2 賭博と権能
シズリは既に帰りたい。
だって、あまりにも場違いなのだ。
すっかり日も暮れてヒトの賑わう居酒屋、がっしりとした冒険者たちの間に混ざっているなんて。
「おおおお! 嬢ちゃんに勝ったぞ!」
「ほら、配当はもらうからな!」
「どうだい、もういっちょやるかい?」
ちらりとアカシアを見る。「もういいぜ」と唇が動いたのを読み取った。
転がったサイコロを片付けて主催に渡す。
「えっと、大丈夫です。楽しかったです」
「そうかいそうかい。負けたのは残念だったな。そうだ、小遣いぐらいはやるよ」
「ありがとうございます……」
ちゃりちゃりと数枚の硬貨が渡されたのを両腕で受け取る。
冒険者が目につくが、日雇い労働者も多い居酒屋だ。
こうした小さな賭け事をしては騒ぎ立て、日々の疲れを飛ばしているのである。
「あの胡散臭い兄ちゃんにもよろしくな」
冒険者たちの輪からシズリが出たあと、また最初からシズリが居なかったかのように喧噪が戻った。
「……重」
シズリが持つのは手のひらほどの巾着袋。
しっかりと
向かう先は端の方で飲んでいるアカシアと兄の元である。
「神様! 何とかするって言ったよね! 賭博なんて聞いてないんだけど」
「でも稼げたろ」
「そうだけど!」
一肌脱いでやると言った神に連れてこられた場所は冒険者たちの集まる居酒屋だった。
それもたいがいに治安が悪そうな雰囲気の。
アカシアに「賢そうな顔をしとけよ」と言われるやいなや冒険者たちの群れに放りこまれたのだ。
『うちのお嬢が興味をもってな、教えてやってくれ』
なんて言葉と共に。
賭けた金額は全財産である。
三人が安宿に泊まれるだけの金額ではあるが、冒険者たちの娯楽の金としては高い。
そんな金をあくまでもはした金かのように振舞って出したのである。その姿はまさにギャングとそのお嬢であった。
「けっこう負けたけど、それでも元の金額よりは増えたのが救いかも」
「だろ?」
勝率は主に半々といったところ。
程よくはらはらとする賭博の結果に冒険者たちも楽しんでいた。
「……おかしい。こんなに上手く勝って、負けることがあるのか?」
静かにエールを煽っていたクオンが訝しむ。
「わたし何もしてないよ!?」
「そうだな。ナニかをしているのは――」
アカシアを揃って見る。
ネタ晴らしはあっさりとしたものだった。
「ご明察。権能だよ、オレの」
権能とは神が持つ力である。世界の管理者たる神が持つ力であり、絶対の権利だ。
人間の持つスキルのような個人で完結する能力ではなく、世界が引き起こす力といえる。
「オレが定めた対象の確立を50%にする。今回はシズリの勝率を50%にしたんだよ」
「それって凄いの? 100%ならまだしも」
「生意気な口だなぁ」
「いひゃい」
もにゅもにゅとシズリの頬をアカシアはこねくり回す。
ひととおり満足するまでパン生地のように捏ねられた。ひりつく頬をシズリはさする。
憎らし気にアカシアを睨みつけていたが、渡されたオレンジジュースでひとまずの機嫌はとられておく。
負ける確率が50%
だが、勝率の配当までは触っていない。シズリが勝った際の配当が負けた分を上回っていた。
「あいつらがやってる配当倍率じゃ、半分も勝ちゃ儲けになるからな」
「イカサマを疑われたらどうする」
「んなの、他の奴らが居る前で最初から不利な条件ふっかけてるって言うわきゃねぇだろ」
賭博とは主催が儲かるように出来ている。だが、最初から主催がイカサマを仕掛けているなどと公言するはずもない。
「怖い兄さんが出てきたらそんときは頼むぜ、センセ」
最終的にものをいうのは“暴”の力なのだ。
ニヤつきながらアカシアはクオンの方に手を置く。
「神とはこれほどの権能を皆使えるものなのか」
すぐさま肩の手は払いのけられた。
兄の言い方は、まるで凄いことのようでシズリも聞き入る。
「いんや。だいたいの神にはベースがあるだろう」
世界そのものが人間から信仰され、人格を得たものが神だ。
村で信仰されていたジャノメは白蛇が信仰されたものであったように信仰の元となる存在がある。
「呪いの神になっちまったけど、ジャノメは蛇だからな。元の権能は豊作とか恵雨とかそのあたりだな」
蛇や狐が
ジャノメもその例だった。
「ならばオマエは?」
窓越しにアカシアは空に向けて指をさす。
「星」
指の先、月のない夜空には星が殊更明るく煌めいていた。
「人間は星の位置で運命を
50%だけどな、とアカシアは続けた。
されど50%
イカサマが仕組まれていたように、既に決まりきった確率の操作は破格に違いなかった。
「権能行使が可能な範囲はあるのか?」
「今やったお遊び程度の賭博なら弄れるが、流石に億万長者になるか否かみたいなのは無理だ」
運命が変わる人間が多いほど、事象操作の権能行使は世界からの抵抗が大きくなり難しいのだと言う。
イカリングを頬張りながらシズリは相槌を打っていた。
クオンのエールに手を伸ばそうたところそっと遠くに置かれる。アカシアのエールに手を伸ばそうとしても同様。
諦めて残りのオレンジジュースを飲む。
「創世記なら好き勝手出来たんだがなぁ」
「スケールが大きい」
「ま、そんだけ世界がしっかりしてるってこった。一柱の権能でいきなり大陸が海底に沈むとか嫌だろ」
大きな力を使うにはそれ相応の代償がいる。
そうやって神々が相互に監視し、世界の均衡を保っているのである。
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