【番外編】無貌な恋

 リオンは考える。考えて、考えて。


「すまない。私には心に決めたヒトが居る。君の気持には答えられない。」


 捻りだした言葉は至極普通で面白みのないものだった。ありふれた愛の告白に、ありふれた言葉で返したのだ。

 泣きながらご令嬢が走り去っていく。そもそも相手は一回り以上下の少女だ。きっと一時の夢だったのだろう。


「いや……夢を見続けているのは私か」


 諦めてくれるならいい。そして諦められずとも、リオンに関係のない話だ。

 リオンの心がこの先変わる事などないのだから。


「燃えてるわねぇ~! いいわねぇ~!」

「うわっ!」


 背後から蠱惑的なねっとりとした声がした。


「ウェルネ神! 何度も言いますが、気配を消して近づくのはおやめください」

「しょうがないじゃない。でっかぁいをキャッチしちゃったんだから」


 健康的な肢体の目を見張るような美女。彼女は炎神ウェルネだ。炎を司る戦神の一柱である。

 それでいてリオンに炎盾の加護を与えた女神だ。


「どんな心境の変化かしら。あの星神に虐められたって聞いたのだけれど、愛が燃え上がっているようだったから気になったのよ」

「虐められてません。そもそも、御身は愛を司ってはいないでしょう」

「司っているかは関係ないの。愛に生きる人間が好きなだけだもの」


 ウェルネがリオンに加護を与えたのは趣味だ。たまたま彼女の好む“愛”を持っていたのがリオンだった。

 それだけの理由だ。


「御身は、この執着をも愛と呼ぶのですね」

「ふふふ、ふふ。私はそうやって依存して欲する苦しむ姿が大好きなのよ。炎で炙られてるみたいでしょう?」

「本当に悪趣味だ」


 炎神の加護を賜ったのはリオンが冒険者として放浪している時だ。元々リオンは炎の魔法を得意としていたから、彼女の加護は恐ろしく馴染んだ。

 性格的な意味で合致したとは思いたくない。有用だからこそ使っているが、ウェルネの趣味の悪さは昔から知っている。


「一刻も早く私の加護が消えてしまえばいいわねぇ~」

「……消えないと分かっていて言っているのでしょう」

「ええ! 最近ますます私好みに磨きがかかっているわ」


 にっこりはっきり。とてもいい返事をウェルネはした。

 加護は神の御心ひとつで消えるものだ。無論、ウェルネ好みのリオンから外れれば加護は直ちに消えるだろう。

 学生時代の恋を引きずらず、青春の一幕にするような割り切り方が出来たのならば。それが出来ないからこそ今も彼女の加護はしっかりと働いている。


幸福最悪なことに、御身の加護は一生ものになりそうです」

「あらあら、あらあらあら~!」


 とても嬉しそうだ。年甲斐もなくリオンは不貞腐れる。

 加護を賜っておいてなんだが、他のどの神よりも彼女が苦手だ。内心を見透かされているような感覚にリオンはあまり近づきたくないとさえ思っていた。


 星神アカシアをはじめとして、好みだから手を貸す。好みだから肩入れをする。神とはどいつもこいつも自由なものだ。

 自由といえば怪物と呼ばれる存在もであるが――それとは方向性が違う話。




 ウェルネはリオンを構うだけ構って帰っていった。

 二度と来なくてもいいと言ったところで全く聞き入れて貰えない。


 ふと、を思い出す。

 怪物として、この国を荒らしに荒らして乗っ取ろうとした女。正直、擁護のしようもない女だったと思う。

 それでも好きになってしまったものはしょうがない。

 我儘で、自尊心が高くて。それでいてふとした瞬間に見せる彼女個人の寂しさや、逆境でも立ち続ける凛とした美しさに惹かれてしまったのだ。


 あの怪物は無自覚のうちに人を傷つける存在だった。だからリオンが手を下さずとも、他の誰かが対処をしていたと思う。

 そんな彼女の最期が欲しいと思ったのは何でもないただの独占欲だ。

 その顔を誰にも見られたくはなかった。彼女の顔も声も覚えている人間がいるのなら自分だけがいいと思ったのだ。


『どうせお前も、すぐに忘れてしまう癖に』


 刃をぶつけ合った時、怪物はリオンを嘲っていた。

 違うと否定する言葉をかつてのリオンは持たなかった。実際に自分はどこまで覚えていられるのかわからなかったからだ。

 結果はご覧の通り。


『お前の疵になってあげる』


 最期にそうやって穏やかに死んだ女。

 “すぐに忘れてしまう”と言っていたのは程なくしてリオンに襲い掛かった。怪物彼女の顔や声を思い出せないのだ。

 しかれども何を話したか、何を感じたかはしっかりと覚えている。過去に過ごした時間、彼女自身の顔は思い出せずとも確かに笑っていたと覚えているのだ。

 彼女を10年経った今も忘れなどしていない。


「あの恋は最初から詰んでいたのだろうな」


 それでも後悔などしていない。

 恋と愛がごちゃまぜになって、藻掻き苦しんでいるというのに。


 新たに怪物と断定した少女には宣言をしたが――これから先、彼女を殺したことを他の怪物殺しと同列に語られるなど耐えられない。

 善良な誰かが泣いていようと、苦しんでいようと。相手が怪物であるのならばリオンはどうしようもない。


「願わくば、もう二度と怪物が現れんことを」


 炎神ウェルネを昂らせる燃料にされてしまうのは癪に障るが、リオンは自分の決めた生き方を貫くだけだ。

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