ひとりでは活動に限界がある。常に部下を持つものもいれば、必要に応じて冒険者を雇うことも多いのだ。
まさにリオンとアルフは後者の関係だった。単独で任務にあたるリオンであるが、手が必要な時には気心の知れた冒険者であるアルフを雇うのだ。
「そうんなんですか。友達? みたいな感じだったから」
テラスの手すりを背にして語らう二人は上司と部下といった雰囲気は感じなかった。
普通の友達付き合いというものをシズリは知らないが、この店に訪れる観光客で似たような雰囲気のお客様はそれなりにいた。
「私自身、今でこそ彼を雇っているが昔は世話になったからな」
「そうそう。家出貴族のお坊ちゃんの世話してたのが懐かしいですねぇ」
「もう10年前か。何度も言うが、あの時には成人していたからお坊ちゃんという歳ではないよ」
リオンは10年ほど前に家を出奔し、冒険者として活動していた時期があったのだという。
17歳から23歳という多感な歳頃を冒険者として過ごしていたらしい。なるほど時折見せる庶民的な言動はそこで培われたわけだ。
出奔していたもののついに実家に見つかってからは特務官として働いているのだとシズリに話す。
アルフがリオンに対して砕けた敬語を使っているのも、公的な場で無礼が過ぎる言葉使いになるのを防ぐ為である。
もっとも、砕けた言葉である時点で意味を成していないのだが。リオンはぎょっとする周りが面白いので黙っていた。
「あ、飲み物のお代わりはいかがです?」
二人のグラスに目を向けると底に近くなっていた。
ビール樽は既に3つほど開けている。冒険者とは身体が資本。アルコールとは心身ともに効く栄養だけあって、やはり減りも早いのだ。
赤い顔をしているアルフに対して、リオンはまだまだ涼しい顔をしていた。
「ちゃっかりしてんなぁ。追加で2つだ。あんたもまだいけんでしょ?」
「もちろんだ」
「いやぁ人の金で飲む酒ほどうめぇもんはないねぇ」
本日の貸切費用及び飲食代は全てリオン持ちである。
他の冒険者も含め、遠慮なく頼み続けていた。シズリはせっせとジョッキにビールを注いでいく。
――うぉぉぉぉぉぉ!
テーブル席から歓声が上がった。
人の頭ほどの大きさを持つメッチャデッカハマグリのバター焼きが完成したのだ。
やはり巨大な食べ物は誰しものテンションを上げるものだ。待ちわびる冒険者たちの席へシュテレが運んでいる。
酒のつまみが到着した以上はもっと早く入れなくては。
手早く4杯を運ぶと新しいジョッキをシズリは取り出した。
慰労会が終われば店の後片付けだ。
傷や割れが無いかを確認しながら食器を元の場所に戻していく。
「いつもより営業時間は短いはずなのに疲れた……」
「そうね、たくさん作って、たくさん運んだものね」
店内は片付けの音以外無く、静かなものだ。外のがやがやとした音とは正反対だった。
団体客用にくっつけていた机や並べていたスペアの椅子は既に片付けられている。後は明日の仕込みだけだ。
「明日から死者の日かぁ」
「ふふ、神殿の方で、花火大会も、あるわよ」
「花火好きです! 楽しみです」
窓を開ければ壁しか見えない宿屋から出て、明日は夜の散策も悪くない。
毎年この季節になると盛大な花火があがるのだとシュテレは話す。村で見た、引火しただけの花火があんなに綺麗だったのだから
「二人を連れて行くのもいいなぁ。でも、今でもこんなに人が多いのにはぐれちゃいそう」
「探索魔法なら、あるわよ」
「……魔法理論がどうやっても苦手で」
シズリとて種火を起こす魔法のような簡単なものならば使える。だが、それはあくまでも生活の中で感覚的に身に着けたもの。
理論や式の上で成り立つ魔法は上手く使えないのだ。どれだけ基礎知識を教えられても感覚で理解できないのだから仕方がない。
「そうねぇ、それなら、とっておきのおまじないがあるわ」
「おまじない?」
「ええ、おまじないは、そもそも、原始魔法のひとつで――ああ、この話は辞めるわね」
原始魔法とは、ただ魔力と人の想いだけで成される魔法だ。とはいえ“おまじない”とは字すら読めない子供でも出来る簡単なもの。
無いよりはマシといった類の気休めである。
「大切な人が、くれたものを、身に着けて、その人の名前を言えばいいの。会いたいって気持ちで」
シズリは無意識のうちにヘッドドレスへ手を当てていた。
「そうしたら、気付いてくれる。……かもしれないわ」
「かも」
「だって、おまじないだもの。それとも、探索魔法のお勉強を、する?」
「おまじない使います!」
おまじないならば当てにならなくて元々。
魔法を使う独特だ。感覚を上手く掴めない。けれども会いたいという思いだけでいいのならばわかる。
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