第34話

 翌朝、艇は朝の光に翼をきらめかせて飛び立った。昨夜、ラディはほとんど寝ていなかったが、疲れは感じなかった。

 眼下には、ヘルマの赤茶けた荒れた大地が広がっている。ラディは渡されたデータの示す方角に向かって、機種をむけた。


 しかし、なかなか船を見つけることはできなかった。彼は艇を着陸させた。

 モーリスはヘルメットを取ると、ぐったりとシートにもたれて、目を閉じた。

「モーリス、大丈夫?」

「少し…疲れただけ」

「基地に戻ろうか?」

 彼は激しく首をふった。

「大丈夫だから。少し休めば…」

 ラディは小さくため息をついた。モーリスへの負担を考えると、時間がかかれば、そうも言ってはいられない状況になることはわかっていた。

(早く見つけなくては…!)

 ラディはデータをもう一度確認した。

(確かにこの近くのはずなんだけど…)

 空からではわからないのかもしれない、ラディはそう思った。

「モーリス。艇を降りて調べた方がいいと思うんだ」ラディはシートベルトを外しながら、「僕が見てくるから、君はここで—」

 ラディはハッと、モーリスを見た。モーリスの手がラディの腕をつかんでいた。

 モーリスは身体を起こし、首をふった。

「嫌だよ。ラディ。嫌だ。…僕達ふたりとも一緒に行くか、そうでないかのどちらかだよ」


 *


『ラディ、モーリスを頼むよ』グラントが言った。

『だったらディープが残ればいいじゃないか!』

 ディープは首をふった。

『まだ、熱あるんだよね?冗談じゃない。半病人なんて足手まといだよ』

『ディープ!』

『モーリスをお願い、ラディ』ステフが言った。


 *


 それは3人と別れたときのことだった。


 モーリスはこれ以上、離れ離れになることを恐れているのかもしれない。だとしたら一緒に行くしかない。

 ラディは心を決めた。


 あたりの様子を見渡せるような岩棚が近くにあり、ラディは苦労してそのてっぺんにたどり着くと、モーリスを引っ張り上げた。上にあがると、モーリスはそのままそこに座りこんでしまった。

「モーリス、大丈夫?」

 ラディがのぞきこむと、モーリスは胸を押さえ、荒い呼吸をしながら、どうにかうなずいた。

 ラディは立ち上がり、まわりを見渡した。ヘルマの地表、起伏に富んだ荒れた大地が、灰色の空の下、どこまでもずっと広がっていた。風がラディの髪を揺らした。目を凝らしても、それらしいものは何もなかった。

 ラディがあきらめかけたとき、ちょうど雲が切れて陽がさし、彼の視界の隅で、何かがその光を反射して、キラッと光った。

(……!)

 ラディは手をかざして、その方向をじっと見つめた。

「ラディ?」

 モーリスがラディを見上げる。

 ラディは聞こえていないかのように、なおも見つめたまま、スコープを取り出した。

 スコープのピントが合って、そして…。


 視界に船の姿が飛び込んできた!


「モーリス!船だ!」

 モーリスの表情が驚きから喜びへ変わる。ラディはモーリスを引っ張って立たせ、スコープを手渡すと、指さした。

「ほら!あそこに!」

 それは、確かにニューホープ号に違いなかった。

「ラディ、やったね!」

 ラディは大きくうなずいた。(とうとう見つけた…)


 モーリスを支えるようにして歩いてきたふたりが、岩の陰をまわると、船体の一部が見えた。

「ラディ、あったよ!」

 モーリスは支えていたラディの腕を離れて、走り出した。後ろでラディが呼んだのも気にせず、そのまま走り続ける。船がぐんぐん近づいて、そして、手が触れ、ようやく立ち止まった。モーリスは、船体に頬を寄せ、息をはずませて、そのままそうしていた。

(僕の造った、僕達の船…。でも、今はもう…)

