第8話 ステフ
ステフはそのとき、両親と叔父(母親の弟)との4人で、避難するための船を待つため、宇宙港にいた。
限度以上に乗客を乗せようとしている上に、自分も乗れるのではないかと期待した人々が押しかけ、港内は収拾がつかない状態だった。持っていける荷物など限られているはずなのに、大荷物を抱えた大家族。わけもわからず、はしゃいで走りまわる子供達。猫を抱いた老婦人。なんとか乗れないものかと、係員をつかまえて訴える人。
喧騒と混乱の中、ようやく手に入れることのできたチケットをなくすまいと、汗ばんだ掌に握りしめていた。
やがて、搭乗アナウンスがあり、人々はのろのろと動きだした。はじめは並んでいた列が、全くデマだったにもかかわらず、「もう船が無いという話だぞ!」というひとりの男の叫びで、パニックになり、群衆の波がドッと搭乗ゲートに押し寄せた。
「あっ…!」
人の波にさえぎられ、叔父と一緒にいたステフは両親と離れてしまった。
「落ち着いてください!あわてないで!チケットはひとりひとり確認させてください!臨時便もありますから…」
係員の声も、群衆の勢いを止めるには何の役にもたたなかった。
「ここまでです!もうこれ以上は乗れません!」
ステフの後ろを数人が通過したところで、ゲートが閉まった。
「父さん、母さん!」
ステフはふりかえり、両親の姿を探した。
「先に行きなさい!私達も次の便ですぐおいつくから!」
伸び上がるようにして父が叫び、すぐに人波にのみこまれ、見えなくなった。その隣で一瞬だけ母の顔が見えた。
おそらく混乱の中、乗り込んでしまった人がたくさんいたのだろう、本当は乗船できるはずだったチケットを示して、何人もの人達がゲートの外で係員に抗議していた。
「行こう」
叔父にうながされ、ステフはもう一度ふりかえったが、もう両親の姿は見つけられなかった。
—そして、このことが運命をわけた。
到着ロビーで、ステフは両親を待っていた。予定時刻はとうに過ぎており、つのる不安を打ち消すことができなかった。
ざわめくロビーにチャイムが鳴りひびいて、人々の注意をひいた。
「臨時ニュースをお知らせします。到着予定の951便は攻撃を受け、途中のフローランド付近に墜落しました。なお、今のところ生存者は見つかっておりません。繰り返しお知らせします—」
ざわっと空気が揺れた。ステフの視野が暗転し、足元の巨大な亀裂にのみこまれ、落ちていくような感覚に襲われた。隣で婦人が泣き叫び、崩れ、その声で彼は我に返った。
「ステフ!待て!」
後ろで引き止める叔父の声を無視して、彼は走りだした。ロビーを走り抜け、エアバイクに飛び乗る。行っても仕方ないことはわかっていた。けれども、そのままそこでじっと待っていることに、耐えられそうもなかったのだ。
船は空中で四散したのではなく、不時着し、その後、炎上したのだった。地表に船体を引きずった跡がはっきりと残っており、かなり広い範囲にわたって、焼け焦げた残骸が飛び散り、原形をとどめていなかった。それでも、かすかな希望を持っていた彼だったが、両親がこの船に乗っていたことは確かだった—。
それからどうやって街に戻ってきたのか、記憶になかった。
「わぁ、きれいな夕焼けね…」
幼い子供を抱いた若い母親が、隣の父親らしき若い男に話しかけていた。こういう時代の中で、ささやかな幸せをみつけているひとつの家族の姿がそこにあった。
正面のビルの間に、大きな夕陽が空を染めながらゆっくりと沈んでいくのを、ステフは涙のたまった瞳でにらみつけた。
夕焼けが嫌いになったのは、このときからだった。
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