8︎ 因習村の秘密

 とある村の話をしよう。

 その村は深い木々の生い茂る山の中にあった。

 とはいえそんな村は珍しいものでもなく、川の上流や隣山など似たような村が点在していた。

 白の蛇神は地域一帯を守護する存在として在ったのだ。


 そもそも神とは世界に遍在する存在である。例えるならば世界の管理人。

 エーテルが滞りなく世界を循環しているかを監視し、澱みがあれば取り払う。そうして世界を運営していくのだ。

 また、神は人々の信仰を糧に力を得る特性がある。

 信仰を集め、力を得た神がそれを還元する。そうやって創成以来より人と神は互いに在った。


 白の蛇神もそうだった。

 近隣の山々のエーテルを監視し、澱んだ場所があれば整える。多くの村々から信仰される神だった。

 ならば何故封印されたのか?

 その答えは単純。信仰されるべき神ではなくなったからだ。

 白の蛇神は呪を振り撒くようになったのだ。

 緩やかに呪いを蓄え、そして遂に溢れ出した。そんな昔話。


 上流の村よりも多くの水を得たい。隣村よりも多くの獣を狩りたい。ああ、■■さえ居なければ。

 そんな想いの元でとある村の人間たちは呪いに手を出した。邪魔な者たちを呪殺したのだ。

 とはいえそれは人間たちが始めたこと。白の蛇神は干渉せず、呪いによって淀んだ土地をいつもと同じように浄化していった。エーテルの澱みであろうが呪いであろうがやることに変わりは無い。

 本来ならば、人間が呪いを使った所で何ら問題は無かったのだ。


 問題は人間たちの信仰心が篤かったこと。

 神は人を超えた存在であるが、同時に人に願われて存在している。その信仰心が神の在り方を変質させたのである。

 

 とある村の人間たちは呪殺した人間を供物として白の蛇神に捧げ、願ったのだ。

 ――貴方のおかげで我等は豊かであります。だからどうか、あの村の人間を呪殺してください。

 信心深い村人たちによって、土地の護神はいつからか呪いの神になっていたのである。その願いに白の蛇神は答えた。人間同士で始めた呪いが神の呪いへと変わってしまったのだ。


 更に何百年と呪いを続けるうちに近隣の村は全て滅び、残る村はひとつだけになった。

 上流からの水も、有り余る程の獣も。山の木々も。全てがその村のものになった。

 変わりなくこれからも白の蛇神を崇拝し、更なる繁栄が約束されていたはずだったのだ。


『そんな、骨が砕け、イダ、イダィイイ! 』

『嫌だッ!なんで身体が溶けて』


 呪いの矛先は残った村人たちへと向かった。獣の特性が強い白の蛇神にとって、呪うべき人間の区別など付かなかったのだ。その時には呪いの方向を示せる人間も居なかった。

 ただいつもと同じように白の蛇神は呪いを行ったにすぎない。


 嫌だ。死にたくない。生きたい。苦しいのは嫌だ。痛いのは嫌だ。なんだってする。だから――


 村人たちは願った。祈った。そうして。

 偶然にもその村を通りかかった神が居たのだ。


『凄いことになってんなぁ』

『助けてくれ!』

『生憎と今のオレは名無しの神だからな。そんな力はねぇよ』

『それでも構わないのです。神であるのならば、救えるはずです。我らをお救いください』


 観光地気分で訪れた土地。暴れ回る呪いを珍しげに眺めていただけだったのに。

 ただ神であるというだけで救ってくれと願われた。

 必死な形相で縋り付く村人を見て、男神は考え込む。そして問いかけたのだ。


『あ、そうだ。ならあいつの名前は?』

『あの御方の名は――』

『じゃ、オレが今日からそれな』

 

 その日を境に白の蛇神は封印されたのだ。

 

◆◆◆


 簡易的にクオンの治療を行いながら男神が経緯を話した。シズリの左肩も既に止血がされている。

 

「つまり、だ。オレはジャノメに成り代わってたんだよ。信仰の認識をオレにすり替えて封印した」


 男神は名無しだった。名無しと何者でもない存在。名と力が結び付く神にとっては何の利も無いはずであったが。

 要は空虚な存在であるからこそ成り代わりやすかったのだ。

 一瞬だけ封じられるほどの力しか持たぬ神でも、その一瞬だけあれば十分。空いた“ジャノメ”という神の座に居座ったのだ。

 席が埋まっている以上、本来のジャノメは力を失い封印からも出てこれられない。


「私が貴方を殺したから、封印が解けたってこと?」

「ああ、お前が殺したのはジャノメの側面を持つオレだ」


 ならば何故こうしてまるで生きているように動いて話しているのだろう。シズリは疑問を口にする。

 