 追いついたラディは、モーリスの涙に気がついただろうか?何気なく辺りを見まわすと、

「艇をもってくるよ。ここに着陸できそうだね」

 来た道を戻っていった。


 モーリスは船腹に沿って歩いていた。足場が悪く、ときどき足元を取られて転びそうになる。

「あっ…!」

 ハッチが一部焼き切られていた。モーリスはそこから中に飛び込むと、走り出した。


 食堂、格納庫、動力区…。どこに行っても、それぞれ荒らされた掠奪の跡が残されていた。


 暗い操縦室に入っていくと、モーリスの靴音だけが響いた。壊れたメーター類。ためしにスイッチを入れてみたが、何も起こらなかった。

 モーリスは身を翻し、通路を走った。先程見てきた、それぞれの荒れた光景がよみがえる。


 最後に彼は、自分の部屋の前に来た。開け放されたままのドアに、室内はめちゃくちゃだった。モーリスの足が止まり、その足元に落ちている写真立てを拾い上げた。両親との写真が汚れていた。そっとデスクの上に置いて見つめるうち、こみ上げてくるものがあった。


 ラディはまず操縦室に向かった。グラントの席にそっと手を置いて、まわりを見渡す。うっすらと積もった埃は、ここしばらく誰も訪れた者がいないことを示していた。では、やはりディープ達はまだ来ていないのだ。もしかしたら、というかすかな期待も、これで消えてしまった。

(みんなどこにいる?誰でもいい。このメッセージを受けとってくれるように…。僕達ふたりはもうすぐ帰るから)

 ラディは、バッグから通信ディスクを取り出すと、祈るように目を閉じた。

 そこへモーリスが入ってきたので、ラディはディスクを上着のポケットに戻した。

「ラディ、ここにいたの?ここ以外はどこもぐちゃぐちゃになってるね」

 モーリスは操縦室の中を見まわした。それぞれの席を目で追って、ここで過ごした日々が思い出された。


 ラディはなんとか場所を作り、シェラフを広げ、簡易食で簡単に食事を済ませると、ふたりは早々に横になった。

 今晩はここで過ごし、明日早朝に帰還することにしたのだ。

「ねぇ、ラディ。グラントはさすがだね」

「何が?」

「船の外装を見たんだけど、ほとんど破損がないんだ。あの状況の中で、よくこれだけの不時着ができたと思う」

「そうか…」(だから、僕達はあのときみんな無事で済んだんだ…)


 それからしばらくしても、モーリスは眠れないでいたのだろう。

「…ラディ。眠っちゃった?」

 ラディの背中に、小さく呼びかけた。

「…うん?」

「あのね。いつかは…みんなで会えるよね?」

 ラディはモーリスを見ると、はっきりと言った。

「僕はそう信じてるよ」

 モーリスは安心したように笑った。

「信じていればいいよね?」

 モーリスの中で、ずっと引っかかっていたのは、このことなのだろう。

「そうだよ」

「おやすみ、ラディ」

 モーリスはふいに明るくそう言って、向こうを向いてシェラフに潜り込んだ。

「おやすみ」

 やがて、モーリスの規則正しい寝息が聞こえてきても、ラディは天井を見上げたまま、眠らずにいた。

(そうだよ。信じていればいいんだ。いつかはみんなで会えるって。僕達の未来に何があるかは誰にもわからないけれど、それは行ってみなければわからないのだけど、行ってみればわかるさ。信じていればいいじゃないか。僕は信じられる。これからも僕達は…)

 ラディはゆっくりと目を閉じた。


 翌朝、ふたりは操縦室からしばらく外を眺めていた。おそらくもうここに来ることはないだろう。

「…行こうか?」

 モーリスは黙ってうなずいた。

 入口で、ふたりはそれぞれに振り返った。この船で過ごした日々を忘れることはない。


 ふたりが去った後、ラディの置いたディスクが残されていた。窓の外、飛び去っていく艇が小さな光の点となって、やがて見えなくなった。












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