07 一番星
エベッサ商会から出て宿屋は直ぐに見つかった。ラサーティドから紹介された宿屋で、相場は中央値より少し下ぐらい。
それでもクリアヒルズでの激安宿屋とは比べ物にならない快適さだ。窓を開けると壁、なんて立地ではないしジメジメとした雰囲気がなく空気も軽い。
部屋で荷解きをしたり、地図を広げたりと各々動いているとアカシアも帰ってきた。“縁”と呼ばれる人間には見えない繋がりを辿ってきたらしい。
そして、部屋に来て早々仁王立ちで明日の予定を宣言したのである。
が、あまり反応のない兄妹にアカシアは首を傾げた。そしてハッとするともう一度口を開く。
「明日の予定だが――西の山で怪物退治だ!」
「オマエの宣言は聞こえていた。同じ内容を繰り返さなくてもいい」
「なら返事しろよ」
聞こえていて、どうしようか話しているうちに再宣言されたのだ。
流石に今の言動にシズリが引いているとアカシアは少しばかり悲しそうな顔をしていた。全く良心が痛まなかった。
「なんで怪物退治なんて話になったの?」
「ここの主神から、怪物退治が出来たら住民票をやると言われてな。んで、神籍は今仮登録状態」
「ソルスティス神と裏取引を行ったのか?」
「人聞きの悪い。メトルマが聞き届けてるからちゃんとした取引だよ」
外套を脱ぐとアカシアはベッドへダイブした。「埃が舞うからやめろ」と小言を零すクオンをベッドに引き込む。
不満そうなクオンだったがすぐに抵抗するだけ無駄だと身を委ねた。枕でアカシアを軽く殴りつつ。
「……えい!」
「っうぷ、お前オレを殺す気か」
「わたしそこまで重くないし!」
じゃれる二人を見て、シズリも荷解きの手を止めベッド――アカシアの腹の上に思いっきり飛び込んだ。
もちろんイムも一緒だ。シズリの肩から跳ねた後、べちゃりとアカシアの顔にぷるぷるボディは着地した。
最近は自我が芽生え始めたようで、シズリの行動をよく真似る。主に餌を渡しているアカシアにも懐いているのだ。
「はぁ、潰れたらどうすんだ。イム、お前はこっちな」
顔に張り付いたイムをアカシアは引きはがすとサイドテーブルの籠へ乗せる。イム専用の簡易ベッドだ。
三人が転がっているベッドはというと、何処ぞの激安宿屋と違い余裕がある。
体躯の大きな種族用のツイン部屋を借り、ベッドをピッタリとくっつけて簡易的なキングサイズのベッドへと姿を変えていた。
「イズモ会議で怪物が出るとの神託があったらしいが本当か?」
一通り暴れて、ぐったりと転がっているとクオンが「何か聞いてはいないのか」と切り出した。
突如開催された枕投げの過程で枕が2つ犠牲になったが、少し休憩するとアカシアが証拠隠滅をはかる手筈となっている。
「サンテラリア王国に出るんだとさ。それも近いうちに」
「西の山、もとい山道に出るのは記憶を食らう獣だと聞いたが」
記憶を食らう獣が西の山道付近に住み着いているのだとラサーティドから聞いている。
新種の魔物だとして、怪物とわざわざ神々の会議で議題になるほどのものなのかとクオンは気になっていたのだ。その疑問にアカシアは数秒ほど考えるとゆっくりと口を開いた。
「元より、予言や神託は当てにならんよ。神も人間も、それらしい可能性を当て嵌めているにすぎん。だから――いや、まぁ、」
静穏な顔で語っていたアカシアが途中でバツが悪そうに口ごもる。
これはあれだ。途中でオレってこんなキャラじゃねぇな、と恥ずかしくなったのだ。
「神様って普段からそんな感じだと普通にカッコイイのにね」
「オレはいつも普通に綺麗だろうが。ともかくだ。怪物にゃ心当たりがある」
「心当たり?」
「怪物は正確には魔物と違う。その記憶を食う獣は神格の成れの果てだとか、その辺りだろうよ」
イズモ会議の神託によって知らされたサンテラリア王国に怪物が現れるとされる期間。そして記憶を食らう獣が現れた期間。
このふたつが一致している以上、無関係ではないとアカシアも結論付けたのだと言う。
「そもそも怪物と魔物の違いもよくわからないんだけど」
「怪物はな、簡単に言うと突然変異みたいな奴だ」
簡単に言われすぎてわからない。疑問符を浮かべるシズリにアカシアは気にするなと頭を撫でくりまわした。
「獣が怪物かもしれないって、ラサーティドさんや他の人も考えてるみたいだけど。神様は確証とかあるの?」
「ない。でも言ったろ。神託はくだした
獣の正体はまだ分かっていない。だが、どんな相手であろうと解釈次第なのだ。アカシアは言い切った。
「そんで神籍、もといこの国の住民票と土地が貰えれば楽な仕事だ」
「土地とか聞いてないんだけど。実はとんでもない裏取引が成立してたりする?」
「公正な取引だつってんだろ」
