9  素潜り漁と解体ショー

 週に一日食事処ニーチェには定休日がある。今日がその日だ。

 ニーチェで働き始めてから2回目の休みだった。


 人生で初といっても過言ではない何もない日にシズリは手持無沙汰になる。

 体内時計に従って起きたものの、やることがない。

 シズリは寝着から着替えると昨日の賄い――エビカツサンドを頬張る。

 やはりどこか観光名所巡りをしようと考えたところで、顔を洗い終わったアカシアとクオンが部屋に戻ってきた。


「よし、出かけるぞ」

「どうしたの急に」


 いつもはすぐさま針仕事をしていたはずのアカシアが今日は手を止めている。

 シズリの前に仁王立ちをして宣言した。


「ネタはあがってんだ」

「何の!?」

「今日、誕生日だろ」


 おそらくクオンから聞いたのだろう。目線を向けると兄は黙って頷いた。

 シズリですら忘れていた日だというのに。

 

 それにしても何やら朝から活力に溢れた神である。ここ最近のやつれ具合が嘘のようだ。

 シズリに指を刺しながらアカシアは口を開いた。


「何故オレたちが徹夜で作業をしていたか?」

「ひとつ、資金制作の為。ふたつ、納期短縮の為」

「おかげで資金はそれなり。死者の日の商品もストックが溜まってきた」

「今日一日何もしなかったとして何の問題もない」


 交互にアカシアとクオンが芝居の台詞のように連なっていく。

 修羅場によって神と兄の仲が随分と近づいたようで何よりだ。


「つまり、だ。今日一日は遊ぶぞ!」

「やったー?」


 身内の誕生日を祝う名目があるのならば1日ぐらいサボっちゃってもいいだろう。

 そんな日なのである。


◆◆◆


 降り立った場所は海水浴場。

 とはいえシズリは泳げない。ビーチで何をしていたかというと――


「図鑑によるとクリアアワビのようだ。サザエもあった」

「おし! 刺身と壺焼きにでもすっか」


 海辺のBBQバーベキューである。

 ソロBBQの経験を持つアカシアが機材を借りてくると全て準備をした。

 材料は市場で購入した野菜以外は全てクオンが素潜り漁で調達したものである。


 装いも漁に出ているクオンを覗いて二人はアロハシャツである。

 余談であるがアカシアも泳げない。参加者の3分の2が泳げなくても、海を楽しむ為のBBQなのだ。


「まさかお前、素潜りまで出来るなんてなぁ」

「自分でも驚いたな。でも、出来たのだからよかった」

「はは、なんでもアリすぎて面白いな」


 クオンが身体能力に物を言わせて採ってきた。この海岸は素手であれば漁の許可がおりている。

 食材調達をクオンがし、調理をアカシアが担う。本日の主役であるシズリは食べる専門である。


「……美味しいけど! 美味しいんだけど! わたしも何かやりたい」


 ちょっとばかし疎外感を味わっていただけだ。


 しかも先ほどから調理担当のアカシアと素潜り漁帰りのクオンはナンパを受けていた。

 普段なら怪しさしかないアカシアの色付き丸眼鏡もサングラスとなり、まさに海辺の兄ちゃんとなっている。


 お兄さん二人ともどう? なんて水着美女たちはシズリの姿を目にするとチッ子連れかよと去っていくのだ。

 誕生日を迎14歳となった今日をして成人の一歩手前だというのに。子供扱いはないだろうと不貞腐れた。


「んー、じゃあさっきクオンが捕まえてきたクリアマグロでも捌いてみるか?」

「難易度が1か100しかないの? もっとこう……貝をイイ感じに焼くとかあるでしょ」

「我儘め」


 素手の漁であれば許可がおりているのである。

 その大きさ、シズリの身長とそう変わらないマグロをクオンは捕まえていた。

 現在は前処理されたマグロが魔法によって氷漬けにされている。

 前処理をしている最中、返り血まみれのアカシアを見て「こんな殺人鬼いそう」と言ってしまったのは先ほどのこと。


「オマエは山の屋敷に籠っていたんじゃないのか? 何故マグロの解体にまで覚えがある」

「村に辿り着くより前にやったことがあんだよ」

「やはり多芸だな」

「褒めるな褒めるな」


 こうして会話をしている最中にもシズリは解体包丁を持たされている。解凍されたマグロの大きな瞳がシズリを射抜く。

 後ろからアカシアにがっちりホールドされていて逃げられない。助けてくれる兄も居ない。

 クオンの教育方針は“経験できるものはしとけ”である。

 サザエの壺焼きを口に運び、売店で買ってきたビール片手に「頑張れ」と頷いていた。


 獣を捌いた経験はあれどマグロは何故か怖い。

 たぶん目だ。ギラギラと輝く様が怖い。シズリはアカシアを刺した時よりも震えていた。


「今から解体をするのかい?」

「おじさん!」


 白衣の調理衣に身を包んだ彼は解体包丁の持ち主――ビーチ近くの魚料理屋大将ミツホシさん(56)である。

 マグロを捕まえたから包丁を貸して欲しいとハマグリを対価に交渉していた。

 包丁を貸したものの、その後が気になったミツホシさんは様子を見に来たのだ。


「こりゃたまげた。こんな立派なマグロだったか……これを素手で?」

「20分ほど水中で格闘をしました」

「兄さん人魚族かなんか?」

「ただのヒューマーです」


 市場でも中々お目にかかれないほど新鮮なマグロにミツホシさんは驚く。

 まるまると太ったクリアヒルズ特産のクリアマグロ。

 大した外傷もなく、完璧な前処理と冷凍保存によって鮮度が桁違いだ。


「この道40年。わしが捌こう! だから身を分けてくれんか」

「かみ……あなた! やっぱりプロに任せよう。どうせ3人でこんなに食べれないんだし」

「ったく、今回だけだぞ」


 神様と呼ぼうとして改める。事情を知らない人前なのだ。

 その呼び名は駄目だ。名前を呼ぶのはなんとなくムズ痒いが故の妥協案である。


「店から酢飯を持ってくるからな! 寿司にしよう」

「あのスシ!?」


 山の民とは縁遠い食べ物。

 はしゃぐシズリに隠れてクオンもわくわくとしていた。

 趣味や嗜好が他人よりも薄いと思っていたクオンであるが、彼は最近気が付いたのだ。

 本当に美味しい食べ物は何よりもの娯楽なのだと。




「一生分マグロ食べたかも」

 

 その後、シズリの誕生日会BBQは他の海水浴客を巻き込んだマグロパーティとなった。

 様々な味変を加え続けたもののついには油に勝てなくなった。


「来年は魚以外にしよう」

「兄さんでもさすがにダメだったか」


 3人分ほどを平らげていたクオンでさえ最後にはそっと皿を遠ざけていた。

 日持ちするものでもなく、残った分はミツホシさんに引き取ってもらったのだった。


「改めて、誕生日おめでとうさん」

「おめでとう、シズリ」


 誕生日なんて今まで気にしたことがなかった。それは兄も同じだ。

 アカシアの影響だろうか心境に変化があったのだろう。


「わたしも、ありがとう。すごく楽しかった!」


 わしゃわしゃと相変わらず下手くそにアカシアはシズリの頭を撫でる。


(兄さんの誕生日はわたしが何かやろう。神様に誕生日ってあるのかな?)


 当たり前のように来るの計画をシズリは考えた。

 なんでもない日が特別な日へと変わった瞬間だった。

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