10 王子様の暗躍
休みが終わればすぐにまた労働。
とはいえシズリは労働が嫌いではない。村に居た頃の謎の祈祷といった日常に意義を見出せなかっただけだ。
給金も出て、美味しい賄いがあって、客からも感謝される毎日。今の日常はしっかりと意義を見出せる。
「えっ、シズリちゃんが、昨日、誕生日だったなんて」
「わたしも言われるまで忘れてました」
店内の清掃をしていると昨日は何をしていたの? なんて話の流れになった。
シュテレは新メニューの考案をしていたらしい。それでシズリは誕生日に食べたマグロを思い出したのだ。
昨日は最終的に他の見物人も加わったお祭り騒ぎとなった。そしてやる気に満ち溢れたアカシアとミツホシさんによりありとあらゆるマグロメニューが出されたのだ。
「そう、だったのね」
ショックを受けたようにシュテレは考え込む。
誕生日の捉え方は人それぞれなのである。娘を亡くしているという彼女は何か思うところがあったのだろう。
「そんな深刻そうな顔をしなくても」
「今日の、賄いは、期待をしていてね」
「やった!」
上機嫌でシズリは店の開店作業へと向かう。
店内掃除が終われば次は店の外だ。マナーの悪い観光客もいるもので、店の前にゴミが捨てられていたりする。
「吸い殻ぐらい持って帰ったらいいのに」
今日はパンの包み紙といったゴミは少なかった。
その代わりいくつかの吸い殻が捨てられていた。文句を言いながらシズリはゴミを集める。
「4号室のお嬢ちゃんじゃないか」
「ロビーのおじさん」
「え、俺そんな覚え方されてるの」
シズリを呼び止めたのは激安宿屋で店番をしている男だ。
名前を聞く機会もなかったのだから仕方がない。
「俺はアルフだよ。お嬢ちゃんは確かシズリだったか」
宿泊名簿に書いた名をアルフは覚えていたらしい。
普段は客の名など覚えないが、シズリのことは妙に印象に残ってたのだという。
「そういえば最近どこに居たんですか? 久しぶりに会うような」
「ああ、店番が日雇いの仕事だったからな。今は他の割がいいとこで働いてるよ」
彼は冒険者だった。
冒険者ギルドのカードがそのまま身分証明となる。“依頼”という形で仕事を取れるのだ。
何故激安宿屋の激安給金で仕事をしていたかというと、その冒険者たる身分を示すギルドカードを紛失していたのだ。
しかも直前に賭博で全財産を消し飛ばしていた。仕事を受けようにもギルドカードの再発行に時間がかかる。
だから再発行まで、名前を書くだけで働ける曰く付き宿屋の店番をしていたのだ。
どうしようもない大人なのである。
「あのオバケ宿屋、店番も入れ替わりが激しいらしいな。俺は何も感じなかったけど」
「うちの人が消し飛ばしてたから、それまではナニかが普通に居たみたい」
「まじで? 零勘で助かった」
後から聞いてぞっとする話もあるものだ。
話を変えようと掃除中のシズリとニーチェの看板にアルフは目を向けた。
「ここで働いてるのかい?」
「はい。そろそろ開店なんだけど、どうですか」
「じゃ、朝飯と仕事前の一杯でも貰おうか」
「仕事前に」
大人は飲まないとやってられないんだと豪快に笑った。
シズリは手早く掃除道具を片付けると店内へアルフを案内する。
いつもの開店時間より少しだけ早いが誤差だろう。
「一名様ご来店!」
「いらっしゃいませ」
「俺が今日一番乗りか」
テーブルかカウンター席かを聞く。
どっちでもいいと言われたので海辺が見えるテーブル席に案内しておいた。
「モーニングセットコーヒー抜きの生くれ!」
「はーい!」
他に客のいない店内、シュテレにも聞こえていたようだ。
トースターをセットしながらベーコンを焼いていた。シズリは先にビールだけ持っていく。
「元気に働いてるな」
「楽しいですよ」
「おじさん若者が眩しすぎて目が潰れそう」
大げさに目を覆う。
そんな茶番劇を繰り返しているうちに料理が完成したようだ。
トースターの完成を知らせる音を聞いてシズリは取りに行く。
「あの人は、知り合いなの?」
「わたしの宿泊先の店番だった人です」
「あの……。元気そうで、良かったわ」
意味深な間を置いてシュテレが微笑んだ。
