【番外編】心臓を打ち抜かれた日

 鬱蒼とした山中。日に日に山は人の立ち入りを拒むかのように暗くなっていると感じていた。

 近頃では事故が相次ぎ、木々の伐採すらままならなくなっていたのだ。当然人の手が入らなくなった山は荒れていた。

 クオンはそんな険しい山道をひたすら登る。


 屋敷への参道はまだ整備されているものの時間がかかる。

 最短距離を突っ切っていた。魔力による身体操作に優れたクオンにしか出来ない芸当だった。

 ふと参道への入り口を見下ろすと花嫁行列がすでに成されていた。


 籠を担ぐ男衆たちのまとめ役、村長の息子には既に話をつけてある。

 要は口うるさい巫女に知られなければいい。自分は先に行くから籠を運び、適当な所で帰るように言っていたのだ。


「シズリの商談は終わっただろうか。悪くない所に買われるといいのだが」


 ここでひとつ、クオンには誤算があった。

 人間は合理的に思考をするものだと信じすぎていたのだ。

 まさか、行商人を抹殺して商品を奪いはしないだろうと。だって、いつかバレるというのにあまりに非合理がすぎるだろう。

 外からの物資を仕入れようにも渡すものが無い。ならばシズリを売るだろうと、そう考えてのことだったというのに。

 結果は凄惨なものだった。クオンが思っている以上に人間は目先のものに囚われているのである。


 何はともあれ木々の枝から枝へ、大道芸もかくやという動きで直進していると屋敷が見えてきた。

 軽い音を立てて枝から飛び降りるとクオンは乱れた服や髪を整える。


 美しく管理された庭園を抜けて、扉の前に立つ。

 ドアベルもなくどうしようかと悩んだところで素直に正攻法で尋ねた。


「すまないが開けて欲しい」


 ドアのノックは3回。一般的な常識に伴った方法だ。


「誰か居ないのか」


 返事がない。

 続けて6回、9回と3刻みでノックし続ける。誰かかしらの返事が無いと生贄として困るのだ。


「ジャノメ神よ、居るのなら返事を――」

「うるせぇ! 今天ぷら揚げてるんだよ!」

「それはすまない。邪魔をした」

「あ? お前は」


 人間の造形に全く頓着のないクオンが思わず息を飲んでしまうほどの美貌。

 どこを切り取っても美しいといえる男がエプロンを付けたまま出てきた。


「村では凶作が続いている。俺はその生贄だ。神嫁といったか」

「まだ時間があるはずだが。そもそもどうやってここに来た。お前、参道を通ってないだろ」


 少なくともここは神の領域。参道以外の道からは辿り着けないはずだったのだ。


「普通に目に見える範囲で最短を走り抜けてきた」

「――……は? 正規ルート以外を通っただと」


 神は絶句していた。

 それもそのはず。神の領域とはまさに異界。

 おいそれと人間に入られるわけがない。唯一の道が村から屋敷へと続く参道だったのだ。

 それを「他の場所よりも言われてみれば身体が重かったな」などと。

 人除けの結界をクオンは肉体の強さだけですり抜けてきたのだ。


「天ぷらはいいのか」

「全部揚げてきたから気にするな。お前たいがいにマイペースだな」

「そうでもないと思うが。あと俺はクオンだ」

「絶対にマイペースだな」


 立ち話もなんだし、と屋敷へとクオンは案内される。

 しっかりとした豪奢な屋敷のわりに中はシンプルだった。

 必要なものが必要なだけおかれており、活けられた花から生活感がする。

 珍し気に眺めていると少しだけそわそわとした神が話しかける。


「それは今朝摘んできた花でな」

「神が自分で……?」

「暇だからな。ガーデニングぐらいしかやることがないんだよ」


 暇だというのは本当らしい。

 クオンが聴いても居ないのに神はしゃべり続ける。

 ガーデニングのコツから調度品のDIYやら話は多岐に渡る。村に一切姿を現さない神は話好きだった。

 ダイニングに案内されても話は終わらなかった。


「でな、この山菜の天ぷらは採れたてだから美味いぞ。このナスは庭の畑で採れたやつだし」

「食べろということか」

「自信作だぞ」


 にこやかに神が勧める。

 領域のの権能として食べ物の他さまざまなものを生成できるが、あえて自家製に拘ったのだと。

 わざわざ手間暇かけて作ったのだ。

 

