【番外編】不定形
晴れやかなある日、シズリは大きな桶の前に仁王立ちしていた。
「イムちゃん、出来そう?」
「ム!」
「よし、やろう」
桶の中にはスライムのイムが入っている。スライムの核が水の中にぷかぷかと浮いており、そこから鳴き声のようなものが響いているのだ。
はっきりいって桶に話しかけるシズリは不気味だった。
だが、そんな姿を目に居れるものなど誰も居ない。アカシアとクオンは王都に出ているのだ。
「イムちゃん、いい感じ! もう少しだから頑張って!」
「ム~!」
桶に手を付き応援をする。
イムの鳴き声と共にむくむくと桶の水が形を変える。
正確には桶の中の水は水ではない。イムの核を中心に水をスライムのボディへと変換したのだ。
しかもこの水は屋敷近くの湧き水を何往復もして汲んできたもの。神気がたっぷりと含まれた特別製だ。
「おお!」
イムの身体となった水は意思を持ったように動き、桶から柱のように立ち上がる。少しずつ、少しずつ大雑把な形から細やかなものへと変わる。
ただの柱のような角ついたものにくびれができ、裂けて、割れて。ローポリゴンからハイポリゴンへ。
数十分ほどかけて出来上がったものは。
「うん! 形は大丈夫。ちゃんと人間みたい」
「ム」
シズリと全く同じ顔をした少女が置けの中に立つ。
形は、というように色はスライム特有の半透明のままだ。胸の中に浮かぶ核が見える。
「あとは色かな。わたしと同じ色に擬態出来る?」
「ム!」
みるみるうちに色が変わる。水色に透けていた身体はみるみるうちに変わりシズリと瓜二つになった。
無表情の顔はシズリよりも更にクオンに似ている。
「あとはこれ着てみて! 着方は……いいや、わたしが着せるね」
「ムム」
「わたしの形をしてるんだから流石に全裸はね」
クローゼットから引っ張り出してきたワンピースを着せる。
アカシアの制作した服の試作品で、今来ているワンピースとは色違いとなっている。服を煩わしそうにしているイムと変わってシズリはとても楽しそうだ。
ここ最近、クオンやアカシアが居ない間の暇潰しとしてイムの擬態能力の研究をしていたのだ。
その過程で色や形を細かく擬態出来るのだと知った。擬態したものは猫や花といった動物から無機物まで。
そっくり具合にシズリは驚いた。動きも最初はぎこちないもののだんだんと擬態が上達していくのだ。
ただし、擬態には
体積を超えるものには擬態が出来ないのである。
今まで擬態したものも、手のひらサイズのミニチュア化されていたのだ。もちろん擬態の過程でミニチュアサイズのシズリだって完成した。
では、体積を増やせば実寸サイズになれるのではないだろうか。シズリはそう仮定したのだ。
だからこその桶いっぱいの水である。
結果は大成功。
自分と同じ姿の人間など、気持ち悪いと思うかもしれないがシズリは違う。王都で仲良く買い物をする双子を見て羨ましくなってしまったのだ。
兄は大好きな存在であるが姉妹が欲しいと思うのは別の感情。
だからこそイムを双子の妹として仕立て上げたのだ。ちなみにスライムに性別はない。
「これでよし。散歩に行こ」
「――!?」
「あ」
イムが桶から一歩を踏み出した瞬間転んだ。
ぐらり、と傾いて顔から地面に着地した。受け身の概念が無いのだろう。
「大丈夫、痛くない!?」
急いで駆け寄る。
と、スライムの本体は核であるのでそれ以外に痛覚はないと思い出した。
それよりも驚いたのは
「ワタシ、ハ」
「喋った!?」
言語を話していた。しっかりと聞き取りが出来た。
高い知能を持つ魔物は念話やらなんやらで言語能力があると知ってはいたもののまさかイムが話すとは思わなかったのだ。
「ワタシハ」
「わたしの声を擬態してるの?」
「ム!」
「戻っちゃった」
何か他の言葉を話さないのか確かめようとして、いつもの鳴き声のような音に戻ってしまった。
表情の作り方がわからないのだろう。変わらず無表情であるが困った雰囲気をしている。
「立てる? ミニチュアサイズの時より重くなってるからバランスが難しいのかな」
助け起こしながら考える。素材が水であるのでシズリよりも体重は重いようだ。
ミニチュアサイズでは動けていたが実寸だとやはり勝手が違うのだろう。
「ムム」
「支えるから歩いてみよう」
シズリを支えにしてイムは一歩、また一歩と歩き出す。
やはり妹が出来たようで楽しい。双子コーデやらいろいろとやってみたいのだ。
「支え無しで歩いてみて。出来そう?」
手を添えるぐらいで歩けるようになってきた。だから補助輪などなくとも歩けそうだった。
シズリはゆっくりと手を放す。イムは頷いていた。これは“できらぁ!”の意である。
いつも飛び跳ねていた意思表示を頷きで代用しているのだ。
「帰ったぞ。ってうわ、何してんだお前!」
タイミングが悪い。記念すべき一歩を踏み出そうとした瞬間にアカシアが帰宅したのだ。
シズリとイムを見るなり「うわっ」とは失礼なものである。隠す程のものでもないのでイムを自分に擬態させているのだと説明する。
本当なら完璧に仕上げてから見せたかったというのに。
喉を震わせ、イムはアカシアの元へ向かおうとする。
「ワタシハ――――、」
が、それは叶わなかった。
ぐちゃりとイムの身体が崩れ水の塊となる。
「ちょっと神様! 何してるの!?」
「はは、いい精度だ。よく頑張ったな。でも
魔力を収束させ、氷を生成。その氷を指先一つで飛ばしてイムの額を貫いたのだ。
痛みが無いとはいえ転ぶのとは比にならない強いショックを与えられて擬態が崩壊した。
「流石にイムが可愛そうだろう」
「……その、なんだ。いやお前、擬人化なんてしたら魔物好きにぶっ殺されんだろ。人間の姿をした人外は人外と認められてねぇ界隈だってあんだぞ」
「オマエは何を言っているんだ?」
オマエも
「はぁ、まぁいい。偉いな、イム。よくできた擬態だったぞ。でも今度その形になったら――次は核に当てるからな」
「ム!」
核と周辺の水を両手で掬い上げるといつもの定位置、シズリの肩へと乗せる。これでいつもの手のひらサイズだ。
余った水はスライムのボディからただの水となって床を濡らした。
「シズリも、人間の形にイムを擬態させんの禁止だからな」
「え~」
「これはここの
ぽんぽんとシズリの頭をなでるとアカシアは部屋を後にする。
残ったのは兄妹とイム、そしてびちゃびちゃに濡れた床である。あとは濡れたワンピースも乾かさねばならない。
「ついでに雑巾がけしようかな」
「俺も手伝おう」
「ありがとう兄さん」
あまりにも事態が急に進んでいた為、珍しい神の独占欲だったなんて気づくものは誰にも居なかった。
アカシアは好きな人間と同じ姿を持つ存在を許容したくなかったのだ。それをはっきりと言えるほど出来た神ではなかっただけの話。
本来生贄になるはずだった妹の逆襲with因習村生贄系BL主人公の兄 シナジー180s @180sburst
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