第5話

 エンジンの動力音がかすかにひびく船内には人影がなく、無人の操縦室でも自動操縦のランプが点滅しているのみであった。

 居住区画と思われる場所で、ようやく人の気配を感じることができた。通路にわずかな明かりがもれ、休憩室あるいは食堂といった室内に5人の姿があった。この小さな船の乗組員はこれで全員なのだろう。


「これがジェフの惑星間独立戦争の記録フィルムだよ」

 グラントがそう言って、マイクロフィルムをセットした。

「ステフ、明かりを消して」

 すぐ前に座っていたステフが立ち上がった。やがて室内が暗くなった。


 スクリーンに白い光がうつり、数回またたいて映像がはじまる。

 炎に包まれた宇宙船の墜落していく様子がうつしだされている。ぐっと寄って、さらにそれがアップになった。

 攻撃され、ゆっくりと堕ちていく船—。


 スクリーンの光を浴びて皆が見つめている中で、ひとりだけうつむいている者がいた。彼は知らず知らずのうちに唇を強くかみしめていた。記憶に焼きつけられているひとつの光景、それが思い出されることは苦痛ですらあった。室内が明るければ、彼が蒼白になっていることがわかっただろう。


 やがて、シーンは炎上する都市の遠景に切り替わった。


 彼が耐えきれないように立ち上がり、部屋を出ようとしたその時、

「ラディ?」その背中に向かって、声が追いかけてきた。隣に座っていたディープはおそらくラディの様子に気がついていたのだろう。ドアのそばでほんの一瞬だけ足を止めたが、彼はそのまま何も言わず、ふりむきもせずに出ていった。

 追いかけようと立ち上がったディープの腕を誰かがつかんで引き止めた。

「—ディープ」静かな声だった。

 引き戻される形になった勢いそのままに、腕をふりほどき、

「グラント!」言外に(なぜ止めるんだ!?)と抗議の口調で、それはグラントの静かな態度とは対照的ですらあった。

「ひとりにしておいてやれよ。誰でも心に傷みを持っているのだから」

 ディープにもそれはよくわかっていた。わかっていたからこそ、放っておけないと思ったのだ。

 いつのまにか映像が止まり、照明がつけられていた。ふたりの様子をステフとモーリスが心配そうに見つめている。

「だったら、なおさら僕はラディをほっておけないよ!」

 そう言って、ディープはとびだしていった。


 *


 通路をうつむいて足早に行くラディの瞳に、先程のシーンがよみがえっていた。


 ——炎上し、堕ちていく船。


 記憶の中の光景が重なる。避難する民間人ばかりをいっぱいに乗せた船が、攻撃され、堕ちていく。その船窓から、炎と煙に包まれて逃げまどう人々の姿が見える。聞こえるはずのない悲鳴をふり払うように、耳を押さえ、目をつぶり、激しく首をふった。


 ——墜落する船。人々。悲鳴。


 彼は走りだしていた。


 自室に入ると、ラディはそのまま倒れるようにベッドに身を投げた。暗い室内に、一瞬、通路の明かりがさし、ドアが閉まって再び元の闇が戻る。窓からほんのわずかな星明かりがさしこんでいる。しばらくそうして目を閉じたままでいたが、やがて寝返りをうって上を向き、重苦しいため息をついた。

 先程の光景がまたよみがえってきて、ハッと目を開けると、ラディは窓からかすかに見える星々を見やった。


 どのくらいそうしていただろうか。ドアのコール音が鳴った。

「ラディ?入るよ」応答がないので、ディープは少しためらったが、ドアはロックされていなかった。

 室内は暗く、ベッドで向こうを向いているラディの表情はわからない。

「ラディ、眠ってるの?」

「—いや」

 ほんの少しの間をおいて、答えが返ってきた。そっけないと言えるほどの反応だったが、その中に拒絶の意味はないと感じて、ディープはベッドの傍らに座った。

「ねぇ、ラディ。わかっているんだろう?あの戦争で肉親を失ったのは君だけじゃないことを—」

 それは傷口に触れる行為だったかもしれない。それでも、ディープは言わずにはいられなかったのだ。


 そして、思い出すように目を閉じた。

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