「それにどうせ死ぬんだから最期ぐらいは美味いもん食べたほうがいいだろ?」


 上機嫌な様を崩さずに神は言い放つ。


「オレは嫁とかいらないしな」


 生贄として死ぬ相手に憐憫すら向けていない。ただのついでで馳走を振舞っているのだ。


「それについて話がある」

「ん? 逃げたいなら別にいいぞ」

「違う、逃げる気はない。俺の願いを聞いてほしい。その為に決闘を申し込みたい」


 試練として決闘を申し込む。

 神は試練を受ける人間を好む。そして試練に打ち勝った人間には褒美を与えるのが通例だ。

 クオンは二つの願いを神に提示する。


「そうだなぁ、妹の方は保留。試練だけじゃ対価が足らん」


 ヒトの人生は重いんだぞ、と説教臭いことを言う。

 妹を救う。

 その願いを叶えるにあたり。救うの定義付けが難しいらしい。


ジャノメオレについてか。そんぐらいなら試練の結果次第だな。話したところで何も変わらん」

「今はそれでいい。では――」

「まぁ座れ、腹ごしらえが先だ。せっかく作ったのに冷めちまうだろ」


 試練の失敗は死を意味する。

 命を懸けて神に力を示すのだから当然だろう。

 ならば、やっぱり美味しいものを食べてから逝った方がいい。紛れもなく神の善意だった。


◆◆◆


 ほどなくして。

 中庭で神は壁に背をして座り込んでいた。


「――ジャノメの話はこんなもんかね」

「ああ。オマエがほぼ無関係な通りすがりであったとは」

「マレビトと言え。たく、観光地巡りしてたらこんなに長く留まるなんてな」


 軽く500年はジャノメとして存在していると話す。

 確かにそれほどの時間があれば村人たちの信仰も薄まる。


 虚空から瓶が2本現れた。

 領域権限で生成したのだろう。咄嗟にクオンが受け取るのを見ると神は喉をならして飲み干す。

 中身はただの水だった。


「で、妹の話だが」


 神は一呼吸置いた。


「お前が嫁ぐならいいぞ。お前の人生を貰うんだ。妹の人生を弄る対価としては妥当だな」

「わかった。構わない」

「即答かよ。普通は理由とか聞くだろ」


 クオンは妹が助かるという結果があるのならどうでもよかったのだ。

 理由を聞いてほしそうな神にクオンは渋々尋ねる。


「先程、嫁は要らないと聞いたが?」

「訂正する。クオン、お前のことが気に入ったんだ」

「気に入る要素があったのか」


 妹は例外として、生まれてこの方クオンは人に気に入られた覚えが無い。

 変わらない表情や、幼い頃から子供らしからぬ様に不気味だと言われてきたのだ。

 この神はよほど趣味が悪いのだろうか。それをそのまま声に出していた。


「失礼な」

「事実だ」


 大きく神がため息をついた。わかってないなぁとぼやく。


「神の元までたどり着き真実を求める度胸。しかもオレを再構成させるなんざ気に入らねぇわけがない」

「そういうものなのか。ドMならば仕方が無いな」

「お前の解釈どうなってんだ?」


 違うからなと否定する。

 試練――決闘を行った際に、神は掌打の一撃によって文字通り心臓を打ちぬかれていた。


 相手が人間だと舐めてかかってはいたものの、油断はしていなかった。

 神域を生身で超えてくる人間相手に油断できるわけがない。

 だというのに、結果は一瞬だった。


 ここがジャノメの神域である以上、心臓が消し飛ぼうがすぐに再生出来るのが救いだ。

 とまぁクオンを気に入った理由を述べたところで一番の理由は違う。


「オレが作ったもん美味そうに食べただろ」

「見間違いではないだろうか」


 この表情筋だぞと暗に伝える。


「顔じゃねぇよ。だってお前、あんだけあったのに完食したじゃねぇか」

「すごく美味しかった」

「ほらな」


 黙々と食べる姿が気持ち良すぎて追加で揚げたほどだ。

 今までは食事を用意しても生贄たちが口にすることはなかった。ひどい時には机から落とされたほどだ。

 当然といえば当然。神の倫理観について来られなかった。


 話の分かりそうな神がにこやかに、お前はこの後で殺すけどご飯食べる? などと言ってくる。

 正気を保てるはずもない。クオンが特殊事例だった。


 だからこそ、彼のことを神は気に入ったのだ。

 この先も一緒に居たいと思えるほどに。


 これより少しして。

 シズリが尋ねて突っ込んで来るのであった。

 しっかりと施錠して迎え撃った神は死に、日ごろから整えていた庭園に加えて屋敷も大破するのである。

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