3  恐らく濡れ衣

 昨夜の稼ぎですぐに野宿生活の危機は脱した。

 とはいえ収入元が見込めないのは心もとない。


 アカシアの神格登録証があれば彼を保証人として冒険者ギルドにも登録できるのだが。

 その神格登録証を申請しに行く為の旅費が無いのである。八方塞がりというわけだ。


「流石に二日連続で賭博は目をつけられちまうしなぁ」

「そうだな。暴力で解決するのは善くない」


 重苦しい雰囲気は二日目にしても変わっては居なかった。


「スライムが居たらお金を増やせるんだけどなぁ」


 こんな極貧会議をしていたからだろうか。使えそうなグリッジを見たのだ。

 狭い狭いたった一つのベッドで兄妹が詰め詰めになって寝ていた昨日。

 ちなみにアカシアは睡眠が必要ないのでずっと針仕事をしていた。

 シズリは夢の内容を話す。


「スライムにあえて道具の入った袋を食べさせるんだけど、消化直前に背中から抜き取ったら同じ袋が複製されるみたい」

「絶対やめろよ。物質増殖系グリッジは世界崩壊クラスにヤバいからな」


 珍しく強い口調でアカシアが止める。

 簡単な条件のようだったが、今までシズリがやってきたどのグリッジよりも世界にとって善くないらしい。


「世界以前に偽造通貨は善くないから駄目だ」

「うん、やっぱりダメだよね」


 すかさず兄からは至極真っ当な否定意見が出た。

 

「あとカネは造幣神の権能で作られてるからな。記番号もあるし複製したら即バレする」


 世界統一通貨は全て造幣神によって流通している。

 神造品だけあって偽造も複製も出来ないのだ。たとえグリッジを使ったとしてもバレた時がどうしようもないのである。


「ともかく、サンテラスへの旅費に目途が着くまでこの街に居ようと思う」

「だね。わたしも今日はなにか仕事が無いか探してくる! あと観光もしたいし」


 そうなのだ。生まれて初めて村から出たというのに行った場所は服屋と居酒屋だけ。

 せっかくの海辺の街だというのにあまりにも味気ない。山育ちなのだから海だってもっと見たかった。


 観光ついでに仕事を探そうというのがシズリの魂胆である。

 クリアヒルズは港のある土地柄、冒険者や行商人など人の往来も多いし何かしらの人手は必要としているのではないかと思ったのだ。

 明らかにそわそわとしているのが分かったのだろう。クオンも「行ってくるといい」と頷く。

 今日はクオンも街の図書館に行くようだ。


「おし、出来た」

 

 今後の予算どうする会議の中でも針仕事の手を止めなかったアカシアが顔を上げた。

 

「今から出るんだろ。シズリ、こっち来い」

「何?」


 手櫛で髪を整えられると頭に何か乗せられた。

 満足げなアカシアに訝しんでいると、彼はこの部屋には鏡がないと思い立ったようだ。

 テーブルに置かれた水を溢しながら神格言語で魔法を唱える。すると、零れた水が凍り付き、鏡のようになった。

 ずいっとシズリに近づけて姿を映す。


「自信作だぞ」

「うわ、うわぁあああ! 凄い! 可愛い! 魔法!?」

「語彙力死んでんなぁ。はは、これは全部オレの手仕事だ」


 シズリの頭には黄色い花の刺繍とレースのヘッドドレスが飾られていた。

 ザンバラに切られたシズリの髪を見て、アカシアは常々勿体ないと思っていた。

 長くても肩口ほどしかない髪は、無理やり切られた為にそれぞれ長さが違う。それをヘッドドレスで目立たなくしたのだ。


 髪など全く気にしていなかったシズリも自分の為に作られたヘッドドレスには興奮する。

 誰にも取りあげられることのない、自分だけの宝物。

 ニコニコウキウキと出かけて行った。


黄色い花アカシアとは少々あからさますぎないだろうか」

「お前の分もアカシア印の装飾品を作ってるから待ってろよ」


 暇を持て余し技術を磨いていた神による一品。街に着いてから夜通し制作されていたもの。

 実際にシズリに似合っていたし、繊細なレースは見事なものだった。

 きっとクオンに渡すものも目を見張る一品になるのだろう。


「むしろあれを売ればいいのでは?」

「売れるもんかね。人間のこれで食ってるような奴とは違うぞ。趣味の独学で作ったやつだぞ」

「絶対に売れる。……と思う」


 人間の職人に引けを取らないものだった。まずは市場で市場調査をしようとクオンは言う。

 自分の作ったものがいくら趣味の延長だとはいえ褒められるのはアカシアとて嬉しい。

 売れるほどのものだと言われれば満更でもなかった。


「お前の分を作ってからな! それからだからな!」

「ああ、頼んだ」

「あと作ったら絶対につけろよ。いいやつ作るからな!」

「楽しみにしている」


 クオンとアカシアはこんな感じでうまく回っているのである。


◆◆◆


 部屋から出てすぐ。

 一階のロビーには中年の男がひとり帳簿を付けていた。

 激安宿屋だけあって、食事も掃除もない。宿泊客を待ち椅子に座るぐらいしか仕事がないのである。

 シズリが降りてきたのに気が付いた店番はにこやかに声をかける。


「昨日はよく寝れたかい?」

「ぐっすり」


 どんな環境であろうとすぐに寝て起きられるのが兄妹の強みである。

 

「今日はお嬢ちゃん一人?」

「はい。今から観光です」


 いくつか観光地を聞く。闇雲に歩き回るよりも地元の人間に話を聞いた方が早い。

 店番は人好きのする笑顔で有名な海岸やら料理やらを教えてくれた。

 ある程度話していると、少しだけ声を小さくしてカウンター越しに身を乗り足してきた。


「ぶっちゃけお嬢ちゃんと同行してるヒトら、どういう関係なんだ? 黒い兄ちゃんは血縁だと思うんだが」

「婚約者的な感じのやつです」

「お嬢ちゃんの婚約者が色眼鏡?」

「えーと、わたしたちの婚約者かな?」


 店番は興味をそそられた。色眼鏡越しとはいえカタギで無さそうな美貌の男とそっくりな兄妹なんて組み合わせ。

 あけすけに聞いても気を悪くした風に見えないシズリにどんどん質問を重ねてくる。

 知られて困るものでもなし、シズリは聞かれた内容について正直に返していく。


 だが、シズリは窓から差した日を見てはっとした。太陽が些か高くに昇っている。

 そこそこの時間話し込んでしまったようだ。


 ちらりと覗いたのは裏通りにあるとはいえ人の足が行き交う店の前。

 リザードマンに獣耳の人に村では目にしたことのない人種がたくさん居る。不躾に人を見るものではないとわかってはいても、うずうずとしていた。


「おじさんな、やっぱりあの胡散臭い兄ちゃんはやめといた方がいいと思うんだ。これでもいろんな奴を見てきたからわかる。あいつは絶対ヤバい」


 気が付くと店番の話も進んでいた。まずい。

 話を聞いていなかったなんて言おうものなら気まずすぎる。


「そっくりな兄貴にまで手をだすなんて無節操まで。それにお嬢ちゃんの年にしても……ロリコンなのかい?」

「たぶんそう。ごめんなさい、時間が無いから観光に行ってきます!」


 適当に話を断ち切ってシズリは激安宿屋から抜け出した。


「やっぱりそうなのか」


 宿屋には店番の呟きだけが残された。

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