16  屋台

 死者の日は三日三晩に渡って行われる祭である。

 夜であろうと絶えず出歩き、歌い大切な人を想いながら楽しく過ごす。そんな日だ。

 シズリにとっては、両親の記憶もなく亡くなった大切な人など居ないので純粋に楽しいお祭りの日である。


「聞いてくださいよシュテレさん!」


 食事処ニーチェに着くなり絶賛シズリは不貞腐れていた。


「あら、珍しいわね」

「だって、せっかくの花火大会なんですよ! それなのに、一緒に行こうって言ったらフリマが忙しいって」


 そう、今日の花火大会へ二人を誘ったのだ。それなのに、アカシアたちのハンドメイド販売を理由に断られてしまった。

 シズリの誘惑にアカシアは良い反応を示したのだが、兄にすげなく断られてしまったのだ。当初の目的である王都サンテラスへの旅費など理詰めをされてしまえば何も言えなくなった。

 だから腹が立つとまではいかないが、理由が理由だけに不貞腐れているのだ。


「そうねぇ、それなら、今日の仕事終わりは、私と、観光する?」

「シュテレさんと」


 一緒に行けるのならば嬉しいが、いつも閉店後は明日の仕込みを行っている。

 大丈夫なのかとシズリは心配した。


「大丈夫よ。今日からは、時短営業だから、そんなに仕込みは、多くないの」


 そもそもこの季節は人が多すぎて営業すらしていなかった。

 働き手としてシズリがいるので店を開けているが、どうせ昼時で料理の材料も無くなるだろう。材料が無くなり次第、本日の営業は終わるのだ。


「花火は、家族と行けばいいわ。今日は、そうねぇ……屋台巡りは、どうかしら」

「行きたいです! すごくお祭りっぽい」

「ふふ、決まり、ね」


 この街のパンフレットで見ただけの知識。シズリは実際に屋台などが集まる祭りを見たことが無い。

 知っているのは因習村の奇祭程度だ。だから、わいわいがやがやとしたお祭りに憧れていた。


 シュテレの提案に身を乗り出して賛成した。


◆◆◆


 やはりというべきか死者の日の初日。

 いつもより倍以上の客がひっきりなしに押し寄せ、本当に昼過ぎには冷蔵庫が空っぽになっていた。

 なんなら立ち飲み客も多く、ビールサーバーですらいくつ樽を開けたかわからない。


「それじゃあ、楽しみましょうか」

「はい!」


 今日は屋台飯も買う予定だ。

 昼食もほどほどにシュテレとシズリは屋台の立ち並ぶ神殿近くのエリアへと来ていた。


「スライム救い……なんかすごいネーミング」


 真っ先に目がいったのは水が入った大きな桶の中にボールが多く浮かんだ屋台だ。ボールの大きさは手のひらに乗るような、クルミ程度だろうか。

 ぷかぷかと浮かんだり沈んだりしている。


「これはね、水の中に、スライムが入っているの」

「スライムってあの、何処にでもいる魔物ですよね」

「ええ、これは、観賞用の種類だけれど。あのうちわみたいな道具、ポイでコアを、すくう遊びよ」


 スライムとは世界何処にでもいる魔物の一種だ。野生では30cmほどの個体が多く、落葉などを主食としている為に森の掃除屋と呼ばれている。

 比較的無害な種類が多く、ペットとしてもよく飼育されているほどだ。スライムにはコアと呼ばれる本体があり、コアさえ無事であれば生き長らえる性質がある。

 この屋台はその性質を利用したものだ。


「お嬢ちゃんどうだい! 1回600シェルだよ! すくったスライムコアは全部プレゼントするよ!」

「ええと、やっちゃおっかな……!」


 シュテレの顔を伺うとやってみたらいいと頷いていた。


「1回お願いします!」


 見慣れないものはやはり気になって仕方がない。

 意気揚々と挑んで――


 結果、撃沈。


「わたしは誰も救えない……ぜんぶ零れ落ちる」


 面白いぐらいにポイからコアが転げ落ちていった。隣の子供ですら何匹かコアをゲットしていたのに。

 真剣になりすぎて漏れ出た殺気に怯えたスライムが逃げ出していたのだ。そのような理由など知る由もなく、シズリはショックを受けていた。


「ほら、参加賞に1匹あげるから元気だしなよ」

「ありがとうございます……」


 巾着に入れられたコアがシズリに渡された。巾着は防水魔法が施されており、スライムの身体を構成する水が一緒に入っている。

 1日ほどその巾着にコアを入れておけば水と定着し、よく見るスライムとして活動を始めるそうだ。


「水色のコアも可愛く見えてきたような」

「そういえば、ご家族は、ペットを飼っても、大丈夫なのかしら」

「あ」


 貰ってしまったものは仕方がない。事後報告である。

 最後まで責任をもって面倒をみればいいのだ。


「ふふ、ふふふ」

「そんなに笑わなくても」

「ふふ、ごめんなさい。もし、家族がいたら、こんな感じだったのかと思ったら、おかしくて」

「それは」


 シュテレは家族を亡くしていたのだ。随分前の出来事だと言っていたけれど、ふっきれるわけがない。

 ひとりになってしまう自分をシズリは考えられなかった。シズリが兄と一緒にいられるのだって、駄々をこねた末の奇跡が起きた結果に過ぎないというのに。


「今日からは、死者の日よ。居なくなってしまった人を、想いながら、楽しく過ごす日、なんだから」

「はい」


 湿っぽい話はおしまいだとシュテレは笑う。

 

「クレープでも、食べましょうか」

「はい!」


 はぐれないように差し出された手を重ね、シズリは人混みのなかを歩く。兄とは違う、柔らかい手。

 手をつなぐような幼子ではないが、今はそのぬくもりと触れていたかった。

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