第52話

 ディープが入院している間、船はステーションにあった。1週間が過ぎ、予定より早く許可をもらって、ディープは船に戻ってきた。

「ただいま。心配かけて、ごめん」

「お帰りなさい!」

 ステフとグラントが迎えてくれたが、ラディの姿が見えなかった。

「あれ、ラディは?」

「さっきまでいたのに…」

 ステフの答えが聞こえたように、ラディが通りかかった。

「ディープ、お帰り!」

 そう言って、ラディはニッコリ笑って、ディープの背中を軽く叩いた。もちろんわざとである。

「ク…」身体を折り曲げて、ディープは顔をしかめた。

「ラディ!わざとやったな!」

 ディープの声が追いかけたとき、ラディの姿はもうなかった。

「あんなに明るいラディは久しぶりかも」

 ステフが言った。

 そう、ディープが倒れたあとのラディは、日毎にピリピリして、見ていられないほどだったのだ。

「そうなんだ…」

 ディープは、ラディの想いを知った。


 そして、ようやくモーリスの体調が安定し、船は再びソマリスへ。

 中断した調査の再開と、爆発の原因を調べるためである。飛行艇の1機が失われ、もう1機はまだ整備中のため、グラント、モーリス、ステフの3人は小型艇で向かった。嵐はソマリスにも影響を及ぼし、地表の様子は一変していた。爆発のあった地点付近を何度も通り過ぎて、ようやく艇の痕跡を見つけることができた。


 グラントの指示でそれぞれに散らばり、手がかりを探す。モーリスが機体の残骸のうち、特に損傷が大きいエンジン部分を調べていると、ステフが呼んだ。

「モーリス!ちょっと来て」

 ステフは大きくえぐれた氷の壁を前に立っていた。

「何だと思う?この部分」

 ところどころ周囲と大きく色が異なる部分があり、何かの鉱石のように見えた。

「ほら、こことか…」

 ステフがさらに近づこうとしたとき、モーリスの身体の中で警報がなった。何故かはわからない。

「ダメ!ステフ!!」

 とっさにモーリスはステフを突き飛ばした。一緒に倒れこんだ拍子に、持っていた走査機が音を立てて転がり落ちる。

「モーリス、な…」

 モーリスらしくない乱暴な反応に、ステフは驚いて声が出なかった。先に起きあがったモーリスは、計器を拾いあげて示した。

「これでもやりすぎだって言うの?」

 狂ったようなその数値は、高エネルギー反応を意味していた。モーリスの予感は当たっていた。そして、同時に思い出された記憶。それが彼にそんな行動をとらせたのだ。

 モーリスは無言で艇から機材を取り出し、慎重にその鉱石の一部を採取した。


 船に戻ると、モーリスはすぐ自分の作業室にこもった。

 格納庫で装備を片付けながら、

「モーリスはどうして…?」

 ステフの問いかけに、グラントは出迎えたディープを見た。

「ディープは知っているんだろう?」

「…うん」

 少し迷ったあと、ディープは話すことにした。モーリスがまだ幼かったときに起きた不幸な事故のこと。そして、今のモーリスの状態について。

「だから、たぶんモーリスはそのときのことを思い出して…」

「そうだったんだ…」

 ステフは嘆息混じりに言い、グラントも、

「知らなかったな…。このこと、ラディは?」

「だいたいのことは知っているんだ。このまえ、モーリスが入院していたときに話したから」


 データ解析をしているモーリスの肩に、誰かの手がおかれた。

「あんまり根をつめるなよ」

 ラディが食事をのせたトレイを持って立っていた。

「呼んでもぜんぜん返事がないんだから」

「ごめん。もう少しで解析できそうなんだ」

 ラディは小さくため息をついた。

「そんなことだろうと思って、食事持ってきたんだ。ここに置くよ」

「ありがとう」

「ディープに怒られないうちに、たいがいにするんだよ」

 モーリスは小さく笑った。

「うん」


 ラディが行ったあと、少しして、コンピュータがデータを示し、モーリスの手が止まった。

「ああ…」

 SUBがピピッと音をたててそばに来た。

「コノブッシツハ、タイヘンオオキナエネルギーヲ、モッテイマス。データニヨルト…」

「うるさい!SUB、少し黙っててよ!」

 モーリスに途中でさえぎられ、SUBは抗議するように、ランプを激しくチカチカさせた。

「…ごめん。呼ぶまで黙ってて」

 そう言って、モーリスはデスクに顔を伏せた。


 よみがえってくる記憶。

 ——幼い頃の事故と、そして、両親を亡くした研究所の爆発。


 この物質のエネルギーは、両親が研究し、求めていた以上のものだった。おそらく、飛行艇のエンジンの熱で溶けた氷の中から露出し、反応が急激に進んで、その爆発に艇は巻き込まれたのだ。


 モーリスはしばらくそのまま顔をあげなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る