神友がこの国の主神ソルスティスだと言うのは聞いていた。そのコネで何かとんでもない事態が動いているのでは? とシズリは疑う。
それはクオンも同じだったらしい。
「アカシア。何か隠していることがあるだろう」
「お前らの疑問に答えてやっただろうが」
「しらばっくれるな。疑問には答えた。だが、オマエが自主的に話していない内容もあるだろう」
自分たちに関わる内容なら吐けとクオンはじっとアカシアを見つめる。
「それだ。いきなり怪物退治とか普段の神様なら絶対言わないよね」
シズリの一言が決め手だった。
暫く黙った後、アカシアは両隣のクオンとシズリへ顔だけ向ける。
これ以上は無理だと悟ったらしい。「わかったから、そんなに見るな。穴が空く」と身体の力を抜いた。
「オレが邪神だったらどうする?」
「元から善神じゃないでしょ」
「それはそうなんだが。……クオンはどうだ? 善くない存在を許容出来るか?」
善行をしたがる青年にアカシアは問いかける。
「俺は善悪を社会的規範で判断をしているが――そうだな、オマエについて行くかはその時に決めよう」
「どっちつかずだぞ、それ」
「ついて行けないとその時に思ったのならば、殴ってでも俺に付いて来させるよ」
「はは、暴力正義論やめろ」
お前が殴ったら死にそうになるだろう、だとか。そういえば胸に穴を開けられたな、だとか。馬鹿馬鹿しくなって笑えてきた。加えて、笑いとは伝染するもので。
なぜおかしいのかさえ分からなくなるほどアカシアとシズリは声を立てて笑う。クオンだって表情こそ変わっていないが、二人の笑い声を静かに聞いていた。
「マジで面白くない隙あらば自分語りだぞ」
「構わない。ほら、隙ならば見せたぞ」
落ち着いた時にアカシアは村に来るまでの過去をぽつぽつと話した。
2千年前に起きた人類と魔族の戦争。
発端は暗闇の中で生きる魔族が立てた世界を暗黒に包む計画。その計画を阻止する為に魔族を除く種族が団結し、神々と共に立ち向かった戦争を人魔戦争というのだ。
以来、その団結した種族を人類であり人間だと呼称するようになったのだ。魔族は人間社会に適応できなかった。だから人間ではない。
そして人魔戦争で人類を裏切り、途中で魔族側に付いた神が一柱居た。その神は事態を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して敗北し、最終的に土地と名前を剥奪されたのだと。
「なんで神様は途中で裏切ったりなんかしたの? なんとなく理由はわかるけど」
「人魔戦争だって最初はノリで参加してたんだよ」
要は暇潰し。周りが参加していたのだから話のネタ程度にはなるだろうと参戦していた。
他の友神と共通の話題を見つけただけだったのに。
「そしたら、まぁいつもの発作だ」
星神は日の下で生きられない者たちも見ていた。
魔族の願いを聞いてしまった。
「あいつら、どうせ負けるにしても最初から居なかったコトにされたくないって頑張ってたから」
「魔族に手を貸したという訳だな」
「神様ってフリーダムっていうか、土壇場でそういうことするよね」
「否定はできんが……」
彼は善神だとか悪神だとかの
その時、その場で、たまたま味方だった。そんな神格なのだ。
「でも今はお前たちの神だからな。それだけは信じろよ」
――けれども。アカシアの名を以て改めて自身の性質を定めた。
二人が信じる二人の為の神になろうと。
「そうだな。今更その在り方を疑ったところで意味などない」
「わたしたちの、一番星だね」
窓を見るとすっかり夜空が広がっていた。
満点の星々が今日も光輝いている。
「神様ってあの星かな」
「南の方の星の方が良いのではないだろうか。あちらの方が明るい」
「えー、斜め上の星の方が綺麗な青色だけど」
シズリとクオンはアカシアの本体はどれだろうかと目についた好きな星を指差していく。
「中々決まらないし、空を見て最初に目についた星をこれから拝もっか」
「そうしよう」
「いや、そこは統一しろよ。ていうか拝むならここに居るオレでいいだろ」
信じられている、という心地よさの中でアカシアは思わずツッコミを入れた。
「ずっとこの時間が続けばいい、なんて。
「楽しい時間が続けば嬉しい。それは当たり前の思考だと思うが」
「はは、お前も楽しいのか」
「兄さんがそういうこと言うの、珍しいもんね」
怪物退治さえ出来たのなら。
他にも思惑はあるが土地も返還される約束だ。そうしたら三人で面白おかしく暮らせるだろうとアカシアは言った。
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