5 信仰と洗脳
ルーセントたちと別れた後、シズリは人の賑わう大通り――3番街を散策していた。
別れる前に何か仕事のありそうな場所を聞いたところ、この通りを紹介されたのだ。
3番街はクリアヒルズで最も栄えているエリアである。近くにビーチもあり、水着姿の人間も多い。
そんな場所を歩くシズリは観光に来た良家の子女といったところで、アカシアが街に着くなり服装に拘ったのは正解だったのかもしれない。
少なくとも店前に居るだけだ門前払いを食らうことはないのだ。
(獣人用メニュー専門店なんてあるんだ)
オシャレなカフェや雑貨屋など、目を引く店がたくさん並んでいる。人の流れに流されないようにシズリは歩く。
死者の日はまだ先だというのに人が多い。
この飲食店連なる3番街は死者の日におけるメインストリートとなる。
即ち――とてつもなく人の往来が多くなるのだ。
観光都市と名を打つ通り世界各地から人が集まる。その数は街の住民を超えるほど。
いたるところで期間限定の人材不足が発生しているのである。
「日給10万シェルとかあるんだ」
路地に張られた求人広告が目に入った。
求人事態は多く出ているため、ならばいっそのこと高時給を中心に仕事を探そうと思ったのだ。
シェルとは世界共通貨幣の名である。造幣神の権能により世界で流通している。
生まれ育った村は物々交換が中心であった為、シズリにはあまり身近に感じられないのだが。
現在シズリたちが宿泊している宿は一泊500シェル。部屋で自然死事故死他殺が発生した為の安さだった。
しかも取り壊そうとして更に事故が発生し、工事が見送られた曰く付き。
自分達の部屋にこびり付いた怨念はアカシアが消したので問題ない。「ヒトの思念ごときが神を害せるか」とのこと。
普段の姿から忘れそうになるが、やはり紛うことなき神なのだ。
それはさておき。
求人広告をシズリは読み進める。
内容はホテルの従業員を募集。観光客が多くを占める日だけあって繁忙期なのだ。
「しかも衣食住付き」
偶には兄とアカシアを二人きりにするのもいいか。
流石に自分が居たのではヤることもヤれないだろうと下世話に要らぬ気を回そうとしたところで。
心配そうな声がした。
「まさか、連絡しようとしていない、わよね?」
「してました」
上品な奥様、といった風貌の女性だ。買い物帰りなのだろう。食材が入った袋を抱えている。
年相応の落ち着いた雰囲気に優し気なオリーブの瞳が印象的だった。
(長い耳……エルフのヒトかな)
ヒューマーかと思ったが、栗色の髪から覗く耳が長い。
この特徴はエルフに当て嵌まる。
なんてことを考えながら彼女の問いかけに素直に答えると必死な形相で肩を掴まれた。
敵意を感じなかっただけに逃げ遅れる。思わずわっと声が出た。
「驚かせて、ごめんなさい。でも、駄目、絶対に、駄目よ」
ゆっくりとした口調とは裏腹にしっかりと断定される。
「実は詐欺だったりするんですか?」
「それに、近いものね。この広告主は、カルト教団の、ものなのよ」
「えっ」
広告の連絡先を見てみると働き先の住所と共に“シャマク連合”と名が載っている。
「出稼ぎを、狙っているのよ。監禁して、寝食を管理して、洗脳しているの」
「こわ!」
地元住民の間では有名な話のようだ。
表向きは都市神ルーセントを信仰する団体であるが実際は違う。
自分たちの都合の良いように信仰し、ルーセントの在り方を歪めかねない邪教らしい。
取り締まろうにも信者たちはダミーの住所やら偽名で潜んでおり手を焼いているとのこと。
痛まし気に目を伏せた女性は張り紙をべりっと剥がすと火種魔法で燃やした。
「こうして剥がしても、いつの間にか、また張られているのよ」
信仰で歪められてしまった蛇神を知っているだけに、シズリは小さく震えた。
加えて囮求人で信者を集める手法があるなど都会は恐ろしい場所である。
「もし、お金に困っているの?」
「まぁ」
はしたないかもしれない。それでも高時給の求人をガン見していた今となっては隠しても無駄だ。
山でサバイバル生活をしている方がマシかもしれない。それほどまでに慣れない貨幣の概念と共に追い詰められていた。
「良ければ、ウチで働くのはどう?」
女性の申し出は渡りに船だった。
日給10万シェルは出せないと微笑むが構わない。そもそも、少ないより多い方が良いだろうと思っての仕事探しだ。
シズリは実感したのだ。
自分にはあまりにも常識が無いのだと。おかしなカルト教団に監禁されるのはごめんだ。
それなら、赤の他人である自分を助けてくれた人ならば信用出来るというもの。
「お願いします! 働かせてください」
「嬉しいわ。でも、最初にちゃんと、条件を聞かないと、駄目よ」
やっぱりいい人だと確信した。
「ごめんなさい、紹介が、遅れたわ。私は、シュテレ・カナンというの」
「シズリです。……シズリ・ラーフといいます」
何気にシズリは人生で初めて自分のフルネームを名乗った。
村ではファミリーネームなんて全員同じだったし呼び方も余所者兄妹の、なんて最悪な呼称だったのだ。
未だに他人のように感じる自分の名前を言うのは少しだけむず痒い。
「よろしくね、シズリちゃん。私は、ここから少し歩いた所で、食事屋をしているの」
来て、と進むシュテレにシズリは荷物持ちを買って出ると後ろをついていった。
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