06 フラグ建築

 所変わって同時刻一方その頃


 リザードマンの行商、ラサーティドの所属するエベッサ商会本部をシズリとクオンは訪ねていた。

 様々な商品の展示やポスターなど、目新しいものばかりの空間にシズリはきょろきょろと首を動かす。


「とりあえず受付の人に聞いたらいいよね」

「そうだな。問い合わせ窓口へ向かおう」


 エベッサ商会は大陸すらも又にかける大商会だ。世界の物流を担っている言っても過言ではない。

 行商として発展したエベッサ商会。

 依頼されたのならば商品を携えド辺境ド田舎だろうが密林の奥地だろうが赴く。通信販売業者として確固たる地位を築いていた。

 そんな商会の窓口は依頼者や卸売業者など、多くの客が並んでいる。


 受付嬢が「42番札をお持ちの方」と呼びかけた。そんなに待ってはいない。シズリとイムが戯れていると直ぐに呼ばれた。


「意外と早かったね」

「窓口の職員の他、後方の職員とも分業をして捌いているようだな」


 窓口に居たのは、小さな30cmほどの背丈しかない人種――ノーム族の女性だ。カウンターテーブルの上に置かれた小さな椅子に腰掛けている。机も椅子と同様に小さい。

 絵本に出てくる妖精のような愛らしい人だ。


「本日はどのような御用でしょうか」

「リザードマンのラサーティドさんは居ますか? えーと、山奥の村でお世話になったシズリ・ラーフといいます」

「山奥……あの村の方ですね。お話は聞いています。承知致しました。暫くお待ちください」


 一瞬だけ間が空いた。すぐさま何事も無かったかのように受付が進んだが、何か聞いていたのかもしれない。

 あれだけの仕打ちがあったのだ。ろくな内容で無さそうなのは間が物語っていた。

 受付嬢は糸電話のような機材を取り出し、カウンター奥の職員と受付嬢がいくつか言葉を交わすとシズリたちに向き直った。


「ラサーティドは現在外出しておりまして。すぐに戻りますので、よろしければ応接間にてお待ちください」

「ありがとうございます!」


◆◆◆


 程なくして。

 応接間で運ばれた茶菓子をつつきながら待っているとラサーティドが戻ってきた。


「久しぶり! 元気にしていたかイ?」

「うん! すっごく元気。ラサーティドさんも鱗が前よりツヤツヤしてるね」

「街でならちゃんとケアできるからネ」


 久方ぶりの再会を喜ぶ。


「行商に出ていたら、金だけ事付けようと思っていたからよかった」

「いろいろ用立ててくれて本当にありがとう」


 包みを取り出し、シズリはラサーティドに中身を確認してもらう。借りていた分はきっちりと返済出来たはずだ。

 貨幣を数えながら内心では返ってこなくてもいいか、などと考えていたラサーティドは感動していた。


「外出してたのってまた行商? 忙しい時に来てごめんなさい」


 詫びを入れるシズリにラサーティドは首を振る。別件で出ていたのだ。

 

「ちょっと問題が起きテ、最近は行商も止まっているんだ。その対策のためにボクたちの神様に相談へ行っていたんだヨ」

「なんか大変そう」

「止まってるのは一部だけなんだけどネ」


 シズリとクオンは顔を見合わせる。

 ちょっとした野次馬根性から「ちなみに問題って?」と聞いてみた。


「サンテラリアから西方面の村に行くと、偶に道中で記憶喪失になる人が居テ」

「誰かに記憶を消されてるってこと?」

「誰かっていうか獣かナ? 狼に襲われた人が、後から記憶が抜けてるって気が付くんだヨ」

「狼に襲われたなら大怪我してるんじゃ……」

「それが、逃げるときに転げた掠り傷だけで。噛まれた筈なのに怪我はないんだヨ」

 

 その記憶障害以外は狼による被害はないのだという。

 そしてその狼の正体もわからないのだ。記憶だけを食う魔物も居るが、どうにもその魔物と特徴が合わない。

 それでいて、被害者の証言も全てが異なっている。小型犬ほどの大きさだったと言うものもいれば牛のような大きさだと証言する者もいた。

 

「国に要請したから特務官あたりがそのうち解決してくれるとは思うんだけド」

「被害者は大丈夫なのか?」

「まだ記憶が戻ってないんだよネ。でも数日間、短いと数時間の記憶が抜けてるぐらいだよ」


 今の所、日常生活に支障をきたした者はいないが今後何が起こるかわからない。今は軽い被害で済んでいるが、たまたまそれだけで済んだのかもしれない。

 汽車が出ていない辺境の村へ物資を売りに行こうにも解決するまで動けないのだ。


「イズモ会議じゃ、怪物が現れるなんて信託もあったらしいシ。関係があったら嫌だな」

「今のめちゃくちゃフラグっぽい」

「あっ! でも、逆に怪物ならリオン様が居たらなんとかなりそウ」

「リオン様って特務官の?」


 彼を知っているのか首を傾げるラサーティドに、クリアヒルズで出会ったのだと説明する。

 詐欺バイトにひっかかりそうになったり、初めて楽しく働いたり。流石に死にかけた話はしなかったが。

 簡単に話しながらいろいろなことがあったなぁ、なんて思い出す。


「……シズリちゃんの話聞いテ、凄くフラグ踏んじゃったかもって気がしてきた」

「どういう意味」

「巻き込まれ体質っていうのかナ? シズリちゃん周りって何かと起きそうな予感が」


 ぴん、と尻尾が張った後に垂れ下がった。ラサーティドは言わなきゃ良かったと項垂れる。

 大衆小説などを嗜む彼にとって、今の状況はまるでお膳立てされた状況のように感じてしまった。

 言うなれば、まるで数十年に一度の祭りが開かれる因習村に迷い込んだ旅人のような。事件が今から起こりますよ、と細かく説明せずとも分かるような前触れ。


「考えすぎだ。確かにシズリは巻き込まれやすいと感じるが、今回は俺たちに関わる余地はない」

「確かに。あんなことがあってつい忘れがちにるけど、一般人だもんネ!」


 記憶喪失事件が起きているのは王都サンテラス、西の山道。そんな道を偶然通りかかるなんて事態そうそうない。

 まさに、その思考がフラグだった。


◆◆◆


「明日は怪物退治に行くぞ!」


 ラサーティドと別れて。宿屋にて。


「兄さん、こんな早いフラグ回収ある?」

「様々な事情をスキップしていきなり突っ込む事になるとは流石に思わなかった」


 お前呑んでたな? と一発で分かる香りを纏わたアカシア。高いテンションのまま言い放った第一声に兄弟の心はひとつになった。

 ノリ気な我らが神様。どう足掻いても面倒な事になりそうだと。

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