12 因習村に咲いていた花は

 なんとなく話がまとまりそうな時、クオンが声をあげた。


「あ? こいつ13だって聞いたが。ならあと数年もすれば問題ないだろ」

「駄目だ」

「オレは倫理観のある神だからそれぐらいは待つぞ」


 妙に律儀なこの神のこと。待つと言ったら待つのだろう。

 が、クオンは首を振る。


「住所不定甲斐性無し名無し神に妹を任せられると思うのか?」

「うぐっ」


 クリティカルヒットした。

 地味に気にしてはいたらしい。

 

「そうだった。やっぱりわたしも兄さんを任せられない。住所不定無職甲斐性無し名無し神様はダメかも」

「お前がその一端を担いだんだろうが!」


 いい加減ぐだぐだしてきたところで。


「わーったよ、そんなに言うならオレの名前ぐらいは付けてもらうぞ」


 ヤケクソ気味に神が言った。

 確かに呼べる名が無いのは不便だとシズリも頷く。ラサーティドだけは尋常でないほどに驚いていたが。


 神に名付けを行うなど、このような場で決めてしまうものではない。

 どんな末端の神だろうと然るべき場所、然るべき人間が行うのだ。

 名とは、神によっては呼ぶことすら不敬として赦さないほどに意味を持つものなのである。


 それをこの男神ときたら、あっさりと自らの在り方を委ねた。


「兄さん、お願い」


 こういったことはクオンに任せるのが一番いい。知識も豊富な兄ならばきっと良い名が思い浮かぶだろうと。

 すぐさまシズリは投げる。

 クオンは3秒ほど目を瞑り口を開いた。

 

「わかった。ではお前の名は“アカシア”だ」

「いや、早すぎるだろ。ペットの名付けより早くね?」


 熟考の時間が神はお気に召さなかったらしい。

 

「ちゃんとした意味があると思うよ」


 一応兄はいつもこんな感じだとフォローは入れておく。3秒考えただけ長い方ではないだろうか。

 基本的に即決即断で動く人間なのである。


「まぁいい。由来は虚空アカシャといったところか。何者でもない、この空間にただ存在しているだけのオレにぴったりの――」

「違うが」

「どうるすんだよ。めちゃくちゃキメ顔で語っちまっただろうが」


 若干顔を赤らめて神――アカシアが抗議する。

 そしてシズリとて、難しそうな云々を聞いてやはり兄は博識なのだと感心していたというのに。


「今日、村にアカシアの花が咲いていた。だからそう名付けた。シズリ、今朝オマエが指をさした黄色い花だ」

「思った以上に薄い由来だったな」

「オマエにとってはな」


 あの黄色い花の名を思わぬところで知った。

 アカシアは薄い由来だと言ったが、兄と見た黄色い花は今日の始まりみたいなものだった。

 変わらないと思っていた日常が変わった特別な日。印象に残っていた花と同じ名前。


「アカシア。わたしもこの名前がいいと思う」

「気に入ってねぇとは言ってないだろ。脱名無ししたところで権能のひとつも使えるようにはなるか」

 

 神様を殺したり、蛇神様を殺したり、村が全壊したり。

 いろいろなことがあったけれど全てたった一日の出来事だった。

 長いようで、短い時間だったのだ。気が付いたら結婚話にまで進んでいた。


「次は脱・住所不定無職甲斐性無し目指して神籍登録にでも行くか。クオン、それなら文句ないだろ」

「ああ」


 名のある神は全て神籍登録される。人間の国が住民の管理に使う戸籍のようなものだ。

 この登録証があるだけで有象無象から待遇が変わってくるのだという。

 新たに神域、またの名を領域マイホームすら築けるのだ。


「ラサーティドといったな。近場の総社すべやしろはどこだ?」

「はィ!? 総社すべやしろと言いますと……?」

「神籍登録する場所だよ。あ、もしかして今はなかったりするのか?」


 少し悩んで。思い当たる場所があったようだ。

 

「神役所のことですネ。それなら王都サンテラスに」


 何処だそれ、と首を傾げるアカシアにラサーティドは地図を見せる。

 おおよその現在地と王都サンテラスを指で示す。物珍し気にシズリは覗き込んだ。


 「オレの知ってる地名がほぼ皆無だな」


 下手をしたら何千年単位で放浪し、山奥に引きこもっていたアカシアだ。

 文明の発展から取り残されていた。神の時間は人類の時間と違うのである。


「神役所がある以上、ここに行くぞ」

「すごく遠いみたいだけど……」

「一刻も早く脱・住所不定無職甲斐性無しをせねばならんからな」


 刺されても気にしていないそぶりであったのに、アカシアは言われた言葉を根に持つタイプだった。


「ボクもその案は悪くないと思ウ。ここには出稼ぎのヒトや布教しにきた神様も沢山いるかラ」

「仕事があるのならばいいな。キミにした借金も返したい」

「不可抗力っていうか……しょうがなかったから、もういいんだけド」


 特に大切な商材はしっかりと回収できていた。だから因習村から脱出する為の必要経費だと割り切ったのだという。

 王都サンテラスはラサーティドの所属する商会の本拠地でもある。だから王都に着くと自分を尋ねて欲しいと言った。


「一緒にいかないの?」

「次の仕入れがあるんだ。だからここから最寄りの街に着いたらそっちへ行かないト」


 今回の報告書をどうしようとラサーティドはげんなりとしていた。

 村に辿り着くと殺されかけて神殺しの片棒を担ぐことになったなどと正直に書けるものではない。正気を疑われそうだ。


「王都に着いたら絶対に来てね! ボクの名前を出せば伝わるかラ!」

「うん」


 同世代も少なく、居たとしても会話すら許されなかった村の中。初めてまともに話せて、しかも協力までしてくれた人だった。シズリもきっぱりと別れてしまうのは寂しい。だから再会を望む彼の言葉はうれしかった。


「よし、今日はもう寝ろ。人間は睡眠を取らなきゃマズいんだろ」


 月の位置を確認すると、いつもはとっくに寝ている時間になっていた。

 怒涛の一日に眠気なんて吹き飛んでいたのだ。だが、言われると眠い気がしてくる。

 草の上に布だけ敷いた寝床に転がる。


「あ、流れ星」


 きらりと空を駆ける光が見えた。


「願い事をしたら叶うんだっけ」


 兄と一緒にいたい。幸せになってほしい。

 などと。何から願おうかと考えていると、大きな手のひらに瞳を覆われた。


「あんなしょうもない塵に願うよりはオレに願え。お前たちの神だぞ、オレは」

「どんな嫉妬……? 神様の価値観ってよくわからないな」


 瞼に乗せられた温かな体温が心地いい。視界が暗くなったことでいよいよ本格的に眠くなってきた。

 睡眠欲求に身を任せてシズリは意識を落とす。


 結婚話をされても漠然として他人事のように感じていた。けれども、兄と同じようにアカシアともずっと一緒に居たいと思った。それがシズリの答えなのだ。

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