9 因習村隠し√

 さて、話がまとまったところで。


「わたしに協力してくれたヒトが村に居る。逃げてって伝えないと!」

「お、一石二鳥。殺しに行くついでに伝言もできるぞ。呪いの神はちょうど村に向かってるからな」

「一石二鳥の意味知ってる!?」


 ケタケタと笑う神にシズリは思わずツッコミを入れる。笑いに合わせた振動で背負われたクオンが呻いた。

 ただでさえ兄は真っ青な顔をしているのだ。刺激を与えないで欲しい。


「下山の時の移動なんて考えてなかった……。祠とかない? ここに来た時みたいにショートカット出来るんだけど」

「無いな。まぁ、あれやったら今度はお前もクオンの傷もパックリいくぞ」

「怖いこと言わないで」

「あとオレには特にダメージ判定が大きく出るから最悪死ぬ」


 シズリは知らない事実であるが――祠を壊した移動ショートカットには確定ダメージがあるのだ。

 簡単に言うと怪我をしている今、先ほど飛ばされた比ではないほどの衝撃が襲う。

 受けた傷によっては人体の中身が見えてしまう可能性がある。


「移動ぐらいなら使ってもいいか」

「何か出来るの?」

「村の方にオレの楔があるだろ。そこに飛ぶ」


 楔とは神を地上へ繋ぎ止めるモノであり、神の力の一部である。

 神自身が所持する場合や己の神殿などに設置し信仰の対象とする場合がある。

 思い当たるものといえば一つだけ。


「もしかして、禊って社の鏡?」

「それだよそれ。残ってて良かった」


 ジャノメ様の御神体として鏡が祀られていたのだ。鏡に向かって拝んだ覚えは無いが。

 真実を知った今となっては、四方八方に拝んで居たのは呪殺した人々への赦しを乞うていたのだろう。


「鏡はオレ自身の力。分身みたいなもんだ。世界に鏡とオレの座標を誤認させバグらして鏡の近くに移動出来んこともない」

「グリッジだっけ。神様なのに転移魔法とか使えないの?」

「名無し神の無力さを舐めるなよ。お前が思ってる以上にか弱いぞ」


 魔法なんてほいほいと使えるかと神は悪態を付く。シズリに土の魔法を差し向けたのはあくまでも“ジャノメ”としての力だったのだ。

 名無し神とは神格こそあるものの、それ以外の全てが無い有象無象の存在だ。

 人がうっすらと信仰する八百万の神、その末端の一柱にすぎない。


「ああ、オレがグリッジを使ったことは誰にも言うなよ。存在抹消もんの不祥事だ」

「わたしは使ってもいいの?」

「普通にアウトだ。ま、オレはヒトがやることにゃ干渉しない主義だからな」


 興味が出れば手を貸す。それ以外はヒトの繁栄も滅亡も見守るだけなのが彼のスタンスである。


「ほら、こっちこい」


 神はクオンをしっかりと背負いなおすとシズリに抱き着くように言う。


「それ……やらないとダメ?」

「駄目だな。転移にあたって、お前たちをオレの身に着けている所有物扱いで飛ぶからな」


 さすがに恥じらいは捨てていないのだ。たとえ本気で殺そうとした相手であっても。姿形はれっきとしたきれいな男なので。

 人間わからないな……などという無神経と少女の恥じらいは相いれない。


「じゃ、やるぞ。【|座標:現在地 送信;座標:楔 取得;】よし、これをひたすら繰り返して――」


 聞き取れない言葉を神は唱える。神格言語はヒトには理解できないのだ。

 嫌な感覚とまではいかないがぞわぞわとした感覚が慣れない。

 己の手がブレているのに気づき、シズリは神の胸元に顔を埋めた。


 痛みはないが、ばらばらと分解されていく手の感覚。


 もういいぞ、と声がして。

 顔を上げたときには既に建物の中だった。祀られた鏡を見て社に居るのだと理解する。


「シズリちゃん!?」


 大きな図体で尻餅をついたラサーティドが叫んだ。

 無事に立て籠もり続けていたようだ。


 「兄さんは……よかった。一緒だ」


 シズリから少しだけ離れた場所で伏せていた。

 苦しそうではあるが上下する胸に安堵する。


「大変なんだヨ! 凄く大きな蛇が暴れてて、あれ神様だよネ? 前に神様を見た時の感覚と同じだし」


 やはりよほど隠そうともしない限り感覚でわかるものなのだ。シズリは頷く。

 神と人間は存在の規格が違う。だからその異質さを感じ取ってしまう。


「だから、ここから逃げて欲しくて」

「正直あの蛇神様が来た時には逃げようとしたんだヨ。君を置いて」


 置いていかれようと構わなかった。むしろ逃げられずに何かあった時のほうが寝覚めが悪い。