歴代店番が謎の体調不良を起こしているなど、地元民の間では大変有名な話である。
更に余談であるが、シズリたちは今のところ2週間と少しにして最長宿泊客だった。
◆◆◆
人通りの少ない路地裏。
アルフ・サリヴァンは煙草をふかしながら壁に背を預ける。
彼は冒険者だ。冒険者とは依頼を受けこなすもの。
傭兵が行わないような雑務ですらこなす。戦の少なくなったこの世の中ではむしろ冒険者の方が多い。
今回もそんな仕事だった。街の異変に関する聞き取り調査。
それも武力を伴う解決が必要な可能性のあるもの。アルフは雇い主を待つ。
「すまない、遅れた」
「どうせ人助けでもしてたんでしょ。そんなに待ってませんよ」
煙草が短くなった頃に相手は現れた。付き合いも年単位である相手。多少の遅刻は慣れている。
アルフは薄暗い路地裏には不釣り合いの人物――リオン・ノーマッドに目を向けた。
「ノブレス・オブリージュってやつですか。今回は何をしてたんで?」
煙草を路上に捨てようとして、やめる。今朝会った少女が吸い殻の掃除をしていた姿が頭をよぎったのだ。
指先ひとつで火を消すと乱雑にポケットへ押し込んだ。
「海岸のゴミ拾いだ。スライムすら住み着かないほどのゴミで困っているようだったから」
「炎神と太陽神の加護を賜りし炎天の英雄にして怪物殺し」
詠うようにアルフが口にする。
まったくこの人は、と呆れが声に滲んでいた。
「んでサンテラリアの王子サマで特務官がゴミ拾いなんて誰が思うのか」
「遅刻に関しては本当にすまない」
リオン・ノーマッド
この名は市井で活動する際の名である。
本名をレオンハルト・ノマド・サンテラリア
彼は王都サンテラスを有する大国、サンテラリアの第二王子だ。
国を蝕む怪物を殺した実績を持ち、特務官の中で最も武力に特化した人物だった。
とはいえアルフとて長い付き合いになる。今や気安く声の掛けられる人物である。
「あんたに頼まれた客観的意見。言わせてもらうとシズリ・ラーフはカルト教団には関わってなさそうですね」
「そうか。ならばいい」
「調査を頼んどいて、あんたも最初から疑ってなかったでしょ」
店の前に居たのも偶然ではない。ここ数日、アルフはシズリの監視をしていた。
博打で全財産を失い日雇いで店番をしていたのも事実だ。
だが、つい先週リオンから雇われて以来は監視が中心だった。
「あの少女は少しだけ他の人間と気配が違った。教団と繋がっている可能性があるのならば潰すに越したことはない」
「カルト信仰で加護を手に入れてる可能性でしたっけ」
加護とは神より賜る力である。が、例外もある。信仰心によって神の力に近づく人間がいるのだ。
神とは人間の信仰により力を得る存在。
であれば、カルト教団がたとえ偽りの神を信仰したとしても神の力には変わりない。
「シズリ嬢の纏うものは神の持つ気配に似ていたと思ったが……思い違いだったようだな」
「俺はそういった気配だとかはわからねぇですからね」
リオンが感じ取った気配はアカシアのものだ。
本人の知らぬところで要らぬ疑いをかけられていたのである。
「もしカルトとやらに関わってたらどうしてたんです?」
「しっかりと事情を聴いて然るべき場所へと身柄を渡す」
一向に進まない権能の調査。光明が差したのはシズリから聞いたカルト教団についての話だ。
今は着実に追い詰めつつある。リオンが休息をとるのは全てが解決してからでいい。
「死者が蘇る日、ねぇ。バカげた教義でもイワシの頭もなんとやらって言いますしね」
「そうだな。一刻も早く全員捕縛せねばならない」
既に捕縛しているシャマク連合の信者が言った言葉をアルフは口にする。
故人への思いを馳せる死者の日。
その日に込められて意味をシャマク連合は教義により改変していたのだ。
死者の蘇生は世界共通の認識として禁忌だ。そのような信仰はまさに邪教というもの。
ルーセント神の権能不調。
直接の関係があるのかはさておき、リオンたちはシャマク連合の捕縛を目的として動いていた。
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