09  夕日をバックに

 時刻は昼過ぎ。

 駅やエベッサ商会へ足を運んだ二人は宿屋に居た。

 

「女性の部屋に入ることを、どうか許して欲しい」

「いえ、三人で止まってる部屋なので気にしないでください」


(ここらが限界だよね)


 ペットのスライムを探しているという名目で街を歩き回っていたのだ。

 もちろん見つかるはずもない。イムは今もポシェットの中で大人しくしている。

 朝から突き合せた罪悪感にシズリが俯いていると、リオンがふわりと微笑んで口を開いた。


「そろそろ、教えてくれないかい? イムちゃんは君の傍にずっと居たのにどうして私と探していたのか」

「最初から、わかってました?」


 彼は肯定する。


「私は職業柄とでもいおうか、魔力の類には敏感でね。君のポシェットの中からアカシア神の濃い魔力がした」

「なるほど……」


 イムの餌は主にアカシアの魔力だ。「もう出てきてもいいよ」とイムをポシェットから取り出すとにゅっと伸びて跳ねた。

 撫でるととても嬉しそうにしている。

 

「君と一緒に探そうと決めたのは、君が嘘をついていたからなんだ」

「ごめんなさい、怒ってますよね」

「怒ってはいないよ。ただ、嘘をつくのは大変なことだ。重ねればいずれ破綻し、君自身が傷つくかもしれない」


 だからこそ、とリオンは続ける。


「嘘をつかなくてはならなかった君の助けになりたいと思ったんだ」


 お人よしを超えたナニカだというのは本当のことだったのだ。

 もう足止めをするだけ無駄だとシズリは観念した。

 

「神様が、リオンさんが来る前に怪物退治を終わらせたいから引き留めておいて欲しいって」

「彼がそう言ったのか? 獣が怪物だと」

「えーっと……怪物っぽいものでいい、とは言ってましたけど」


 正直に話したところで、リオンが引っ掛かりを覚えたのは別の箇所だった。

 怪物といえばシズリはリオンが出ていた夢の内容を思い出す。ちょうどいい機会だ。信じられないのだとしても、話しておこう。


「わたしは未来、みたいなのが見れるスキルを持っているんですけど」

「予知系のスキルか。珍しいな」


 詳しい内容を説明しても伝わらないだろうとざっくりとした内容だけを言う。

 屋敷の大きなホールでリオンが魔物と向き合っている夢をみたと伝えた。


「それなら、西の山に出る獣は怪物じゃないってことですよね。ホールなら街の中だろうし、そっちにいる魔物が――」

「そうだね。君が夢で見たものは間違いなく怪物だよ」


 シズリが言い終わる前にリオンが断言した。ただし、と前置きを置いて。

 

「その怪物は、私が殺したものだ」


 過去であった事実にシズリは驚く。夢の内容は、未来でおきる光景を見ているのだと思っていた。

 そこではっとする。リオンの功績の中に怪物殺しと呼ばれるものがあった。


「君がスキルで見たという夢は、10年前に私が殺した怪物なんだ」


 苦々しく告げるリオンにシズリは驚く。あまり顔が変わっていない。

 美形はどこまでも不変の美形なのかもしれない。場違いなことを考えているシズリに気づかずリオンは続ける。


「彼女は人の記憶を操作するスキルを持っていてね。その能力を使って国の貴族令嬢に成り代わり国政を崩壊させようとしていたんだよ」


 街の中で宣伝されている大衆小説や、人気の芝居の演目。そのあらすじぐらいはシズリとて知っている。

 リオンの話はまるで。

 

「物語に出てくる悪者令嬢みたい」

「はは、全くその通りだ」


 思わず出たシズリの感想にリオンは笑った。どこか呆れたような乾いたものだった。


「記憶を操作する怪物が倒せたなら、今回の獣だってリオンさんは何か対抗策があるってことなんですか?」

「まぁ、そう思ってしまうよな。期待させてしまってすまない。先に言ってしまうと、対抗策は全く無いんだ」


 剣を振り回すしか能が無いのだと肩を竦めた。


「10年前に殺した怪物のスキルは人の記憶に残らないというものだった。それに加えて、認識阻害やら幻覚やら強力な催眠能力まで持っていてね」


 魔物のような姿になっていたのは、自身さえ騙す強力な催眠による肉体改造らしい。だから本当は人間と何ら変わりない姿なのだと言う。

 

