08  世は情け

 記憶を食らう獣が現れるという西の山道まではそう離れていない。

 徒歩で半日ほどだ。というのも、道が険しい為に馬や魔導二輪車バイクが使えない。徒歩が最高効率の交通手段となる。


「今回、シズリは留守番だ」

「なんで! ちゃんと魔法も使えるようになったし、獣相手なら村でもいろいろやってたよ」


 そしてまだ薄暗い早朝、突然の戦力外通知。

 もちろんシズリは不服そうに異議申し立てをする。


「その代わり、重要な役割がある」

「……なに」

「リオン・ノーマッドの足止め」


 アカシアの言い分はこうだ。

 怪物退治には特務官としてリオン・ノーマッドも派遣される。ソルスティスから直接聞いたのだから間違いない。

 そこで、彼が事態の解決を図る前にオレたちで解決してしまおうという作戦だ。幸いにもシズリとリオンは面識がある。

 面識だけであるのならば、クオンたちもあるのだが。やはり、可愛げのない男の話と幼気な少女であれば後者の話を人間は聞く。

 人間の心がわからない神でもそのぐらいはわかる。世間話でも何でもして足止めをしてもらえればいい。


「……オマエ」

「手柄欲しさに卑怯じゃない?」

「卑怯で結構。なんとでも言え」


 じっとりとしたクオンの視線をもアカシアは受け流す。


「待ち合わせ場所を教えるから、頼んだぞ」

「炎天の英雄なんて呼ばれてる人なんでしょ。引き留めるのなんて無理だと思うんだけど」

「オレの見立てじゃ、あれはお人好しを超えたナニカだ。イケるぞ、頑張れ」


 本来であれば、リオンとアカシアたちで協力するように言われていた。だから待ち合わせ場所も知っているのだ。


◆◆◆


 待ち合わせ場所はサンテラス南西出口近くの時計前。

 遠くから見てもキラキラと輝く髪。リオン・ノーマッドが立っているのをシズリは確認する。

 

「ほんと、なんでこんな無茶を」


 現在待ち合わせ時間20分前。随分と早くに待っているものだ。そしてクオンとアカシアは一時間以上前に出発している。


「イムちゃん、お願い。暫く大人しくしていてね」

「ム~」


 肩に乗せているイムを両手ですくい、目の前まで持ってくる。どこまで伝わっているのかわからないが一応作戦はきっちりと話してある。

 シズリの作戦を聞き終わったイムは承知! と返事をするように元気よく飛び跳ねていたのだから伝わっていると信じたい。

 あと最近はどこから音を出しているのか鳴くようにもなったし。


「大丈夫そう?」

「ム」


 アカシア印のポシェットを近づけるとイムはぬるりと入っていった。

 リラックスするようにタプタプと中身を満たしている。不満は無さそうだ。


「6時5分……よし!」


 待ち合わせ時間から5分が過ぎ。覚悟を決めてシズリはリオンの元へ走る。


「リオンさん! お久しぶりです」

「シズリ嬢。久しぶりだね。クリアヒルズでは世話になったよ」


 にこやかにリオンは答える。

 服装は動きやすいものであるのに顔はいつもどおり王子様だ。


「そうだ、君のお兄さんたちから何か聞いていないかい? 今日はここで待ち合わせをしていたんだが」

「それなんですけど――兄とあの人は先に行きました」


 初手で正直に言ってしまおう作戦である。

 ここで下手に嘘をつくと後々にボロが出てしまう。


「それで、実はリオンさんにお願いがあって」

「お願い?」

「わたしのペットが何処かに行っちゃったんです。サンテラスには昨日きたばかりで、道もよくわからなくて。一緒に探してくれませんか?」

「えっと」


 悩んでいる。畳みかけるならば今だ。


「アカシアも、わたし一人で探すのは心配だからリオンさんと一緒に探してもらえって」

「……彼が」


 悩んではいる。しかれどもいい返事は来ない。

 やはり職務に真面目な相手を足止めなど無理があったのかもしれない。

 

「ダメ、ですよね」


 作戦第二段を考える。

 どうしても一緒に探して欲しいと駄々をこねてみようか。恥ずかしいがアカシアと約束してしまったのだ。


「アカシア神やクオン殿は手練れだ。私が多少遅れても大丈夫だろう。だから君の家族を一緒に探そう」

「あ、――ありがとうございます!」


 ペット、としか言っていないのに家族とまで。しっかりと目を合わせてリオンは頷いた。思った以上にいい人すぎて多少の罪悪感がシズリを襲う。

 とはいえこれで多少の時間稼ぎは出来そうだ。昼頃まで足止めが出来ればいいだろう。

 ポシェットの中ではイムが大人しく息を潜めている。手ごろな時間になったら出てきてもらおう。


「大切なことを聞き忘れていた。君の家族はどんな姿なんだい?」

「水色で、手のひらぐらいのスライムです。イムちゃんって言うんですけど」

「可愛らしい名前だね。早く見つけてあげよう」


 最初にイムと名付けた時、アカシアはマジかよという顔をしていた。だから、いい名前だと言われれば命名者としてやはり嬉しいものだ。


「いつから居なくなったんだい?」

「昨日の夕方ぐらいから……探しても見つからなくて」

「スライムは見た目よりも賢い生き物だ。もしかしたら、気になった場所があったのかもしれないね」

「賢いんですか」

「一度会った人間も覚えているし、教えれば芸だって出来るんだよ。昨日、君が歩いた場所を辿ってみようか」


 そんなに賢い生き物だったのかとシズリは驚く。育て方は屋台のおじさんが渡してくれた紙に書かれていたものとアカシアの知識しかなかった。

 落ち着いたら一度図書館で育て方をしっかり調べようと決意する。


「昨日この街に来たのならまずは駅を見てみようか」

「はい」


 二人は駅の方向へと向かった。

 シズリの歩幅に合わせてリオンが歩く。牛歩戦法でワザとゆっくり歩いているのにリオンは全く気にしたそぶりを見せなかった。

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