1 因習村育ちの兄妹

 辺境も辺境。近くの山から採れる木造と土壁の家々が並ぶ寂れた農村。都市に出るような人間も居らず少子高齢化の進むド田舎村。

 山をいくつか超えると大本の国があるのだが、税の取り立てにすら来たことが無い。存在を忘れられているどころか認知すらされていない。

 噂が一度出ようものなら尾ひれに背びれに足まで着きまくって翌日には全員知っている程度には娯楽がない村。

 そんなド田舎村でも日々、村人達は助け合って生きていて土地神を信仰し慎ましく生活していた。

 

 13歳になる少女、シズリはそんな場所で生まれ育った。

 物心ついた時から両親はおらず、4つ上の兄、クオンが育ての親でもある。


 というのも、両親と兄は元々この村の生まれではなく遠い国から移住してきたようで他に肉親もいない。

 

 残された寄る辺のない兄妹は村のつまはじき者だった。

 容姿だって黒髪に黒目と、茶髪の多い村人たちからは離れていた。

 シズリは13歳にしては痩せぎすで背も低い。将来が楽しみな程には整っている顔ではあるが、不健康さが際立つ。それはクオンも同じ。

 

 血縁関係が濃く、見渡す限り似たような顔立ちの村の中で二人は異質だったのだ。

 表立って村八分にされることはないが、それでも厄介に思われているに違いはなかった。


◆◆◆

 

 中世的な顔立ちの青年――クオンは畑を耕す手を止めた。兄さん、と妹が駆け寄ってきたのだ。

 クオンは無表情のまま視線を合わせる。

 この鉄仮面にはさんざん不愛想だ、とか不気味だ、なんて言われていたが動かないものは動かないので仕方がない。

 よく似た顔立ちの兄妹だと言われるものの感情豊かなシズリとは印象がだいぶ離れる。

 きょろきょろと辺りを伺い、誰も自分たちを気にしていないのを確認するとシズリは小さな声で報告をした。


「兄さん、そろそろ行商人が来ると思う」

「夢か?」


 現実にそっくりな夢を見たとき、シズリはその内容をクオンに話していた。夢の内容をより精査する為でもある。

 シズリの夢はあくまでも主観的な内容だ。少しでも多く情報を得る為、高い視座を持つクオンに意見を聞いていた。


 幼い時分は現実と夢の区別が付かず、見せられた光景に泣き喚いたものだ。嬉しい夢も悲しい夢も全てに感情移入をしてしまい、分析どころではなかった。

 最近になってようやくシズリも客観的に夢の内容を考えられるようになったのである。

 

「うん。夢でまだあそこの黄色い花が咲いてたから、そんなにズレないんじゃないかな」


 いくつかの根拠を述べて行商人が来る夢を話している間、クオンからの所見は入らなかった。

 訂正箇所は無いようだ。

 

 村で生活するにあたり、シズリのスキルは大いに役立っていた。時には時間差などが起きるものの情報を得るという意味で助けられてきたのだ。

 雨が降るとわかれば作物の種撒きの日取りを変えたり、害獣が来ると分かればその対策をしていた。

 今回もそうだ。行商人が来るのならば、売買の現場に居合わせられる。

 

 堂々と買い物すら出来ないのがこの村に置かれている二人の現状だ。

 普通に買い物に行こうものなら村長をはじめとした村の人間からは余所者がしゃしゃり出てくるなと邪魔をされる。

 自分たちの商品をうばうつもりか? 村の寄生虫のくせに金目のものを持つな。などと難癖をつけられて持ち合わせすら取り上げられる。前々回はそれで何も買えなかった。

 だから偶然居合わせるしかないのである。


「そうか。確か鹿の角があったな」

「このあたりのは質がいいんだっけ」

「ああ。どの部位だろうが取引に使える」


 村では主に金銭よりも物々交換が主である。が、やはり自給自足だけでは手に入らないものも出てくるのだ。特に薬や本などは行商人から仕入れていた。


「いい感じの布とかあればいいなぁ」

「商品を包んでいた袋は貰えるだろう。帰りの荷物は少しでも軽くしたいだろうからな」

 

 村からは死なない程度に物を渡して貰えるが、それでも二人で暖をとりながら生活するには頼りないのである。

 着てよし燃やしてよし。ボロ布ひとつとっても生活していくには貴重なのだ。

 今も二人は村の人間が捨ようとした服に対価を払い身に付けている。部外者には不要なものでさえ渡したくないらしい。


「巫女様がジャノメ様の供物が足りないって言ってた。不作だから外から買うのかな」

「ああ。だが、村の人間が腹を満たすだけの取引はできないだろう。渡すものがない」

「やっぱり」


 近年はひどい凶作が村を襲っていた。

 数十年周期で凶作がやってくるのだが、今回はかってないほど被害が深刻だ。

 

