21  旅立ち

 死者の日も最終日。

 といっても、この日はあまり賑わいの多い日ではない。楽しい祭りには後片付けが付きまとう。

 広場の露店はまだ多く残っていたが、初日ほどの出品物は無い。特別な時間も終わり、どこか寂し気な雰囲気が漂う。

 

 人の往来も少なくなってきていた。

 中には最終日を過ぎても滞在する観光客もいるが、大半は今日から帰り始める。

 がやがやと人が集まっている場所は露店ではなく、港。帰りの足は空路や海路がよく使われているのだ。




 港から、水しぶきをあげて空へと飛び立つ船をシュテレは眺めていた。


『また、来ます。その、迷惑じゃなければなんですけど。だって、とっても楽しかったから』


 そう照れながら別れを告げに来た少女とその家族の見送りだ。

 一風変わった家族だったように思う。

 婚約者だという神は、恋人というよりも父親のようで。けれどもやっぱり親子ではなくて。

 兄に対してもそうだ。他の兄妹よりも近い距離感であるものの、それでも依存することなく個として隣に居る。

 服装だけを似た雰囲気に無理やり合わせたような、まとまりのなさに反して三人でいるとしっくりくる。そんな家族だ。


 そして何より、シュテレがあんな仕打ちをしたというのに“終わったこと”として一切を引きずらなかった。

 曰く、もう謝罪も受けたし根に持っても仕方がないのだと。そんな兄妹の後方で腕を組みながら神だけはしょうがねぇなぁという顔をしていた。


「ええ、待って、いるわ。次は、もっと美味しいものを、用意して待っているわ」


 遠く、小さくなっていく船を眺める。


「明日から謹慎は解いてもいいわよ」


 ふわりとシュテレの隣に青髪の少女が降り立った。


「この度は、寛大な措置に、感謝します。……本当に、よろしかったのでしょうか」

「そう言われてもね。貴方がしたことって特にないのよ」


 観光客に手を振りながらルーセントは答える。

 鏡界の中で何をしようが現実世界に影響はない。事実として直接的な被害を街に与えたのはアカシアだけなのである。

 

「水道の術式も改変してたじゃない。それで残った魔力も使い果たしてくれたから、予定よりも早く真水に戻ったぐらいなのよ」


 シズリにとっては命の危機であったのだが、大局的な視点をするとそこまで深刻な被害はなかったのである。

 罰を求めているわけではないがシュテレはそれが少しだけ腑に落ちない。


「示しが、つかないのでは?」

「あの子たちを追放して示したわ。私はクリアヒルズの都市神。に害のあるものを追放するのは当然よ」


 シュテレ個人が何をしようが、街に影響がないのなら本来は謹慎処分すらとらせる必要がない。

 謹慎処分だって何か罰が欲しいというシュテレにルーセントが苦心して告げたものだ。

 今回は法の出番もなかった。他人を利己的な理由により害したという罪であれば彼女を裁けるが、一番の被害者が何も訴えていない。

 

「ヒトが自ら決め、歩んだ道がいつしか街になるのです。だから私はヒトの全ての営みを肯定します」


 流石に私の在り方を歪められるのは困るのだけれど、と散々カルト教団の影響を受けてきたルーセントが語る。

 

「死者の蘇生が禁忌っていうのね、ヒトが決めたことよ。魂を大陸単位で大量消費するのなら冥界神あたりから苦情がくるぐらいね」


 神はヒトと同じ視点には立てない。ただ、偶にヒトと同じ価値観が重なるだけなのだ。ヒトと同じ見た目をしているから、近しく感じるだけ。

 それはルーセントだけでなく、アカシアも例外ではない。


「今度は、なんて言ったけれど。もう二度と、あの子を、蘇らせようなんて、しないわ」

「その誓い、確かに都市神が聞き届けたわよ」


 昨夜、シュテレは星の熱に溶かされた。今生きているのは自身に再生魔法を使ったからだ。

 僅かに残った細胞から時間差で発動する再生魔法を使ったのだ。一度死んだと言っても過言ではない。

 再生の際に、服の他に自身の持つ物も指定が出来たのだ。娘のへその緒だって。

 咄嗟の魔法といえど、娘と自分を繋ぐものを指定しなかったのはシュテレ自身の意思だった。


「明日から、また来年の為に、お店を続けます」

「クリアヒルズは飲食店の競争が激しいから、貴方のお店だって古参なのよ」


 を発展させてね、と言い残してルーセントは姿を消した。きっと神殿で観光客相手にガイドの真似事でもやりに行ったのだろう。


 潮風がシュテレの髪をたなびかせる。

 奇跡が完膚なきまでに潰えたはずなのに、彼女の心は晴れやかなものだった。

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