4 都市神
街の中心地にある神殿。そこへシズリは足を運んでいた。
まず、この街の神がどんなものなのか知りたくなったのだ。
ちなみに神殿と社の違いであるが、神が住み神域となっている場所が神殿という。
そして神の力を分け与えたものを祀る場所、すなわち支社のようなものを社というのだ。
「街も大きいとと神殿も立派……」
美しい白亜の神殿は街と調和し、美しく鎮座していた。生活区域たる本殿とは別に、露店などが立ち並ぶ区域も作られていた。
参拝しやすいよう、街の中心にあるあたり神と人の距離が近いのかもしれない。
クリアヒルズは海辺の観光地であるが、神殿もそのようになっているのだ。
所帯染みたアカシアの
目の着く壁画などを手当り次第に巡っていると、大きな掲示板があった。
・7番街に貸店舗を増築します
・4番水道の復旧はもう少しかかります
・死者の日を楽しみましょう
・海水浴の前は準備体操を忘れずに
・水分補給は大切です
読み易い綺麗な文字で書かれた張り紙がされている。
「今月の神託?」
掲示板、張り紙の上にはそのように書かれた札があった。
神託というよりも連絡事項に近い。むしろ心構えに近いものが書かれていた。
ちなみに死者の日とは、故人を思い出して面白おかしく過ごす祭りである。
露店や催しものなどで賑わう日だ。都市によって開催日が違うが、クリアヒルズはもうすぐ行われるようだ。
「死者の日がいつか聞いとこ」
「3週間後よ。夜更かしライブもやるからよろしくね!」
後で開催日を確認するかとぼそりと呟くと、返事が返ってきた。
周りに人が居ないと思っていただけにシズリの肩は大きく跳ねる。鈴の鳴るような声の持ち主は「驚かせてごめんなさいね」と苦笑した。
(このヒト、神様だ)
ふわりと揺れる青髪に小麦色の肌。シズリより少し年上に見える少女は16、17歳程度だろうか。
その気配と白銀に煌めく瞳を見て確信する。
この姿に覚えがあったのだ。
街中に立つ銅像と瓜二つ。シズリはその名を口にした。
「ルーセント様がどうしてここに?」
「あら、私のことを知っているのね」
クリアヒルズの都市神、ルーセントだ。名を呼ばれた神は微笑む。
「貴女から他の神の気配がしたから気になったのよ」
「えっと、挨拶とかに行った方がよかったですか」
「気にしなくても大丈夫よ」
シズリが神の婚約者のような立場だと言えば納得したのだろう。どうりで、とルーセントは頷いた。
気配など全く身に覚えが無かっただけにシズリは驚く。
何となくわかるのだと。ルーセント曰く、神と結ばれた縁とは非常に強いものだという。
「ねぇ、少しだけ話し相手になってほしいのよ。要は暇潰しね」
時間はあるかしら? と問いかけるルーセントにシズリは頷く。
ルーセントはヒトと会う約束があるのだがトラブルで相手が遅れ、手持ち無沙汰に観光客を眺めていたのだ。
そんな時に珍しい気配を持つ人間を見つけ、話しかけに行ったのだという。
「神様を待たせるなんて……」
「ふふ、急いだっていい事なんてないものね。ゆっくりでいいのよ」
のんびりとした住民が多い街、クリアヒルズ。その性格は神譲りらしい。
「良かったらこの神殿なら案内するわよ」
「ありがとうございます!」
都市神が自ら案内してくれるなんて有難い申し出にシズリは飛びつく。
◆◆◆
「あそこの傷は供物の怪鳥メガメッチャデッカケレンケンが暴れた時のものね」
「メガメッチャデッカ」
「奉納した狩人が仕留めたのだけれど、その時は街の住民全員で唐揚げ祭りをしたのよ」
都市神ルーセントによる神殿案内は見応えに聴き応えあるものだった。
柱の傷や壁画の落書きひとつひとつにまで解説が入る。
立て看板の云われ書きに加えて当事者たる見解まで教えられた。
「この街の水は飲んだ?」
「宿で出されたものなら」
食事もつかない激安宿屋ではあるものの、水だけは部屋に置いてあった。
そういえば、と。街の至る所で給水器が設置されて居たのを思い出す。
「私の権能なのよ。海水を飲料水に変えているのよ」
「あれが!?」
「自慢の水よ。土産コーナーにも置いてあるから、よろしくね」
実は、シズリは宿から出てすぐ真っ先に海岸へと足を運んでいたのだ。
本でしか知らない海。
押し寄せる波。白い砂浜。塩っ辛い水。海なし村出身にとっては衝撃の連続だった。
ルーセントの権能は海水を真水に変えるものだった。
手のひらに乗せた海水を真水に変える力。それを拡大解釈。
観光都市クリアヒルズをルーセント自身と定義することで、都市内に引き込んだ海水を真水へと変えていた。
「この街の事なら何でも聞いてね。私の手のひらの上だもの」
「神様、すごい」
クオンはアカシアの権能を破格のものだと言っていたが、シズリにはどうしてもピンとこなかった。
だがルーセントの権能は素直に感嘆する。だって、あんなにしょっぱいものが。
やはり即物的な権能の方がわかりやすい。
「でも、最近は調子が少し悪いのよ」
「権能にも調子とかあるんですか」
神の持つ権能とは世界を意のままに操る権利。
出力や行使できる範囲には限界があるとアカシアは言っていたが、調子が悪いとはどういうことなのだろうか。
シズリの問にルーセントは困ったように答えた。
「一部の水道が真水にならないのよ。私自身のメンテナンスはしているのだけれど」
「もしかして4番水道の」
ええ、とルーセントは肯定する。
現在は他の水道管を伸ばして対処しているという。復旧しようにも原因がわからないのだ。
「でも大丈夫、調査を頼んだの。そのうち――」
「ルーセント神! ここに居られたのですか」
「ほらね。調査のヒトが来たわ」
司祭服に身を包んだ男女と身なりのいい金髪の男が駆け寄ってきた。
「
手を振り、ルーセントは調査に来たという人物を迎える。
司祭服の男女は彼女の世話係だ。神と神官という間柄であるが距離は近い。
「約束のお時間が過ぎていますが」という小言を受けていた。
一方、金髪の男は随分と畏まっている。
「ルーセント神、そこの小さなレディは……?」
「私のお客様よ」
「そうでしたか。私はリオン・ノーマッドと申します」
偶然居合わせただけのシズリにもリオンは礼を欠かさない。完璧な所作に思わず後ずさる。
記憶の奥底にある礼儀作法でもって「シズリでしゅ」と言うので精一杯だった。噛んだのも恥ずかしい。
こちとら田舎者。キラキラした如何にも都会人という相手に気圧されるのだ。
「ただの調査に特務官さんの時間を貰うのは気が引けるけれど、よろしくね」
「どんなものであれ、私の務めですから」
「真面目ね。でも、貴方の上司からは休ませるように言われているの」
特務官とは国に仕え、要請された場に赴いて事態の解決に励む役職である。
特殊な事案への出動要請が多い。今回も権能の異変に駆り出されたようだが、別の意味も持ち合わせていた。
残業に塗れ有給を使わない部下に気を使って、観光都市への任務を言い渡されていたのだ。
「ほどほどにして、観光も楽しんでね」
「……善処します」
自ら進んでブラック務めをする人間も存在するのである。
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