7 観光都市での日常
「軟体骨エビのパスタとクリアサラダになります!」
「ありがとう。そんなにたくさん抱えて大丈夫?」
「はい。体幹には自信があります!」
頼もしいわねぇと観光客の水着美女二人が笑う。
食べ終わった客の皿を頭と両腕に乗せてシズリは運んでいく。伊達に0.1秒単位の精密さを要求されるグリッジ行使をしてはいないのだ。
食事処ニーチェでバイトを始めて早2週間。順調にシズリは仕事を覚えていた。
伝票を書くのに、兄から習った文字は役立った。
村では全く必要のなかった知識が役立って驚いていると、シュテレは複雑そうな顔をしていた。
国をあげて識字率を高めているが、シズリの育ったような辺境地ではやはり二の次となっているのだ。
「お嬢ちゃん! 生ちょうだい!」
「はーい! すぐ持ってきます!」
下げた皿を流しに置くとシズリはビールをジョッキに注ぐ。
冷たいビールが出てくるのはいつ見ても不思議なものである。
「お待たせしました!」
「ありがとな! これ飲んだら会計お願い」
「はーい!」
持ち前の体力と体幹と記憶力を使い全力で仕事に励んでいたのだ。
表情豊かで幼げなシズリに観光客も優しく良くしてくれている。美味しい賄いにやり甲斐のある仕事。
人生で最もと言っても過言ではないほどにシズリはイキイキとしていた。
(宿で死にかけてる二人は大丈夫かな……)
一方、アカシアと兄であるが――過労死寸前となっていたのである。
アカシア印の手作りアクセサリーを死者の日の宣伝も兼ねて試しに少数販売したところ、売れに売れた。
商人証もないのに口コミが更なる口コミを呼び、ちょっとした争奪戦や転売まで始まっていたのだ。
押し寄せてくる客を捌き転売ヤーを処し、夜はアクセサリー制作という日々を送っていた。
(神様が凝り性なのも悪いと思うけど)
激安宿屋にいる二人は妥協を許さないアカシアと布の裁断といった雑務の他、帳簿をつけるクオン。
2週間にして凄惨なものとなっていた。
「シュテレさん、2番テーブルにヒルズサーモンパエリアとメッチャデッカ鳥の唐揚げ入りました!」
「わかったわ。シズリちゃんは、鶏肉を準備してちょうだい」
「はい!」
死者の日は1週間後。
世界各地で死者の日の祭は行われるものの観光都市クリアヒルズは特別に人が多い。
なんせ都市神自らがプロデュースし
その1週間前ともなればただの観光客に加えて死者の日を目当てにした観光客で溢れているのである。
いつもこの季節は店を閉めると言っていたのも納得の忙しさだ。
魔法で単調な動きを覚えさせた包丁がひとりでに野菜を切り続けている。
この魔法はシュテレによるものだ。彼女本人はスープの味付けに取り掛かっている。
「下げてきたお皿は流しに置いときました」
「ありがとう」
流しも絶賛洗浄魔法が稼働中だ。
魔石も使わず、本人の魔力だけで複数の魔法を同時に行使する様にシズリは驚いたものだ。
魔法に憧れて本によると、並列思考理論から始まり到底理解できないものだった。
小さな食事処の女将だと本人は言っているが、若い頃には魔導士として働いていたと知り納得した。
その魔法の技術は繁忙期における食材の仕込みにこうして大いに役立っているのだ。
ごく一般的な火起こしといった生活魔法しか使えないシズリにとっては未知の領域である。
魔法のコツを教えてもらったがやはり向いていなかった。
シュテレの説明は理論建てたもので、感覚でなんとなく掴もうとするシズリには合わなかったのだ。
どこがわからないかわからないと目を回していると、困ったような顔をされて少しばかり恥ずかしかった。
魔導レンジで食べ物を温められるのも、ビールサーバーからはいつでも冷たいビールが出てくるのも、シズリには初めて目にするものばかりだった。
この魔導技術に関してはシュテレも専門外で、ざっくりとした説明しか出来なかったが。
要は魔力が少なく、魔法を使う知識のない者でも魔法と同じ結果が出せる技術なのだ。
そして時刻は昼過ぎ
材料が無くなり次第営業は終了となる。
「お疲れ様。今日の賄いは、エビカツサンドよ」
「食べるのが楽しみです!」
サクサクの衣とぷりぷりのエビ。食パンは近所でも人気のパン屋から仕入れているものでもちもちとしている。
かわらず三人分ずっしりとした重みをもつカツサンドを両腕で大切に抱えるとシズリは店を後にした。
仕事が終わるとシズリま真っすぐ宿へ帰るようにしていた。
激安宿屋が並ぶエリアだけあって、治安が悪くなっていく。
観光客を相手にしたスリならまだいい方で、カツアゲなんてひどいものもある。
(昼間でもたまに嫌な気配とか視線はするけど)
山の野生動物と狩るか狩られるかの生活をしていたシズリは気配に敏感だった。
それに村の人間たちの機嫌を損ねないようにしていたので、悪意や敵意は何となくわかるのだ。
そのおかげで何度か危機を脱していた。
少しだけ日が傾きつつある路地裏を進む。
「あれ、リオンさん?」
じっと路地裏の壁を眺めて居たのは権能の不調を調べにきた調査員、リオン・ノーマッドだった。
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