「じゃあ、その時はどうやって」


 純粋なシズリの疑問にリオンは目を泳がせた。

 とんでもなく卑怯な手を使っていたのだろうか。夢の中では正々堂々と戦っていたようだが。気になったものは仕方がない。

 何かしらの回答がくるまでシズリはじっと待つ。


「好きな子なら忘れられないし、ずっと見ていてしまうだろう」


 赤い顔を手で覆いながらリオンは絞り出した。ちょっと可哀そうになるぐらい赤い顔をしている。

 人の記憶に残らないスキルであろうと、好きな相手なら忘れたくないと本能で足掻く。強力な催眠を使われようと、好きな相手なら目で追ってしまうので効きようがない。

 そんな俗っぽい理由だっただけに、今回の獣相手には全く対抗策がないのだと言う。


「好きな子」

「……どこまで見たんだい?」

「魔物――いえ、その怪物ヒトの顔を滅多刺しにしてるところまで」

「最後までじゃないか」


 赤い顔から熱を逃がすようにリオンは大きく深呼吸をする。

 一応、何故滅多刺しにしたのか聞いてみたところ「あの子の最期を誰にも見せたくなかったんだよ」と。


(こういうのってヤンデレって言うのかな。やっぱり完璧な人なんていなかったんだ)


 強くて、優しくて、イケメンな完璧超人など存在しないのである。

 うわぁ、思ったよりヤバい人だった。そんな内心が顔に出ていたようだ。


「個人差はあると思うけど、シズリ嬢もそのうちわかるかも――しれないよ」

「そうなのかな!?」


 個人差で済む問題なのだろうか、とシズリは首を傾げる。

 とはいえこの少女。現状婚約者として一緒に居る神の首に一度、刃をブッスリと突き立てている所業を棚に上げている。


「と、すまない。話がズレてしまったね」

「わたしこそ」

「怪物は10年前に討伐されている。だから神託で現れるとされた怪物が気になるんだ」


 根本的な疑問が残るのだとリオンは言った。

 サンテラリア王国に怪物が現れること。現れる時期はちょうど現在の季節であること。

 その二つだけが信託として下されたのだ。


「10年前の怪物の能力が記憶に関するものだったから、街の人々が連想してしまうのはわかる。それなら、どうしてアカシア神はその獣を怪物だとしたんだろう」

「他の人から何か聞いたんですかね?」


 友神と会ってきたのだ。ましてやその友神はこの国の主神である。

 ヒトが知る以上に他の情報も持っていたのかもしれない。


「彼は、とも言ったんだろう」


 随分と無理やりじゃないか? というものがリオンの考えだ。

 ソルスティス神との取引があるにしても随分と性急だと思う。


「神様に何か隠し事があるとは思ってたんですけど」

「流石は人魔戦争における唯一の反逆神。一筋縄でいかないか」

 

 苦笑するリオンにシズリは思わず声を上げる。

 

「知ってたんですか!?」

「昨日ソルスティス神に招集された際、話してくれたよ」


 少なからずシズリは衝撃を受けた。してやられたのだ。


「神様が本当に隠したかったのはそっちじゃなかったってこと……!?」

「本命の隠蔽物の前にダミーを置く。うん、ヒトは一つを見つけるとそれが真実だとして納得してしまいがちだからね」


 では、あの神は本当は何を隠したかったのだろうか。

 自分達を害することはないと信じてはいる。だが、わざわざ念入りに隠されていたのだと思うとすっきりとしない。


「私は彼らを追いかけようと思う」

「付いて行ってもいいですか」

「もちろん。君の身体に触れる許可を」


 こくん、とシズリが頷くとリオンはさっと横抱きにする。

 肩に乗っていたイムもするりと自らポシェットに入った。


「舌を噛むかもしれないから、しっかりと閉じておくように」


 異性との触れ合い(アカシアと兄を除く)に普段なら悲鳴のひとつでもあげていただろう。

 しかれども今は二人の後を追うことしか考えられなかった。


 リオンの魔力が辺りを取り巻くのを肌で感じた。

 窓を開けると、彼は勢いをつけて窓枠を蹴る。そして屋根から屋根へ飛び移りながら街の外へと向かう。

 着地し、また蹴りあげる毎に景色が早く進む。シズリを抱えていてもこの速さなのだ。想像よりもずっと早くに追いつくだろう。


◆◆◆


 ――そして。


 追いついた時に獣の姿はなく。あるにはあるのだが、牛より更に一回り大きな狼はぐったりと倒れている。


「神様、兄さん。何やってるの」 


 お互いの服を赤く染めながら殴り合う二人の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る