第15話

 朝の光が差し込む操縦室で、気象天候レーダーを確認していたグラントの表情がくもった。

「おはよう、グラント」ちょうど入ってきたラディが気がついて、声の調子を変えた。「どうかした?」

「ああ、ラディ。どうも嫌な雲が出てきたみたいだよ」

 グラントはスクリーンを切り替えた。スクリーンいっぱいに暗灰色の雲が広がり、みるみるうちに空が厚く覆われていく。

「今すぐにでも降り出しそうだ」

 ラディがスクリーンを見ている間に、グラントが情報をチェックした。

「ヴァルナの雨は激しく、時には長期間にわたって降り続く…か」

「モーリスを呼び戻した方がいいね」

 ラディが通信機の前に行き、呼び出しはじめたとき、突然、通信音が途切れた。遠くの方で動力音がゆっくりと弱まり、止まる音が聞こえ、照明が数回またたいて、薄暗くなった。スクリーンが消え、計器類も沈黙している。

「グラント!」

 ラディがグラントを見ると、彼は既にパネル盤に向かって、操作していた。

「今、原因を探してる。ラディ、補助動力装置を作動させて」

「OK」

 ラディが幾つかのスイッチを入れ、実際にはわずかな時間だったが、動力の始動音が聞こえて、スクリーンが生き返るまでが長く感じられた。室内の明るさが元に戻る。

 ラディはもう一度モーリスを呼び出そうとしたが、応答がなく、

「だめだ。モーリスは通信機のそばにいないらしい」

 あきらめてヘッドセットを置いた。

 そこへステフが駆け込んできた。

「どうしたの!?」

「ステフ、急いでモーリスを連れてきて。動力系統のどこかが異常なんだ」

「わかった」

 グラントに言われ、ステフはすぐにとびだしていった。


 レオナルド号のそばに停めてある地上車の隣に、ステフは自分の車を急停車させると飛び降りた。

「モーリス!どこ?どこにいるの!?」

 彼は走りながら叫んだ。

「モーリス!!」

 彼がもう一度呼んだとき、

「ここだよ。そんなに怒鳴らなくたって聞こえてるよ」

 すぐ近くからモーリスがあらわれた。

「そんなのんびりしている場合じゃないよ。船が…、船の…」

 ステフが最後まで言い終わらないうちに、モーリスはスッと表情をあらため、手早く工具類を片付けると、走って地上車に乗り込んだ。続いてステフの地上車も激しく向きを変え、走り去っていった。


 ラディは頬杖をついて、開いたままの入口を見ていた。チェックを続けているグラントの後ろに立って、ディープは見守っている。帰ってきたモーリスとステフに、ラディは立ち上がった。

「モーリス」

 その声で、グラントとディープがふりむいた。

 グラントはモーリスに席を空けながら、

「動力系統のどこかに異常があると思うのだけど、僕にはそれ以上のことはわからないんだ」

 モーリスは黙って工具セットを置くと、席に座った。グラントが示したデータを確認して、少し考えこみ、もう一度チェックしたとき、異常を示すランプが赤くともった。

「やっぱり…。基地でチェックしようと思っていたんだけどな」

 立ち上がりながら小さく口の中でつぶやくと、工具セットを取り上げ、

「下へ行ってくる」

 そう言って、彼は部屋をあとにした。


 いつのまにか降りはじめた雨が、激しく船体を叩いていた。

 重苦しい雰囲気に包まれた食堂で、ラディは他の3人にコーヒーを淹れると、モーリスにも届けるため、下に降りた。

 動力区に近づくにつれ、かすかに空気を震わせているエンジンの音が感じられ、それはいつもの力強いメインエンジンのものとは異なっていた。補助動力に頼っている現在、必要以外の使用電力は極力抑えてあるため、通路は薄暗い。狭いキャットウォークから見下ろすと、片隅でライトの光に照らされて、モーリスの姿が浮かび上がっていた。

「モーリス、コーヒー持ってきたから、少し休憩しなよ」

「うん」

 ラディは持ってきたポットから、コーヒーを注いで渡した。

「ありがとう」

 辺りに工具や部品が散らばる中、ラディはようやく腰を下ろせる場所を見つけた。

「どう?うまくいきそう?」

 モーリスのコーヒーを飲む動作が止まった。

「う-ん、それがね…。交換用の部品が一部不足しているんだ」

「それじゃ、完全には修理できないのか…!?」

「とりあえず応急処置だけしておくけど」

 モーリスはすまなそうに目をふせた。

「で、あとどのくらいかかりそう?」

「わからないけど、今夜いっぱいかかるかも」

 ラディはモーリスがまたコーヒーを飲めるよう、トレイにポットを置くと、立ち上がった。

「モーリス、手伝いが必要なときはいつでも言ってくれよ。今夜は当直だから」

「うん、ありがとう。ラディ」

 モーリスは彼を見上げて、少し笑った。そして、再び作業にとりかかった。


 

 降り続く雨のカーテンを通して、それでも少しづつ明るくなったことが感じられ、長かった夜がようやく明けようとしていた。

 ディープはモーリスの様子が心配で、下に降りた。

「モーリス、どう?」

「うん。もう少しだよ」

 作業の手を休めず、そう答えたモーリスの声は疲労の色が濃かった。

「さぁ、できた」ひとり言のようにつぶやいて、「ふぅ…」と額の汗をぬぐいながら立ち上がったモーリスの身体がふらつくのを、ディープは目にした。

「モーリス!」

 壁に身体をあずけてやっと立っているモーリスを、彼は急いで支えた。

「大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫。少し、気がゆるんだだけ」

「モーリス、とにかく休んだ方がいい」


 モーリスを部屋に送ったあと、ディープは操縦室に戻った。

「どうだった?」

 ラディが心配そうに尋ねた。

「応急処置だけは終わったから、あとはグラントに確認して欲しいって。モーリスは今、休ませてる」


 —雨は相変わらず降り続けている。


「結局、船は飛び立てないわけか」

 ラディがポツリと言った。

「この天候じゃ、飛行艇は飛べないし…」

 そう言うグラントに、ディープが、

「地上車は使えないかな?」

 グラントは首をふった。

「無理だよ。燃料が足りなくなってしまう」

 進路変更したことで、補給基地はちょうどこの星の裏側の最も遠い地点に位置していた。

 他に良い案が思いつかず、会話が途切れたとき

「あ、そうだ…!」

 ステフがいきなり立ち上がり、飛び出していった。

「どうしたんだろう?」

 ラディが言って、3人は黙ったまま顔を見合わせた。


 降りしきる雨の中、ステフは地上車を走らせていた。フロントウィンドウを激しく雨が流れ、ときどき車体が跳ね上がり、運転しにくかった。やがて、雨にけむる遠くに、レオナルド号の姿を確認することができた。

 

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