「1番上のレイヤーを消しただけ……あー、上手く伝わらねぇな」

階層レイヤー?」

「ともかく村で信仰されたジャノメという概念が殺された。で、名無し神のオレと呪いの蛇神が残ったんだよ」


 木々がなぎ倒され続けている山を神は眺める。相変わらず村へと進む勢いが衰えていない。


「昔話にしたって、村の人たちの全部自業自得なのに」

「本当にそうだよなぁ。正直笑えた。でも、あいつら必死に願ってたんだよ。思わず手を貸したくなったんだ」


 男神とて助けるつもりは欠片もなかったのだ。

 成り代わったところで得られる力よりも厄介事の比重が傾く。返り討ちにあう可能性の方が高かった。

 けれどもひたすらに、一心に生きたいのだと願っている人間を見て。


「善悪なんてどうでいい。ただ、必死に頑張る奴が大好きなんだよ。オレは神だぞ。好みの奴に手を貸して何が悪い?」


 神とは大なり小なり傲慢なものだ。名無し神であろうが例外ではなく。

 

「じゃあなんで今まで神嫁だか生贄だか渡さないと助けてくれなかったの」

「呪いはなんとかしただろ。それでオレの手助けは終わりだ。あとは対価次第ってな」


 この神は全て己の好みだけで行動しているのだ。極論、呪いを退けた時点でそれ以上の義理はない。

 しかれど神である以上は信仰心を捧げられるのも満更ではなく。信仰の証として渡された神嫁を喰らってその対価に願いを聞き届けていたのだ。


「兄さんのことは喰べなかったんだ」

「喰おうとしたさ。ただ徒手空拳での決闘タイマンを申し込まれてなぁ。なら受けて立つのが神ってもんだ」

「……もしかして、負けた?」


 沈黙が答えだった。素人のシズリからみて、兄は強いのだと思う。魔力操作で身体能力を強化しているとはいえ、突進してくる猪の頭を素手でカチ割るのだ。

 兄に対して村人が暴力を奮っていないのは拳で獣の頭蓋を粉砕する姿を見て怯えているからだと知っている。


「クオンはオレに勝利した代償にジャノメの真実を求めた。村に伝わってる話から違和感を覚えてたんだとよ」

「じゃあ兄さんが嫁ぐとかじゃなかったんだ」


 良かった、とシズリは胸を撫で下ろす。


「いや、嫁にするが」

「なんで!」

「そら好みだったからな。必死な顔が尚更兄妹そっくりでいいな」


 普段から表情が変わらないのに、兄の必死な顔をみたのかとシズリは驚く。

 

「二人一緒に娶るんならお前は兄貴とずっと一緒に入れるし文句ないだろ」

「な、なるほど?」


 重なる疲労でシズリの頭は上手く咀嚼できていなかった。むしろいい案ではないか? とまで思ってしまった。


「で、だ。クオンはジャノメの呪いを受けた。呪いの発生源を殺さぬ限り死ぬぞ。あの蛇神を殺すにはお前の力がいる」

「……何をしたらいい。さっきやってわかったと思うけど、わたしは兄さんみたいな強さはないよ」


 現に不意打ちを何度も重ねて男神を殺したのだ。純粋な技量では相手にすらならないだろう。

 意表を突く動きだけで凌いだのだ。


「それだ。お前がやってるのはグリッジといってな。その力は神にとっては天敵だ」

「夢で見た事をしてるだけなのに」

「夢の方は単なるスキルだから驚異でもないんだが、その内容がマズい。世界の運営システムである神の想定外の動きだからな」


 ただの人間には神を殺せない。傷を与えられてもよほど特別な手段を練らねば存在を殺すなど出来ないのだ。

 ちなみにクオンと相対した際に男神は致命傷を受けたものの死には至っていない。時間さえあればどの部位が粉砕されようと再構成出来る。シズリが刺した程度で殺せたのが特別だった。

 グリッジ――世界の不具合バグを利用した技が見事にシステムという特性に刺さったのである。


「というわけで頑張れよ、シズリ。神殺し第二弾だ」


 ワクワクとした様子の神がクオンを背負いながら言い放った。神に人間と同じ倫理観は無い。

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