第53話
船は再び進路を変え、科学局支部がおかれている惑星ヤルタをめざした。モーリスが作成した緊急報告書を提出するためである。最初、モーリスは自分だけで行くつもりだった。しかし、予定外のアクシデントに、補給計画の変更が必要だと指摘して、グラントが思いとどまらせた。
「ワープ、終了」
グラントは、スクリーンが通常状態に戻ったことを確認して、緊張を解いた。
「モーリス!」
そのとき、ディープの緊迫した声に、彼はふりかえった。操作パネルの上にうつ伏せているモーリスのそばに、ディープが駆けよったところだった。
「なんだか、少し酔ったみたいで…」
ややあって、ようやく顔を上げたモーリスは真っ青だった。三半規管が悲鳴をあげて反乱を起こしているかのように、辺りがぐるぐるまわっている。こんなことは、はじめてワープを経験したとき以来のことだった。
「歩ける?」
「…うん」
足元が定まらず頼りなかったが、それでもディープが支えて、どうにか自力で歩くことができそうだった。
「SUB、代わりに入って。僕はモーリスを連れて行くから」
「リョウカイシマシタ」
吐気が続いているのに、吐くものが無いのは辛い。しばらくして、ようやく吐気がおさまった。
「少しは楽になった?」
「うん」
横になったモーリスの視線の先で、ディープはデータを見ながら考え込んでいる。
「モーリス。帰って、ちゃんと調べてみないと」
モーリスは少し身体を起こした。
「待って。お願い、ディープ。途中にしたくないんだ」
「大事なこと…なんだよね?」
モーリスは目でうなずいた。
「僕はまた同じことを繰り返したくないんだよ」
いつかまた誰かが軍事利用を考える前に—。
ディープは小さくため息をついた。
「わかった。とりあえず様子をみて考えよう」
「ありがとう」
この選択が良い方へ転ぶようにと、ディープはそう願わずにはいられなかった。
「少し眠ったほうがいいよ」
モーリスはおとなしく目を閉じた。
通路を歩いているディープの後ろから、ラディが追いかけてきた。
「ディープ!」
立ち止まり、ふりむいた彼に、
「モーリスはどう?」
「…うん」ディープは口ごもった。
「おかしいじゃないか。ワープ酔いなんて。今までそんなことなかったのに…!」
ディープもそう思っていた。何よりモーリス自身がそう感じているに違いなかった。
「正直なところ、僕にもよくわからないんだ。帰って、きちんと検査してみないことにはね。でも、モーリスは今回の件が終わるまで待って欲しいと言うんだ。だから…」ラディの視線を感じながら、ディープは言った。「それくらいの時間はあると思う。あってほしいと思う」そして、祈るように目を伏せた。
*
船がヤルタに到着し、もう大丈夫だというモーリスに、グラントが念のためエアカーを運転して、付き添うことにした。
科学局のロビーで、グラントがモーリスを待っていると、操縦士訓練生と思われる一団がいた。その中で、自分に向けられている視線を感じた、と思うまもなく、ひとりがその集団から離れて駆け出してきた。
グラントの前で、勢いよく姿勢を正し、敬礼をする。
「お久しぶりです。私のこと、覚えてますか?」
目の前に立つその少女のキラキラしたエメラルド色の瞳に、どこかで会った気がした。しかし、すぐには思いだせなかった。
彼女は制帽を取り、頭をふった。栗色の豊かな髪が広がる。
「君は…!」
彼女は笑った。その笑顔が重なった。
レダが燃えたあの日、宇宙港で出会った少女だった。
「私、操縦士訓練センターに入所したばかりなんです」
あの日、操縦士になりたいと言っていた彼女は、それを実現したのだ。
「それじゃあ、君はもうすぐ飛べるんだね?」グラントは微笑んだ。
「ハイ!」
グラントは自分の連絡先を彼女に教えた。
「僕は外宇宙に出ていることがあるから、すぐには応えられないこともあるけど、何でも聞いていいよ。がんばってね」
「ありがとうございます。では!失礼します」
去っていく彼女の後ろ姿をあの日のように見送りながら、グラントはなんだかとても嬉しかった。
——この2度目の出会いが、ふたりにとっての新しいはじまりとなるのだが、それはまた別の物語である。
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