第54話

 モーリスの出した報告書は認められ、研究の優先許可が得られた。このことは、彼の両親への誤解を解く足掛かりができたことを意味する。


 その日の夕方、ステフがハッチのそばで外を眺めていると、ディープが通りかかった。目の前では、赤いふたつの太陽が沈みつつあり、夕焼けが広がっていた。かすかな風が心地よい。

「ステフはまだ夕焼けが嫌い?」

「…うん」

「まだ自分を許せないの?」

 ステフはハッとして、ディープを見た。

「モーリスはあの事故の時、ヴァン工場長を一度も責めなかったんだって。許すってことは、とても難しいよね。でも、自分さえも許せず、信じられないのなら、他の誰を信じられるのだろうと思うよ。たとえ傷ついても、本当のことを知った方が、僕はいいと思う。誰だって、同時にふたつのものを選び取ることはできないよね。僕だって、今まで迷いながら悩みながら選んできた。『あるいは』『もしも』だなんて仮定は、無意味なんじゃないかな」

 夕陽がゆっくりと沈み、空に最後の光が残る頃、ステフはようやく口を開いた。

「…そうかもしれないね」


 翌朝、ラディがコーヒーを飲んでいると、

「おはよう」食堂にモーリスが入ってきた。

「おはよう、モーリス」

 モーリスはコーヒーを片手に、最新のニュースパックを見ていた。少しして、ふりむいたラディは、モーリスが蒼白になっていることに気がついた。

「モーリス!気分でも悪いのか?」

 モーリスはチカラなく首をふって、片手で顔をおおった。

「…その最後のところを見てみて」

 ラディは急いで映像を戻した。

 科学技術関係の最新ニュースコーナーに、小さくモーリスの報告が取り上げられていた。そして、問題はそのコメントだった。この物質エネルギーは軍事利用に大きく役立つだろうと、そこにはあった。

 モーリスはがっくりと頭を垂れ、小さくつぶやいた。

「そうならないであって欲しいと思っていたのに…!」


 グラントとモーリスが報道センターで調べたところ、あのコメントは、科学局ヤルタ支部顧問のノーマン博士によるものだということだった。

「ノーマン博士…?」

 その名前を聞いたとき、モーリスの記憶の片隅で、その名前が引っかかった。船へと戻るエアカーの中でも、モーリスは言葉少なく、何か考え込んでいるように見えた。

 ふいにグラントが言った。

「モーリス。シートベルトはちゃんとしてるよね?」

「え?」

「さっきから尾けられているんだ。少しとばすから」

「ええっ?」

 モーリスがふりかえると、後ろに1台のエアカーが見えた。

「グラント、だって、どうして?」

「わからない。黙って。舌を噛むから」

 グラントはスピードをあげ、次々と前の車を追い越し、やがてようやく後ろの車をふりきった。


 船に着くと、ふたりは操縦室へ急いだ。しかし、その入口で足が止まってしまった。

 室内は乱れ、ステフがディープの手当てを受けていた。

 ラディがふりむいた。

「何があったの!?」モーリスが尋ねる。

「襲撃されたんだ」ラディが答えた。

「何だって!?」

 グラントが言い、モーリスは床に転がっているSUBに気がついて、かがみ込んだ。その頭が熱線銃で撃ち抜かれていた。

「…ひどい」モーリスはつぶやいた。

「どうして?僕達も後を尾けられたんだ」

 グラントの言葉に、ラディが言った。

「いったい誰なんだよ!?こんなことするのは!」

 


 *


 話は少し戻る。

 ステフがひとり船に残っているとき、連絡が入った。

「こちらは資材部の者ですが、ご注文の部品をお届けに参りました」

 そんな話は聞いていなかった。

「そういう話は受けていませんが?」

「至急ということでしたので。伝票を確認して頂けますか?」

 とにかく確認すればわかるはずと、ステフはハッチへ向かった。SUBがピピッと音を出し、ついてこようとしたのを、

「ここで待っておいで」ステフは止めた。

 ハッチの前には3人の男がいた。

「確認お願いします」

 示された伝票は、やはり覚えがなかった。

「これは…?」

 首をかしげ、言いかけたステフの背後に、男のひとりがスッとまわったのを不審に思い、ふりかえろうとしたとき、脇腹に硬い物が押し付けられた。

「あなた達は!?」

「黙って、操縦室へ案内しろ」

 ステフの耳元で、男が押し殺した声で言った。

 操縦室へ入ると、SUBがピピッと音をたてて、近寄ってきた。

「静かにさせるんだ」

「SUB、止まれ!」

 リーダー格と思われる銃を持った男が顎で示し、他の男はサッと操作パネルへ向かい、調べはじめた。ステフは黙ってそれを見ているほかなかった。

 SUBは首だけ回して、男達の様子を追っていたが、男のうちのひとりが、あるスイッチに触れようとした時、警告音を出してそちらへ動いた。

「SUB!やめろ!」

 ステフがそう言ったが間に合わず、ふりむいたその男へとSUBは突っ込んでいき、次の瞬間、頭部を熱線銃で射抜かれ、ガシャンと床に転がっていた。

「SUB!」

 かけよろうとして背後から撃たれたステフは、全身の痺れに何もわからなくなった。


 *


 誰が、いったい何のために?その答えは誰にもわからなかった。 

 モーリスはSUBの修理を試みたが、あきらめるしかなかった。

「ダメだ…!」

 侵入者はNAVIから情報を引き出せないことを知ると、データを破壊していった。システムに詳しい相手だと思われた。

(この船のシステムについて知っているんだ…)


 モーリスは超高速通信を使って、ヴァンと話した。

「ノーマン博士、ですか?」

 その名前を聞いて、ヴァンの表情が心なしか曇った。それを見て、モーリスは思い出した。

「ノーマン博士って、まさかあの…!」

 以前、共同研究を行なっていた彼は、あくまで平和利用のみを考えようとするモーリスの両親とは意見が合わず、研究所を去っていた。その後、独自に研究を続け、噂ではレオナルド号の建造に関わっていたともいう。

「博士が、研究所を追放されたと恨んでいたという話を聞いたことがあるけど…?」

 ヴァンは言下に否定した。

「それは憶測です。少なくとも私の知っている限り、以前の博士はそんな人ではありませんでしたよ」

 ヴァンはそう言ったが、研究所の爆発に関係していたのではという噂も、モーリスは耳にしていた。そのあと行方がわからなくなっていたノーマン博士は、ヤルタにいたのだった。


 食事の時間になっても姿の見えないモーリスに、ラディが部屋まで行ってみると、

「モーリス?」

 誰もいなかった。

「どこに行ったんだろう…?」

 その瞬間、ラディにはわかった。「あのバカ…」彼は口の中で毒づいた。

 おそらくモーリスは、ノーマン博士のところへ、ひとりで行ったに違いなかった。

 

 

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