 では何故ラサーティドが逃げなかったかと言うと。純粋に逃げられなかったのだ。

 トカゲに寄った性質を持つ彼にとって、蛇という絶対的な捕食者を前にして動けなかった。

 この社だけは暴れる蛇神が奇しくも近寄らず安全地帯となっていた。


「おいそこ! ちょっとはオレを気にかけてくれ」

「あ」

「うわァ!」


 部屋の隅から声がした。

 完全に忘れていた「あ」が出た。


「えーと、何してるの?」

「見たらわかんだろ。埋まってんだよ」


 部屋の隅に神が居た。下半身が床に埋まっていた。

 助けろとの要請にラサーティドと二人で床から引き上げる。


「楔バグ使ったら神格オレは下半身が埋まるのか。もう二度とやらねぇけど」


 木屑を振り払いながら神はぼやく。案外元気そうだ。

 軽くこれまでの経緯を説明したものの、ラサーティドは途中から遠い目をしていた。

 おそるおそる「このヒトが神様かぁ」と呟いたラサーティドにシズリは曖昧に笑う。

 今も外で家屋を壊し続けている荒御魂あらみたまと比べると神と言われてもピンとこない。


「あの神様を殺すとして、全く歯が立つ気がしないんだけど。他に兄さんを助ける方法は?」

「浄化の神に解呪してもらう程度だな。その方法だとどっちにしろ間に合わん。だから神殺しが解呪最短ルートだ」


 窓からちらりと外を覗く。変わらず呪いの神が元気に暴れまわっていた。

 顔見知りの村人が潰されたのを見て思わず目を背ける。


「呪いって言うけど凄く物理的っていうか」

「所詮は理性が消えた動物霊ベースの神格だからな。誰かが呪いの方向性を示さない限り、呪詛を送るよりも暴れた方が早いんだよ」


 既に呪いそのものとなった蛇神は人間とその営みを潰すことしか見えていないらしい。

 いくら物理的だとはいえ呪いの神が触れた人間は苦しみ喘いでいるあたり、きっちりと呪詛も組み込まれていた。


「兄さんが無事だったらなんとか出来たのかな……」


 弱音が零れ出る。

 けれども、兄だったらあの暴れまわる蛇神ぐらい拳で粉砕できたに違いない。

 身をもってその威力を知っている神が引いた。再構成されるとはいえ痛覚はしっかりとあるのだ。


「わたしを庇ったから」

 

 俯くシズリの頭に大きな手がのせられる。


「クオンを助けられるのはお前だよ。なんせ神殺しの実績持ちだからな」

「あんな大きいのを倒すグリッジなんて見たこともないし。そんな気休め、」

「気休めなんかじゃないさ。お前は一度神を殺した。それを世界が認識した」


 わしゃわしゃと神はシズリの頭を撫でる。


「お前の兄は意味のないことをする男か?」

「……しない。無駄なく動く」

「な? ずっと一緒にいたお前のお墨付きだ」


 クオンはそういう人間だ。少ない情報からいつも最善手を思いつく。

 蛇神が暴れた際、自分が動くよりもシズリが動いた方がいいと判断したのだろう。

 こうなることをクオンはわかっていたのかもしれない。生存率を上げるための判断を瞬時にこなす。

 それがシズリの兄なのだ。


 村人に無理矢理切られたせいでざんばらになっていた黒髪がさらに乱れた。兄ならこんな下手くそな撫で方をしないのに。

 手で振り払っても余計に強く撫でられた。


「グリッジ無しでもお前がダメージを与え続ければ殺せる。お前は神殺しだからな」

「はは、なにそれ。意味がわからないよ」

「この世はわりと概念バトルなんだぜ?」


 へらりと言ってのける神にシズリも力が抜ける。

 荒唐無稽な話に思わず笑ってしまう。


「なんか一周回ってなんとかなる気がしてきた」

「ああ」

「ラサーティドさん、契約変更したいな。武器になりそうなもの売って! 言い値で買うから」


 尻尾をピンと伸ばして驚くラサーティドがおかしくて。


「そうだ、これだけは聞いておこう」


 伸びきった尻尾を目で追っていると、改まって神が問いかけた。

 

「たとえ元は善良な神だったとしてお前は躊躇なく殺せるか?」


 そんなの、答えは決まっている。


「もちろん殺す。神様の善悪は関係ないよ」


 悪い神でも兄に害がないならばそれでいい。善い神でもただ生きることの邪魔をするなら要らない。

 それに――

 

「人間を殺すのは善くないって兄さんが言ってた。でも、神様に関しては何も言ってなかったから」

「お前んちの教育方針ヤバいな」


 ますますオレ好みだと神は腹を抱えて笑った。

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