観光都市

1  新天地

 薄暗く、隙間風の入る安宿。

 とてつもなく薄い壁はプライバシーの欠片もない。艶声はおろか寝言まで聞こえてくる。それも両隣から。

 まさに劣悪な環境の中で男女三人は詰め詰めとなって固まっていた。


 淡々とした表情のままクオンが口を開いた。

 表情こそ変わらないが、声が少しだけ固いようにシズリは感じる。

 

「――報告。このままでは3日後に資金が尽きる」

「歩きで王都まで行くしかないってこと?」

「違う。3日後には野宿になるということだ。明日からの食事を野ネズミで凌いだ計算で」


 思った以上に差し迫っていた。

 ちくちくと針仕事をしていたアカシアが顔を上げた。


「落ち着けよ、オレの飯は抜いていいから」

「元より計算に入れていない。食わなくても死なないだろう」

「まぁ神様のせいだしね」

「ヒトの心が無いのか?」


 ただでさえ狭い部屋の更に隅でいじけた神は置いておいて。

 この資金難はシズリが言うようにアカシアによるものだった。


 ここは故郷の村から(徒歩1ヶ月はかかる)最寄りの街――潮風香る観光都市クリアヒルズ

 王都へと向かう中継地として身を寄せている街である。


 街に着き、ラサーティドと別れるなり服屋へとアカシアは向かった。

 そしてああでもないこうでもないと唸りながら何点か購入し、今度は生地屋へ駆け込んだのだ。

 結果、次に会うときに返す約束でラサーティドから借りた金の大部分が消えたのである。


 手持ちと相談して街で一番安い宿の一番小さい独房のような部屋に三人で身を寄せているわけである。

 そして神が何に金を叩いたかというと。


「わたしたち、別に全裸以外ならなんでもいいんだけどな」

「衣服とは外傷から身を守るものだからな」


 シズリとクオンの衣服を買っていた。


「何でもよくねぇだろ。服ってのは個を示すものなんだよ」

 

 宿の部屋に入った瞬間「脱げ」と浴びせてきた神に二人は硬直したものの、買ってきた服を並べられると着替えるしかなかった。

 兄妹ふたりで顔を見合わせてからその場で脱ぎだした時には流石の神も焦っていたが。

 ついでに採寸もされた。


「それにしてはシンプルな気もするけど」

「洗練されていると言え」

 

 お互いに白黒のモノトーンで揃えられており、スカートとズボンという違いこそあれど姉妹コーデならぬ兄妹コーデだ。

 肌ざわりにしろ渡された服の着心地はなかなかに良かった。


「お前たちのボロ服は見てられん。更に似合うものを仕立てるから待てよ」

「器用だな」

「500年暇を持て余してたら多趣味の多芸にもなんだよ」


 生地は出来合いのものが気に入らなかったアカシアにより現在絶賛縫製中である。

 被服を司る神でなくとも、時間さえあれば趣味の延長でプロ顔負けの腕前になるのだ。


「なんで神様は色眼鏡なんてしてるの?」

「似合ってるだろ」

「似合ってはいるけど」

 

 アカシアも魔力で兄妹と似た服を編み、揃えてきていた。違うのは色のついた眼鏡。

 丸いフレームがなんとも胡散臭い。

 ギャングの怪しげな幹部格みたいだと通行人にひそひそとされていたのは知らぬが方がいいだろう。


「オレのだよ。人間とは違うからな。神だと知られるのも面倒だ」

「ああ、なりふり構わない人間が居たら願いを口にされるだろうな」

「それだ。オレひとりなら聞いてやらんこともないが、お前たちに纏わりつかれるのは嫌だ」


 神特有の気配ならば消せるが姿を変えるとなる話が変わってくる。

 暗闇でさえ耀き続ける瞳を人間ヒューマーのように偽装するのは難しいのだ。

 丸眼鏡によってだいぶ怪しい印象になっているものの、かえって怪しさが先行して神だとは気づかれないだろう。


「で、明日からのご飯どうする?」

「いきなり話を元にもどすな」

「そっちの方が大切だし」

「血濡れのボロ服着てる兄妹のが問題あるだろうが」


 クリアヒルズに来る道すがら、商品のひとつであった衣服をラサーティドから譲り受けた。

 だが、街に着く頃には無残な姿へと変貌していた。

 シズリの傷が開いたり獣を絞めた際の返り血を浴びたりと大変だったのだ。

 そんな異様な見た目でもラサーティドの行商人手形によって入れてもらえたのである。クリアヒルズが冒険者や行商人の往来が多い街であるのも助かった。


「なんか仕事ないかな」

「手堅いのは冒険者ギルドで登録証を申請することだが」

「わたしたちの身分、無いもんね」


 冒険者ギルドは旅人たちの身分証明を兼ねている。

 ギルドの登録証があれば街の往来や仕事の仲介をしてもらえるのだが、シズリたちはそもそも証明される身分が無かった。

 孤児であろうともギルドから信頼される人間が保証人となればよいのだが、そんなコネもない。

 ラサーティドに頼もうとしたものの、彼はまだまだ新人の域をでておらず信頼が足りなかったのだ。

 世知辛ぇ世の中である。


「しょうがねぇな。オレが一肌脱ぐか」


 重い雰囲気になってきたとき、アカシアが声を上げた。

 

「何か案があるのか」

「ここはひとつ、神らしいとこを見せてやらんとな」


 何をもって神らしいとするのか。

 全く意味がわからない。

 

「ほら、行くぞ」


 てきぱきと裁縫道具を片付け始めるとアカシアは立ち上がった。

 ろくでもない気がするな……なんて思いをシンクロさせて兄妹も神に付いていく。

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