6 因習村終了?
神は人間が自分に仇をなす存在だと考えていない。仇を成せるとも思っていない。
だから正面から初撃で致命傷を与えればいい。
簡単に不意打ちが出来るはずだとシズリは考えたのだ。その考えは遠からずも近からずといったところだった。
「ガキ、なんのつもりだ」
「殺すつもりでやったのに」
「オレを殺すと?」
ボタボタと神の手のひらからは赤い血が流れていた。
(神様の血もヒトと同じ色をしてる)
凡庸な感想が浮かぶ。
首を狙ったというのに、その瞬間に刃を掴まれてしまったのだ。
もう片方の手で首を掴まれる前にシズリはナイフを手放し後退する。
「こんな切れ味の悪いやつでよくもまぁ」
指で刃を掴み手入れのされていない様に神は溜息を着いた。眺めるだけ眺めて興味を無くしたナイフを神は無造作に放り投げる。
どすりと鈍い音を立ててシズリから遠い地面に突き刺さった。
やってしまった。一番殺傷能力のある得物が手元から消えてしまった。
(撲殺は無理。絞殺は……)
腰に巻き付けた縄をほどき、握りしめる。
「殺されるような覚えはねぇ――って、問答無用で振り回してきやがる」
ラサーティドを拘束していた縄だ。それなりの長さがある。
端を掴んで投げつけるがやはり当たらない。神の背、屋敷の柱に絡まる。
「神への挑戦か? 受けてやるが日を改めろ。オレも忙しくてなぁ」
忙しいとは、兄のことだろう。
こちらが真剣に一矢報いようとしているのに涼しい顔をして腹が立つ。
血の量に反して、手の傷は掠り傷程度なのかもしれない。
「ほら、帰りはあっちってな」
神が指を鳴らす。
「なっ」
パチン
乾いた音が鳴り響いた直後、地が盛り上がりボコボコとした土の流れがシズリに迫った。
――まずい。
なりふり考えず身をそらし横へと飛びのく。
受け身など取れるはずもなく、地面に擦れた身体が痛んだ。
「避けたか。いいな、お前。今度遊んでやろうな」
「遊びで来たんじゃない!」
「そうかそうか。でも今日は帰れ。村は救ってやるから。
神に殺意はない。シズリを殺されるほどの脅威だと認識していないのだ。
命を奪い合うまでもないと。
「日が落ちてるってのにほっつき歩いて、悪い子だな」
本気で。真剣で。全身全霊で。なのに。神にとっては人間の子供が騒いでいるだけでしかない。
再度神が指を鳴らすと今度は二方向から地面が迫る。屋敷の領域から押し出そうとしているのだ。
魔力操作で身体能力を上げれば高く飛んで避けることもできるのだが――シズリにそんな技術はない。
歯を食いしばり流れの一方に突っ込む。
神は「今度」と言った。やはり次があるのなら死ぬほどの威力はないはずだ。
人間を舐めきった温情に縋ってでも殺す。
「ぁあああ!」
土石流に当たった左肩が少し抉れた。けれどもう片方の腕は動く。
「っつ、まだ、大丈夫」
自分に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返す。
土の流れの中に巻き込まれたナイフを見つけたのだ。しっかりとナイフを掴み取り、神へと投げつけた。
真っすぐとその軌道は神の首を狙う。
「だから当たらねぇって」
当然避けられた。
首を傾けるだけで避けた神が呆れたようにぼやく。
けれど、別に当たらなくてもいい。
むしろ当たらない方がいい。
「は!?」
驚愕に神の瞳孔が開く。
神と正面から対峙していたはずのシズリはナイフを彼の背に突き立てていた。
「グリッジか? あの縄と座標が入れ替わった……?」
ナイフを投擲したと同時、シズリは縄の引っかかっていた柱の近くに移動していた。
そしてすぐさま近くに刺さった刃を引き抜き飛びついたのだ。
これも夢で見た瞬間移動の技である。
自分が一定のダメージを受けた状態で2回投擲が失敗すると、何故か投擲者が失敗した投擲物の1回目の場所に転移する。
これもぶっつけ本番ではあるのだが成功してよかった。
だが――銀糸は赤く染まっているが、深くは刺さっていない。身体をずらされた。致命傷とは程遠い。
「殺されるような真似をした覚えはねぇぞ」
善良にやっているんだぞ、と神は大袈裟に首を振る。
何をして善良だというのかシズリにはわからなかった。おちょくられているような態度が全て気に食わない。
「貴方が居なかったら兄さんが生贄になることもなかった。村で変な風習が続くこともなかった!」
「オレは捧げられたもんは貰う主義だからな。んで、貰ったのならば還す。それだけのことだ」
村の人間が勝手に生贄だか神嫁だかと捧げてきたものを喰らったにすぎない。
押し売りとはいえ受け取ったものの対価として、その度窮地に瀕した村へ手を貸していたのだ。
だから村が滅ぶのならばそれまでだと神は言う。
「それにオレが居たからってのは結果論だろ。お前のしていることは八つ当たりって言うんだぜ」
「うるさい!」
シズリとて、これが子供の癇癪にすぎないことなんてわかっている。
兄とずっとは居られないし、この神が居なくても村の住民は自分たちを蔑み暴力をふるっただろう。
それでも――誰が悪いのかわからない理不尽の中で出来る、たったひとつの反抗だったのだ。
連続して切りかかるも全て躱される。動きにキレが無いのも自分でわかる。
でも、がむしゃらに振り続けるしかなかった。
蹴りを混ぜても駄目だ。「足癖が悪いな」と笑われる始末。
じくりと痛む腕が動きを鈍らせる。
「なんだってする。だから死んで」
「健気だなぁ」
綺麗な顔で慈愛さえ込めて笑う神に腹が立って仕方がない。素手の相手に切りかかっているのに相手にすらされない。
シズリがどれだけ必死になったところで子猫がじゃれついているようなものなのだ。
兄には幸せになって欲しい。兄がこの神と幸せになるならそれでもよかったはずだ。
けれども、ひとりを受け入れられるほどにシズリは大人になれなかった。
「とりあえず今日は
神が拳を握る。
一瞬の間。時間の流れがゆっくりと流れる感覚がした。
シズリの目はしっかりと反撃の糸口を捉えていた。
――今なら出来る。
バックステップを踏み屋敷の壁にシズリは足を置く。
壁を踏み台にした反動を利用して神の横を抜ける。
「は?」
己の状況が理解できていないのだろう。気の抜けた声をシズリは聞く。拳を握りしめた姿のまま呆けている。
すぐさま切り返し、硬直した神に足払いをかけた。
「足癖が悪くてごめんね」
鍛え抜かれた神の身体は派手へと叩きつけられた。
体格差があろうとも、
「これで、終わり」
「オレを殺していいと思ってるのか?」
逃がさないようにシズリは馬乗りになる。
外さないように両手でナイフの柄を握りしめる。
「今までさんざん人を喰べてきたくせに」
神嫁は誰一人として帰ってきていない。幸せに暮らしましたなんて考えていない。
夢の中で兄を『愛そう』なんて都合のいいことを言っていた男を信じられない。
「殺していいとかじゃない。ただ、わたしが殺したいだけ」
狙う場所は人間のように上下する喉。
ヒトの形をしたものを手にかけるのは獣とは違っていて。
震える手を叱責しながら覚悟を決めた。
「待て!」
「え?」
焦ったようなクオンの声が響いたのと、シズリが白い喉にナイフを突き立てたのは同時だった。
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