8  路地裏の王子様

 彼はアカシアとはタイプの違う美形なのだ。


 ――凄く王子様がいる。


 路地裏に居たリオン・ノーマッドに関する第一印象だった。キラキライケメンは小汚い裏通りに居ても王子様なのだ。

 金髪碧眼の王子様。絵本で見た事のある王子様の条件を全て満たしていた。


 声をかけてしまったのは思わず、といった理由なのだから仕方がない。

 狭い路地で顔見知りであるのに素通りするなんて出来なかった。それが難しそうな顔をしている相手なら尚更。


「君は確か、シズリ嬢だったか」

「はい。一週間ぶりぐらいですかね?」


 とはいえ何を話していいかもわからず。

 どうしよっかなぁ、と何気なしにリオンの眺めていた壁へ目を向ける。


「あ、カルト教団の洗脳求人」


 でかでかと日給15万シェルと書かれている。

 すぐに稼げる! アットホーム! 食事つき&寮完備! などと今思えば怪しげな言葉ばかりだ。


 この求人の募集主はフーアン建設というらしい。シズリが引っ掛かりそうになった応募先とはまた違う。

 観光客も多く、綺麗な街の裏側を覗いたようで少しだけ怖い。


 都市神ルーセントとてどうにかしたいとは考えているのだが、人間の営みとして在る以上は必要以上に介入できない。

 人間の問題である以上は人間同士で解決するしかないのである。彼女にとっても頭の痛い話なのだ。


「フーアン建設といえば母体はキャレラファミリーか」

「キャレラファミリー?」

「ギャングだ。だが、つい先日壊滅していたな」


 なんでも、露店を開こうとする一般人二人組と揉めた際に乱闘騒ぎとなったらしい。

 そして小さな小競り合いから幹部格までもが出る事態となり、数時間後には壊滅していたとのこと。

 ……どこかで聞いた話だ。そっと知らないふりをした。

 

「似たような求人について何か知っているのか?」

「わたしが見た募集主は違う名前だったけど、カルト教団が信者集めに利用してるらしいですね」


 世間知らずが過ぎた己を恥じる。シュテレに声をかけられなければ監禁されていたかもしれないのだ。

 信じるべき神はたったひとりだけ、だというのに。


「良ければその話を詳しく聞かせて欲しい」


 一瞬目をそらした隙に、綺麗な顔面が近くまで迫っていた。

 ひゃあ、と声を上げる。

 綺麗な顔には慣れたと思っていたが、アカシア限定だったようだ。

 

「……大した話はないんですけど」

「構わない」


 ここでなんだから、と近くの飲食店まで移動する。

 持ち合わせに辞退しようとしたところ、驕りだと聞いてすぐさま飛びついたのだ。

 宿で待つ二人には悪いがもう少しだけ夕飯をズラしてもらおう。

 どうせ修羅場でいつも夜が更けてから食べているのだ。問題ない。


 シズリはおずおずと差し出された手をとる。

 行動の一つ一つが心臓に悪くて仕方がない。


 連れて行かれた先は観光客も多いレストラン。ドレスコードもない店のようで安心する。

 移動している最中、キラキライケメンが連れていく場所はどこなのだろうと少し不安に思っていたのだ。


「少し騒がしいから、気に入らなかっただろうか」

「いえ、このぐらいの方が落ち着きます」


 シズリが答えるとリオンはほっとしたように微笑んだ。

 

「良かった。私もマナーの要求されるような場所は疲れるんだ」


 身なりの良い人間は意外にも庶民派だった。

 聞けば、貴族の出らしい。驚かなかった。上品な所作といいむしろ納得した。


「クリームパスタとチーズリゾットになります」


 注文していた料理が運ばれてきた。

 ここはコース料理のあるレストランではなく、単品でさっくりと食べらる大衆料理店に近い。

 観光客の回転率で商売をしているので、こうやって食事をしながら軽い話をするのにうってつけの場所なのだ。

 

「ありがとう。パスタは彼女に」


 給仕が料理を運んできた給仕にリオンは礼を言う。

 そんな姿に貴族といえば礼を言わないものだと思ったのでシズリは関心する。

 高貴な人種は下に見られるような行為を嫌うと思っていたのだ。


「シュテレさん……えっと、私の働き先の女将さんから聞いた話なんですけど」


 注文したパスタを見様見真似でくるくると巻いていく。ホワイトソースとキノコの絡まりが絶妙だ。

 ごくん、と飲み込んでから以前聞いた話をそのまま伝える。

 スリに詐欺求人に観光都市には相応の闇があるものだ。


「そうか。君がその求人に捕まらなくて本当に良かったと思う」

「お恥ずかしい限りで」

「それに誘った私が言うのもなんだが、警戒心が無い」

「そんなことはないと思うんですけど」


 敵意や悪意を感じ取ると近づかないようにしているのだ。

 そう話すとリオンは大きくため息をついた。

 赤の他人に説教じみた話をしてまで、自分を心配するような人間だからこそ大丈夫だと思っているのに。


「いや、話が逸れたな。ありがとう。君の話はとても参考になった」

「それなら良かったです」


 シズリの話を精査していたのだろう。少しだけ黙り込んでからリオンは口を開いた。


「可能性は低いだろうが、権能の不調の可能性としてシャマク連合を調べてみよう」

「もしかしてカルト教団に信仰を歪められたかもしれないって最初から思ってたり……?」


 だからカルト教団に繋がる手掛かりとして詐欺求人を見つめていたのではないだろうか。

 リオンはその問に肯定した。


「だが、水面下でしか活動できない信者たちがどれだけ動いたところでルーセント神の信仰は揺るがない」


 蛇神ジャノメが信仰によって歪んだのは、残った僅かな村人――信者全てが呪いの神として信仰した為だ。

 ルーセントはクリアヒルズだけを数えても十数万人ほどの信者がいる。権能に不調が出るほど彼女の在り方を歪めるには足りない。

 それでも、一番の可能性がカルト教団の存在だった。


「私はシャマク連合の出している求人を探すとするよ。他の反社会組織もついでに潰せることだし」

「余計なお世話かもしれないんですけど」


――求人に出てたシャマク連合の住所、覚えてます。


 夢の内容をきっちり記憶している程度には覚えがいいのだ。

 一週間前、それもあんなに印象的だった内容なんて忘れられない。


 リオンから渡された紙に記憶の中にある文字列を書き写していると、ありえないモノを見る目で見られた。

 にわかに信じられないといった様に紙の内容をリオンは確認する。


「疑って済まない。この場所をあたってみよう」

「いえいえ」


 話が終わる頃にはちょうど二人とも食べ終わっていた。

 そろそろ帰ろうと席を立つ。


「ごちそうさまでした!」

「こちらも有意義な時間だった」


 宿まで送ろうとするリオンの申し出を頑として固辞し、シズリは別れた。

 さすがにあのオンボロ曰く付き激安宿を見せるのは申し訳ない。


◆◆◆


 宿では変わりなくやつれたアカシアとクオンが出迎える。

 

「今日は遅かったな」

「ご飯奢って貰ってた」

「変な奴に着いてってねぇだろうな?」


 続けざまに心配されるほどに頼りないのだろうか。シズリは首を捻った。

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