 それは山の中も同じで、動物すら姿を消していた。シズリは夢の中にネズミが一匹でも出ようものなら、その場所に向かい捕まえて兄と分け合っているほどだ。

 ゲテモノ食いと言うことなかれ。実際問題死活問題なのだから口に入れても大丈夫そうなら何でも食べてきた。

 味は二の次である。

 

「今日もお祈りをしたよ。でも、神様は助けてくれないのにジャノメ様ジャノメ様ってバカみたい」


 少女の袖から除く細い腕にクオンは眉を顰める。周りからみると少しだけ眉間が動いたようにしか見えないが、それでも顰めたのだ。

 妹の腕に無数の鞭痕がある。何重にも重なった蚯蚓脹れが鱗のように肌を覆っていた。

 すぐに兄の目線の先を辿ったシズリは恥ずかしそうに笑う。


「今度は打たれないようにするから大丈夫。ちゃんと顔に出さないよ」


 村ではジャノメ様と呼ばれる土地神を奉っていた。ジャノメ様はその名がさす通り蛇神であると伝えられている。

 慈悲深く美しい神であると。

 もっとも、姿を見た者は居ないのだが。


 巫女を中心としてこの農村では何百年、下手をしたら千年単位でジャノメ様に祈りを捧げてきた。

 毎日シズリは村の祭事を執り行う巫女の見習いとしてその手伝いをさせられていたのだ。


「やっぱり『お許しください。お救いください。お捧げください』なんてやっぱり変な祝詞だと思うんだけど」

「それが顔に出たのか」

「だってご本尊じゃなくて八方位に頭を下げるんだよ? 誰に対しての祈りなんだろう」


 本尊――神をこの地に繋ぎ止める楔として鏡が祈祷所に祀られているが、それを拝んだ記憶はシズリに無い。


 今日はあまりにも祈りの態度が不真面目だと鞭打たれたのである。

 クオンの表情が内心はどうあれ変わらないように、シズリはすぐ顔に出てしまうのだ。

 

「……ああ。俺も気になるから調べてみよう。だが、祈ることは悪いことじゃない。どんな形であれ人の祈りは尊いと思う」

「兄さんはそう言うけど、やっぱりわたしは尊いと思えないな」


 難題を見たような顔でシズリは言う。

 姿さえ見せず、祈りすら届かないような神を信仰する気持ちがシズリにはわからない。

 

「実のところ、俺もわからない。だからこそ無下には出来ないんだ」

 

 思考の違い。

 自分には共感が出来ないからこそ、他人の行う願い事はきっと尊いものなのだとクオンは言う。


 救われたい。幸せになりたい。楽をしたい。それは人間の行動における本質。

 けれども、そんな願い事なんてクオンはしたことが無い。願う暇があるのから自分で動けばいいと考えていた。

 だからと言って他人を蔑みはしない。

 尊いと考えているのも、純粋に神頼み出来る他人の思想を尊重しているのだ。


「まだ星に願う方がマシな気もするけど。あ、そろそろお昼の祈祷だから行くね」


 相変わらず兄の聖人っぷりに少しだけ生温い目をしてシズリは来た道を引き返した。

 

 この会話のすぐ後、神の生贄としてシズリは選ばれる流れとなる。

 そして妹を守る。その為にクオンがとった行動は至極単純なものだった。


 ◆◆◆


 人の寄り付かない水車小屋の裏。

 絶えず水音の響くそこは密談にはうってつけの場所だった。

 じめじめとして薄暗い中、クオンは目前の人物を見据えていた。相手は村長の長男だ。

 

「生贄には俺がなる。要は捧げられる人間がいればいいんだろう」


 生贄の祭事を行うのは巫女だが、年老いた巫女が山の参道を行くことはできない。

 生贄を神の御前まで運ぶのは男衆の役目だ。お飾り程度とはいえ長男は村の男衆のまとめ役。

 話を持ち掛ける相手はこの男しかいなかった。


「そろそろ行商人が来るそうだな。それなら、俺の妹を売ればいい」

「お前、自分の妹を」

「厄介なものはこれで村から全て消える。それでいてお前には小遣いが入る。悪い話ではないだろう」


 どのみち、己が生贄となった後で妹にこの村での居場所などない。

 ならば少しでも村と関係のない遠くにいけばいい。

 常に仕事を放棄した表情筋をかつてないほど力いっぱい動かし、クオンは麗しい笑みを浮かべた。

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