20 寝る前に言っとく
眩い光が収まり、シズリは目を開ける。
「なに、コレ」
ビーチの近く、海の水が干上がっていた。ふと顔を上げるとビーチから逃げまどう観光客がいて――
次の瞬間には歩道にいたというのに押し寄せてきた波をシズリは被っていた。
「大丈夫か?」
「ちょっと神様! なにしたの」
「鏡界は入るより出る方が難しいんだ。だから世界ごと壊したんだよ」
「そうじゃなくて、干上がってる海とか! あっ、シュテレさんは!?」
のんきにアカシアは笑う。
現実世界の座標を利用した世界、鏡界。魔導士が作る再現世界であるのだが、天体と海だけは現実のものと共有しているのだ。
だからアカシアの顕現させた熱によって、現実世界の海水だけが干上がったのだ。
「はは、せわしねぇなぁ」
きょろきょろとシュテレを探してシズリは辺りを見回す。アカシアのちゃかす声は無視だ。
そして、海から離れようと逃げる観光客の中で茫然と佇むシュテレを見つけた。ビーチには気が付けば自分たち以外誰も居なくなっている。
駆け寄ろうとするシズリの首根っこをアカシアが掴んで抑える。
「なんだ、生きてたのか」
「溜め込んでいた、全ての魔力を、使ったわ。防ぎきれなくて、私自身を再生したけれど」
シュテレの視線がシズリを捉えた。さりげなくシズリを背へと回すアカシアに小さく笑った。
「安心して。貴方が、諦めさせてくれたから、もう何も、出来ないわ」
「どうだか」
「あの子と、私を、繋ぐものも、灰になって、しまったもの」
大切なものであったはずなのに、シュテレはどこか憑き物が落ちたような顔をしていた。
何と声をかければいいのかシズリには分からなかった。
「やっぱり、悪い事は駄目ね。私の、独りよがりに、巻き込んで、本当に、ごめんなさい」
「シュテレさん……」
誰かを亡くした痛みを知らない少女には同情も共感も出来ない。どうしようもなく耐え難いという想像しか出来ない。
彼女のやろうとしたことの否定も出来ないのだ。
「死んだ人を、生き返らせるなんて、間違っていたわ」
「それは違います!」
だから、シズリは首を振る。
「わたしは、神様と兄さんと一緒に居たいから……だから抵抗したけど。もし、わたしに関係が無い方法だったら肯定していたと思います」
「うわっ自己中」
事実だ。もしもシズリに関係の無い全く知らない娘が選ばれて居たのなら目を瞑って居たかもしれない。
寝覚めは最悪だとしても、全く知らない人間とシュテレの幸福ならば後者を選ぶ。そのぐらいには自分を中心とした範囲の人間が大切だ。
「自己中心ついでに言っちゃうと、シュテレさんなら許してくれないかなって」
「許す……?」
その真意が分からずにシュテレは聞き返す。
「きっと、わたしも大切な人を亡くしたら生き返らせようとすると思うんです。兄さんは善くないことをするなって絶対怒るから」
自分はシュテレの行いを赦す。だから同じように自分がしてしまった際には、シュテレだけでも許して欲しいのだとシズリは笑った。
その潔さにアカシアも呆れる。
「わかってるんですよ! シュテレさんみたいな凄い魔法は使えないって。その、ものの例えみたいな」
ぽかんとしたシュテレにシズリはあたふたと付け加える。そういう問題ではないのに。
「そう、ね。今度は、もっといい方法を、考えるわ」
「はい!」
無言でぐしゃぐしゃとアカシアはシズリの頭を撫で回した。
特に決まった感情はない。強いていえば小さい生き物を撫で回したくなっただけだ。
張り詰めていた空気が和らぐ。
「なんの騒ぎかと思えば!」
ふわりとルーセントが降り立った。遅れて到着したリオンもルーセントの後ろに控える。
◆◆◆
いつもの拠点。
激安宿屋にて、アカシアとシズリは縮こまっていた。二人の目の前に立つはクオンである。
「何故、俺を呼ばなかった?」
怒るはずがない。だから言え。クオンは威圧感を込め告げた。
「あれ絶対怒ってんだろ」
「わたしも兄さんがあんな空気してるの初めて見たんだけど」
あくまでも小声でこそこそと話す。
更にクオンの視線が強くなった。
「オレはシズリがぴーぴー泣いてたから迎えに行っただって!」
「泣いてない。えっと、神様なら不思議パワーで迎えに来てくれそうだったっていうか! 兄さんに迎えに来てもらう歳でもないっていうか!」
必死に弁解する二人にクオンは溜息をひとつ。わかりづらいがピリつくような空気は消えていた。
「何事も無かったのならばいい」
一応は赦されたようだ。
カチカチに縮こまっていた身体を伸ばす。
「事はあったけども。ルーセント様が『私の領域で暴れた以上は出ていってもらうわ』なんて」
「追放ってわけだな」
あの後、事のあらましを聞いたルーセントは沙汰を下した。
シュテレに関しては暫くの営業停止という名の謹慎。そしてシズリたちには1番早く到着した飛空船で街を発つようにと。
ビーチ近くの海水を干上がらせた実行犯がアカシアなのだから仕方がない。
「それなんだが。おそらく気を利かせてくれたのだろう」
「どういうこと?」
「水妖討伐の際、恩賞にそのチケットを要求したんだ。ただ、先約があるからと3番目のチケットを渡されてな」
事情を聞いて、単純に罰を与えるには忍びない。
だが、領域で勝手を許された以上は野放しにも出来ない。街を訪れる人間やルーセントを進行する街の住民の手前、何らかの措置が必要だった。
だから追放という名を借りて1番早い飛空船のチケットを渡したのだ。
ちなみに本来、その飛空船に乗るはずだった者はリオンである。事件の解決すると、コネと金の力によりさっさと帰ろうとしていたのだ。
休みも取らず更なる仕事を求めて。
だからこそルーセントにとってもちょうど良かったのである。リオンを休ませつつアカシアたちには礼が出来る。
一石二鳥だったというわけだ。
「ともかく今日は寝るぞ。明日の昼過ぎには発つからな」
「はーい。あ、そうだ」
思い立ったが吉日。
「今日の私はとても疲れました。即効ポーションなら貰ったけど、ズル剥けになった手がまだ痛い気するし。だから癒しデーにします」
「は? って、うわ」
首を傾げるアカシアの手を引きベッドに転がす。壁際ミチミチまで転がす。
横になったアカシアの腕の中にシズリは転がり込んだ。
「兄さんも一緒に寝て」
「狭すぎはしないか?」
「神様、もっと詰めれない?」
「これ以上オレをぺたんこにしたいのか」
やいのやいの言いながらベッドに三人が詰め込まれる。
連れ込み宿としての側面もあるこの激安宿屋なのでダブルベッドだ。が、それなりにしっかりした男二人とシズリでは狭いに変わりない。
「よし、完璧」
「オレの圧縮率がヤバいんだが」
「冬の日に引っ付いて寝たのを思い出すな」
壁とアカシアの背はぴったりとくっついている。
しかれども普段から不眠で活動している神様なので問題はないだろう。
「神様、今日はありがとう。兄さんも、心配してくれてありがとう。二人とも大好き。じゃ、おやすみ」
口早に言い終わったシズリはそのまま目を瞑り――3秒後には寝息を立てていた。
「この警戒心無さ過ぎる生き物なんなんだ?」
「オマエだからだろう」
「……ならいっか」
そしてクオンも目を瞑った3秒後には一切の返事をしなくなった。
「この似た者兄妹が。寝付き良すぎるだろ」
幸いにも明日は元々フリマ販売の予定もない。だから夜通し作業をする必要はないのだ。
今日は久々に自分も寝るか、とアカシアも娯楽としての睡眠をとることにした。
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